言葉の裏側
目が覚めたと同時に、僕はものすごい後悔に襲われた。
絶対に言ってはいけない言葉を、僕は彼女に言ってしまった。
「耳の聞こえない僕と付き合っている事に、酔っているんじゃない?」
僕の手は雄弁に語った。
それを見た彼女の手は動かなかった。ただ悔しそうにうつむいて、黙って席を立ってしまった。
違うんだ。本当はそんな事思ってないって分かってる。
みんなに反対されても、君は僕と一緒にいてくれた。
すごい速さで手話を覚えて僕をびっくりさせた。
こそこそと僕らの噂話をする人達に向かって、笑顔で手話をする君に、僕は大笑いした。
意味も分からず作り笑いをするあいつらに、実はずいぶんな悪口を言っていたのだから。
昨日どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
なんで飲めないお酒なんを無理やり飲んでしまったのだろう。
何であの後、彼女を追わずに一人で飲み続けてしまったのだろう。
僕は努力次第で何にでもなれると思っていた。宇宙飛行士にだって、総理大臣にだって。
ずっと強気で生きてきた。捨てるものなんて何にもないって思ってた。
でも、生まれて初めて失う事の怖さを覚え始めたんだ。彼女を失うという怖さを。
そして昨日、僕は彼女を試したんだ。
携帯を取り出してメールを作ってみる。
「昨日はごめん。 元気? 今何してる?」
何を書いても何か違う気がする。あんなに強気に生きてきた僕が、今とても惨めなメールを書いてしまいそうだ。
そんなメールを読んだら、彼女はきっと僕に幻滅するだろう。
いや、もうすでに二度と会いたくないと思っているかもしれない。
そうやって書いては消してを繰り返して、もう夜になってしまった。
そして僕はメールを書いた。
「昨日は本当にごめんなさい。僕を許してくれますか?」
強気だった僕がこんなメールを書くなんて思いもよらなかった。
でもこれが正直な気持ちだ。祈るような気持ちで送信ボタンを押した。
程なく彼女からメールが返ってきた。
僕は何度も何度も深呼吸をして、そっとメールを開いた。
「じゃあ30分以内に昨日の店に来い。」
・・・!
命令口調かよ!僕は笑った。彼女がそんなこと書くなんて初めてだ。
謝ろう。会って謝ろう。素直になろう。
僕達は、今よりもっと、お互いに正直になれるかもしれない。
僕はコートとスケッチブックを抱えて家を飛び出した。
そして、タクシーを捕まえるとスケッチブックを開いて大きくこう書いた。
「彼女が待っている恵比寿まで!」