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雨の続く日  作者: 水桐
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猫と狐と雫の話

 ざああ、と雨が降る音が部屋に響く。いつも喧騒と騒音の溢れる街は何故か今日ばかりはとても静かに見えた。雨雲に遮られ満足に下へと降りられない光の所為でもあるのかもしれないがまだ昼過ぎだと言うのに外は薄暗く、静かなその雰囲気を増幅させているようだった。

 雨が真っ直ぐ降り注ぐ様を、青年が眠そうな目を向けたまま窓の桟に頬杖を付いて眺めていた。寝癖もついたままで結うことさえしていないその髪は肩を滑り落ち、背中へと白銀の光が流れ落ちている。

 暫くそのままでいると部屋の隅からとん、と何かが落ちる音が聞こえた。

「おはよう…銀迅さん。」

 其処を見ずに青年が言うと、青年が腰かけているベッドの影から一匹の銀色の毛並みを持つ猫が現れた。その銀迅と呼ばれたその猫は音を立てることなくベッドに飛び乗り、呆れた声で言う。

「雫玲、手前今の時間まで寝てたのか。」

 低いその声にやっと雫玲は緩慢とした動きで銀迅を見る。その目はまだ眠いとでも言うようにとろんとしていた。雫玲が銀迅を見たのはほんの数秒で、いることを確認したかと思うとまた窓の外に目を向けた。

「まあね…。」

「幾らなんでも寝すぎだ。」

 雫玲が小さく頷く。銀迅は雫玲の近くへ来ると丸くなった。

「雨が…。」

「あ?」

「雨が、止まなくて。」

 そう言うと突然後ろへと倒れ込んだ。銀迅が咄嗟にぱっと横に避けるとそのまま雫玲はどさりとベッドに沈む。銀迅は雫玲の傍へ歩み寄ると二股に分かれた尻尾でぺしんぺしんと顔を叩く。

「おい、また寝るんじゃねえだろうな。」

「寝たい。」

「起きろ。」

 「んんん、」と唸って顔を背けると今度はふわりと動いた空気が顔に当たる。そのままぱちりと目を開けると一頭の狐が真上から雫玲を見降ろしている。それは決して跨っているわけではなく、身体ごと宙にふわりと浮いていた。

しずちゃん、銀さんの言うとおり幾らなんでも寝すぎですぜ?」

 そう言うと口に咥えた煙草の煙を寝ぼけ眼の顔へと吹きつける。現実のものではないそれは匂いがある訳ではなく、煙の感触をそのまま残し辺りへ広がったかと思うとぷかりと消えていった。

「縁さん…煙草は動物の体にも悪影響ですよ…。」

「生憎、私はもう生きてはいないんでそれは関係ないですがねぇ。」

 くるりと細いくすんだ黄金色の身体を反転させ縁は目の前でにしし、と笑った。それにつられて雫玲もまたくすりと笑う。そうして気怠そうに腕を持ちあげるとふわふわと動く縁の尾を触った。不意にぎしり、とベッドが軋む。

 ちらりと隣を見てみると猫の姿から人の姿へと形を変えた窓の方へ顔を向け、ベッドに腰掛け着流しを纏う片目にモノクルを付けた男の姿が目に映った。

 その男もまた銀髪であったが、その髪は短く切りそろえられている。一般の人だと恐らく其処までは普通の人としてまだ認識できるだろう。しかしその頭には猫のような耳が生えており、鋭いその目は左右で色が違っていた。ゆらりと動く二股の尾も猫の姿のまま。それが決定的にその男が「人間」ではないと言える目に見える証拠だった。

 雫玲が銀迅の方を向いた瞬間に空気が動いたかと思うと目の前の影が大きくなったのが分かった。縁もまた人の姿へと変わっている。しかし浮いた身体はそのままに、相変わらずゆったりと煙草を吹かしていた。

 くすんだ黄金色の髪の合間から狐の耳が上に向けぴんと立っている。縁もふわふわと揺れる尾とその耳を除けば普通の人間の姿であった。

「しっかしこう雨が続くと気分もじめじめしやすよ本当。」

 ふう、と溜息を吐きながら縁が言うと賛同するように雫玲が軽く頷く。その目はまだ夢の世界から抜けきらないようだった。それを見かねた縁が唐突に自身の尾を雫玲の顔の前で揺らす。

「ほーら、早く起きないとこしょぐりますぜー?」

 縁がそう言ってにやにやと迫るとその意味が分かっているのか分かってないのか「うーん」と生返事をする姿を見て、分かってないなと判断した縁は言葉通り擽りを始めた。いきなり脇の下やら足の裏を擽られ露骨に驚いた雫玲はたまらず音をあげる。

「ひぎゃあ!?はっ、うわっははは!ちょ、止めっひゃはははは!!」

「ほらほらー早く起きないと擽り地獄にしやすよ?」

「わー!起きる、起きるからっはははは!!」

 きゃあきゃあとまるで子どものように笑い転げる二人を見て銀迅は呆れたように溜息を吐いた。雨はまだ止まなかったがとりあえず雫玲の目は覚めたようで、やっとベッドから起き上がり床に足をつき気怠げに立ちあがり一つ伸びをした。

「んん…昼飯、食わないと。」

「またインスタント麺で済ますんですかぃ?」

「うん。作る気にならない…。」

 そう言いながらお湯を沸かすために台所へ向かう雫玲にふわふわと縁がついていく。一方の銀迅はその様子を見送って今日何度目かになるであろう溜息を吐き、猫の姿へと戻った。そのまま自分だけ居間の方へ向かうとクッションの上に丸くなる。あの二人と一緒にいるとあまりにも無関心すぎた今まで過ごした時間のブランクなのか分からないが、とても疲れるのだ。

 そして重い睡魔を伴う空気を纏わりつかせてくる雨を硝子越しに一瞥すると、「どうせあいつは食った後また寝るんだろう。」と思いながら自身の両目を閉じた。

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