捕虜の吐露と、領主の影
夜明けのエルム村は、解放された獣人たちで賑わっていた。
広場では負傷者の手当てが行われ、エリシアが獣人の女性たちをまとめ、ルークは子供たちに温かいスープを配っている。
神崎蓮は村の外れにある小さな倉庫を臨時の尋問室に変え、捕らえた奴隷商人のリーダー・ガルドンと対峙していた。
ガルドンは縄で椅子に縛られ、顔を腫らしたまま震えていた。
昨夜の奇襲で受けた衝撃が、まだ抜けていない様子だ。
蓮は冷たい目で男を見下ろした。
「名前はガルドン。奴隷商人の小隊長だな。
まずは率直に聞く。お前たちの組織の規模と、繋がっている貴族の名前を教えろ。
正直に答えれば命は保証する。嘘をついたら、森に放り込んで魔物に食わせる」
ガルドンは唇を震わせながら、ゆっくりと口を開いた。
「……わ、わかった……話す。
俺たちは『黒鉄商会』という奴隷商ギルドの下部組織だ。
本拠は王都から北東の『カルバン砦』近くにある。
商会長はフェルン王国の男爵、ヴォルド・ランタスと深い繋がりがある。
奴隷の半分は鉱山送り、残りは娯楽施設や貴族の屋敷に流れる……」
蓮は静かに聞きながら、頭の中で情報を整理した。
現代のインテリジェンス活動のように、重要な部分だけをピックアップする。
「魔王軍との関係は?」
「直接の取引はない……が、最近、魔王軍の先遣隊が辺境で活動を始めたという噂を聞いた。
奴隷商人の一部が、魔物と協力して人間の村を襲い、捕虜を魔王軍に売る動きもあるらしい……」
エリシアが壁際に立って聞き、拳を強く握りしめた。
「許せない……私の部族も、そうやって狩られたのかもしれない」
蓮は頷き、さらに質問を続けた。
「ヴォルド男爵の領地はここからどれくらいだ?
軍事力は?」
「馬で四日ほど。
常備兵は三百程度だが、緊急時には傭兵を五百以上集められる。
税を重く取り立てて私腹を肥やしているから、辺境の村々は皆恨んでいるはずだ……」
蓮は小さく息を吐いた。
予想以上に腐敗が根深い。
しかし、同時に大きなチャンスでもあった。
「もう一つ聞く。
お前たちは最近、どの村を狙っていた?」
ガルドンは目を逸らしながら答えた。
「……エルム村も、近いうちに狙う予定だった。
税吏が報告した『村が強くなった』という話を聞いて、商会長が興味を持っていた……」
その言葉に、蓮の目が鋭くなった。
「なるほど。
お前はしばらくここに留まる。
情報を追加で吐いたら、待遇を良くしてやる」
尋問を終え、倉庫から出ると、エリシアが待っていた。
「蓮……どうする?
このままでは、奴隷商人の本隊が報復に来る。
領主のヴォルド男爵も動くかもしれない」
蓮は村の広場を見渡した。
現在、『秩序の盾』の総勢は38名。
戦える者は22名ほど。まだまだ小さい。
「まずは防衛を固める。
今日は村の周囲にさらに深い落とし穴と見張り台を増設する。
訓練も朝夕二回に増やす。
エリシア、お前は獣人たちをまとめ、前衛の戦闘技術を徹底的に叩き込め。
ルークは斥候チームを三人で作って、森の監視を強化」
「了解した」
エリシアの返事は力強かった。
この数日で、彼女は蓮の指揮に完全に信頼を置くようになっていた。
午後から、本格的な防衛強化作業が始まった。
蓮は自衛隊の野戦築城の知識を基に、村の周囲に「三角陣地」の考え方を導入した。
一本の長い柵ではなく、複数の小さな堡塁を配置し、相互に援護できるようにする。
魔法のない世界なので、すべて木と土と縄で作るが、現代の「防御の原則」は十分に活かせた。
ルークが新しい斥候の少年二人を連れて報告に来た。
「蓮さん! 西の森の奥に、馬の足跡がたくさんあったよ。
おそらく……領主の斥候だと思う」
「そうか。予想より早いな」
蓮は地図代わりの粗末な羊皮紙に印を付けながら呟いた。
夕方近く、村の入り口に新たな来訪者が現れた。
馬に乗った十数名の兵士。
中央に立つのは、派手な鎧を着た若い貴族の男だった。
ヴォルド男爵の息子、ライル・ランタスだと名乗った。
「この村の者ども!
税吏を傷つけ、奴隷商人を襲った罪は重い!
今すぐ首謀者を差し出せ!
さもなくば、村ごと焼き払う!」
ライルの声は高慢だった。
護衛の兵士たちは皆、レベル10前後の腕利き揃いだ。
村人たちが怯えて後ずさる中、蓮はゆっくりと前に出た。
「首謀者は俺だ。神崎蓮。
税吏の横暴と、奴隷商人の非道を正したまで。
王国法に照らしても、理不尽な税と人身売買は許されることではないはずだ」
ライルは馬上から蓮を睨みつけた。
「下賤の分際で王国法を語るか。
お前のような若造が何を知っている。
さあ、跪け! さもなくば今ここで——」
その瞬間、蓮は声を張り上げた。
「『秩序の盾』、陣形!」
広場に隠れていた村人と獣人たちが、一斉に動き出した。
即席の防御陣形が完成する。
エリシアが前衛に立ち、ルークが木の上から石を構える。
ライルが顔を歪めた。
「小癪な……! かかれ!」
兵士たちが馬を駆って突っ込んでくる。
しかし、蓮は冷静だった。
「落とし穴を活かせ! 前衛は受け止めろ! 横から回り込め!」
自衛隊式の「待ち伏せ防御」が発動した。
事前に掘っておいた落とし穴に、先頭の二頭の馬が足を取られて転倒。
その隙に、エリシアが獣人の力で傭兵を吹き飛ばす。
蓮自身も前線に立ち、ナイフを手に戦った。
レベル13の身体能力が、兵士たちの剣を次々と受け流す。
【スキル『防御戦指揮』 レベル1を取得しました】
戦闘は激しかったが、村側に有利に進んだ。
現代の陣形と事前準備が、数の不利を覆していた。
ライルは部下が次々と倒れるのを見て、顔を青ざめさせた。
「ち、ちくしょう……! 覚えておけ!」
貴族の息子は残った兵士を引き連れて、慌てて逃げていった。
戦いが終わると、村民たちから歓声が上がった。
「勝った……また勝ったぞ!」
エリシアが息を弾ませながら蓮に近づいた。
「蓮……あなたの戦い方、まるで魔法みたいだ。
ただの人間なのに……」
蓮は静かに微笑んだ。
「魔法じゃない。
ただ、経験と知識を活かしただけだ。
だが、これでヴォルド男爵は本気で動く。
次はもっと大規模な部隊が来るかもしれない」
彼は村人たち全員を見渡した。
「皆、よくやった。
しかし、これは始まりだ。
これからはもっと厳しい訓練を続ける。
『秩序の盾』を、真の軍団に育て上げる。
奴隷商人、腐敗貴族、そして魔王軍——
すべてを、正義の力で打ち倒すために」
ルークが駆け寄ってきて、興奮した声で言った。
「蓮さん! 僕たち、強くなってるよね?」
「ああ。確実に強くなっている」
夜の広場で、焚き火が赤々と燃えていた。
38名だった『秩序の盾』は、今回の戦いでさらに結束を強め、総勢42名になっていた。
蓮は一人、星空を見上げた。
「レベルは15を超えた。
スキルも少しずつ増えている。
だが、まだ足りない。
もっと人を集め、もっと戦略を練り、現代の知識をこの世界に根付かせる……」
遠くから、馬の蹄の音が聞こえるような気がした。
報復の波は、確実に近づいていた。
しかし、元自衛隊エリートの瞳には、揺るぎない決意だけが宿っていた。
『秩序の盾』の戦いは、まだ序章に過ぎなかった。




