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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

超鈍感のチサコさん

作者: 槙二
掲載日:2026/06/06

 

 こんばんは。僕は今、絶賛金縛り中です。

 しかも、誰もいない夜の遊歩道で。

 

 呼吸はギリギリ出来る。

 でもそれ以外は全く無理。

 両手両足、首なんかも全く動かない。

   

 耳元では、色んな幽霊たちの色んな罵詈雑言、ありとあらゆる呪いの言葉、震え上がるほどの悲しみの吐息が溢れている。

 

 一体何体の幽霊が僕のそばにいるのか見当も付かない。

 と言うのも、見える範囲だけでも幽霊が景色と重なりすぎてここがどこだかもわからなくなるぐらいだからだ。無理やり数えるとすると、二千はいる。三千もあり得るぐらい。もしかしたらもっといるかもしれない。

 

 どうしてこんなことになっているかというと、僕自身の体質に問題がある。

 

 超霊媒体質。

 

 僕はそれだ。

 

 一般的に霊媒体質の人っていうのは、幽霊が見えたり何か変な気配を感じたり、まあちょっとあの世の世界とこんにちはするぐらいのやつだ。夜になるとちょっと怖いぐらいで、大したことはない。幽霊がそういう人たちに対して出来ることも、鏡に写って怖がらせたり、枕元に出てみたりとその程度。直接触れたり呪ったりは出来ない。

 

 でも僕の場合はガッツリ見えるし、ガッツリ触れるし、ガッツリ呪われる。

 

 そのせいで、幽霊の世界では僕は結構な有名人らしい。

 

 基本的に現世にとどまって幽霊やってる奴らなんて暇人しかいないから、僕みたいな存在は格好の餌なんだとさ。だから、僕の周りにはいつも幽霊がうじゃうじゃ存在している。

 

 あんまり好きな表現じゃないけど、分かりやすく言うと、幽霊版のゴキブリホイホイと思ってもらえればいい。しかも絶対に殺せないやつ。

 

 高校受験を控えている身としては、本当にやめてほしい。

 

 もちろん僕だって、全く対策していないわけじゃない。

 お札は何種類も持ってるし、塩も玄関から窓からベッドの下にも上にも置いたりしている。……まあどれも効果はあんまりないんだけど。

 

 まあただ見えてるだけの時はいいんだよ。

 

 引き出しを開けた時に数十体の血まみれ顔面が現れようが

 五体が全部あらぬ方向に曲がったやつが天井に張り付いてようが

 

 ただ見えてるだけならね。

 大抵の幽霊は、僕がわざとらしく怖がってあげれば満足して消えていく。そしてまた新しい怖がらせ方を考えてから現れる。それぐらいは可愛いもんだ。

 

 でも今回みたいに支障をきたしてくる奴らが厄介。

 夜中にクラクション全開で走ってる暴走族より厄介。

 

 普段だったら少し待ってれば勝手に飽きてどっかにいくんだけれど、今回は違うみたいだ。

 

 僕の目の前で、いつもと違う異様な存在が形を成していく。

 

 白装束。

 膝まで伸びたボサボサの黒い髪は、ちょうど顔の左半分を隠している。

 ギョッとした白目しかない目。

 不自然なほどに曲がった内股。

 耳まで裂けた口。

 

 僕はこういう幽霊をいつもの幽霊とは別の、覚醒型の幽霊と呼んでる。

 生きてる人に対して殺意が高まりすぎた結果、禍々しく変貌してしまった存在。 

 僕をからかったり脅かしたりとかではなく、迷いなく殺しにくる。

 

 本当の本当に迷惑な存在だ。

 

 「ねえ、聞いて」

 

 幽霊が喋った。

 ここまではっきりと話すと言うことは、それだけ幽霊としての強さも相当だと言うこと。僕が今までに出会った覚醒型の幽霊の中でも、相当厄介なやつだ。

 

 「ねえ、聞いてるの?ねえ……ねえ…….ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ聞いてよ聞いてよ聞いてよ聞いてよ聞いてよ聞いてよ!」

 

 返事をしないと今すぐにでも殺されそうだ。


 でも僕は返事が出来ない。

 金縛りにあってるから。

  

 とんだ当たり屋だ。

 

 「ねえ、私ね?私ね?私ね?私ね?目を探してるんだ。ほら……ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら見てこれ。私の目、どっかに置いてきちゃったの」

 

 そう言って、幽霊は髪を分けて、見えなかった方の顔を露わにした。

 

 幽霊の顔の半分は、完全に「裏返し」になっていた。

 内臓や筋肉の繊維、およそ皮膚の裏側にあるべきものが飛び出し、反転している。

 

 僕は思った。

 目どころじゃない。

 

 「死ぬ前にね、パパに噛まれちゃったんだ。だからさ、キミの顔の半分、もらっていい?いいよね?もらうよ?ねえ?いいよね?返事しないってことはさ、いいってことだよね?」

 

 だから返事できないんだって!!

 ダメに決まってるだろ!!

 

 必死にもがいてみたけど、指の先すらピクリとも動かない。

 少し前に覚醒幽霊に絡まれた時は、朝が来るまで逃げ回ってなんとかなったんだけど、今回は無理。逃げられない。 

 

 「あーもう我慢できない。食べちゃお」

 

 幽霊は大きく口を開けた。

 顎は胸元に届くほどに垂れ下がり、半分どころか僕の顔を全て一口でペロリといけちゃうほどに。

 

 「いだだぎまーず」

 

 あっ死んだ。

 

 絶対に。

 

 僕は諦めて目を閉じた。

 

 —————


 どれくらい時間が経っただろう。

 たぶん時間にしては十秒ほど。

 でも死ぬまでには長すぎる時間だ。

 

 でも僕はまだ生きていた。

 

 痛みもない。

 それどころか、体が軽くも感じる。

 辛うじてできていた呼吸は、かなり楽になった。

 

 「ねえ、キミ大丈夫?何してんのこんなとこで?」

 

 「えっ?」

 

 女の人の声だった。

 幽霊の禍々しい声とは違って、至って普通の、一般的な生きてる女性の声。

 

 僕は驚いて目を開けた。

 

 その女の人は、さっきまで幽霊がいたはずの場所に平然と立っている。 

 

 髪型はショートカットで、見た感じ僕よりは十個ほど年上。

 コンビニの制服を着てて、ビール缶の入ったレジ袋を持っている。いかにもバイト帰りの雰囲気。

 名札には霧島(きりしま) 千紗子(ちさこ)と書かれてある。

 

「おー生きてた。よかったよかった。体調悪いの?ちゃんと家帰れる?なんかピーンッて突っ立ってたけど」

 

 チサコさんは、飄々とした感じで、僕の全身をくまなくチェックしている。

 

 「あっいや、逆に大丈夫なんですか?」

 

 「ん?何が?」

  

 何がって。

 今あなたの後ろで大口開けた幽霊があなたの顔面を食い散らかそうとしてますけど。

 

 「ぐっぢゃう。邪魔するやつもまとめてぐっぢゃうよーーーーーーー」

 

 幽霊はチサコさんの顔面をすっぽりと食べた。

 

 「あっ……」

 

 今まで生きてきて、初めて見るであろうグロ映像に、僕は言葉が出なかった。

 

 でも、その瞬間、

 

 「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 叫び声を上げたのは、幽霊の方だった。


 幽霊の体は、チサコさんに触れた部分から砕け、崩れ、捥げた。

 

 幽霊なので血は出ないが、逆の意味で初めて見るグロ映像である。

 

 地べたに転がり回り、体の形を戻そうと必死になっている。

 

 「ごっごいづはまざが……でんぜづの超鈍感の持ち主がーーーー」

 

 急な説明ありがとう。

 さっきまで説明不要なヤバいやつだと思ってたけど、意外に理性は残ってそうだね。

 

 それにしても、超鈍感?初めて聞いたけど。

 もしかして僕の超霊媒体質と全く逆の存在ということか?

 

 僕は試してみることにした。


 「お姉さん、良かったら僕の背中を少しさすってもらえますか?ちょっと気分が悪くて」

 

 「あー全然いいよーほーい。これでいい?」

 

 チサコさんは何の疑いもなく僕の背中をさすった。これだけで分かる。

 この人はこんな時間に道で突っ立ってる少年を見ても、何の疑いもなく助けてくれる鈍感な人だ。


 「ぐぎゃあああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 僕の背中に取り憑いていた数千の幽霊達の断末魔が聞こえてくる。

 もしも人生で最高に気持ちのいい瞬間があるとすれば、今がまさにそれだろう。

 

 「ありがとうございます。楽になりました」

  

 「はは。いいってことよ。家この辺?送ってあげよっか?」

 

 「ぐががががががががががががががぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶじぶんのゆ小じぶんのゆココKBボコdaftpunkalphaエフェここれ丘alphaケオalphaこらららrkfキだけでがだ偉たはおとなになったらぱパパパパパパパパ」

 

 チサコさんの背後で、幽霊がとんでもないことになっていた。

 

 周囲の幽霊達を取り込んで、どんどんと大きくなっていく。

 それはもはや人間の形をとどめておらず、巨大な異形の存在になった。

 

 うじゃうじゃと産毛のように生えた目と手足。

 顔面はもはや口というより穴になり、喰らうことだけに特化している。

 

 「ヤバいヤバいヤバい」

 

 霊媒経験十五年で初めて見るこの化け物に、流石の僕も恐怖を感じた。

 

 「ん?どうした?やっぱり体調悪い感じ?無理しないでいいよ。ほら、お姉さん自転車あるからさ、乗せてってあげるよ」

 

 それどころじゃないってマジで。

 僕たち二人とも死んじゃうよ。

 

 ……いや待て。

 超鈍感のこの人なら……流石にまずいかこのサイズは。

 もう幽霊を超えて化け物だし。

 

 でももうそうも言ってられない。

 幽霊はもう僕とチサコさんの目前に向けてその体を丸めている。

 

 どうする?どうする?この鈍感な人をどうやってぶつける。

 

 時間がない。

 

 僕は咄嗟に地面を指差すと、叫んだ。

 

 「お姉さん!ゴキブリ!」

 

 「えーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 チサコさんは驚き、まるで某有名配管工赤帽子おじさんのように飛び上がった。

 

 そしてそれが丁度僕を喰らおうとしていた幽霊の体にぶつかった。

 

 「ぐぎゃああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 幽霊は断末魔の叫びと共に、一瞬で消滅した。

 

 「え?どこどこどこ????」

 

 そうとは知らず、チサコさんは必死でいないゴキブリを探している。

 

 「あーもうどっかいっちゃいました」

 

 「ほんと?よかったー。私苦手なんだよねーゴキブリ」

 

 今たぶんもっと苦手なやつをぶっ殺しましたよあなた。

 

 「じゃ、帰ろっか」

 

 そう言うとチサコさんは、ママチャリにまたがり、後部座席を指差した。

 

 「ほら乗って。送ってってあげるよ」

 

 「あーでも……」

 

 「何?二人乗りはダメだとか気にするタイプ?」

 

 「まっいいか。家までお願いしまーす!」

 

 「うぃー任せんしゃい」

 

 チサコさんは僕を乗せ、走り出した。

 

 数分後、僕の家まで送ってもらうのだが、その間、バイク乗り型覚醒幽霊暴走族集団と知らず知らずのうちにデットヒートを繰り広げていた事を、チサコさんは知らない。

お読みいただきありがとうございました!

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