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お盆の怖いお話

作者: 夏夢
掲載日:2025/08/14

 お盆のお供えには、線香、ろうそく、お花、お水、お菓子、果物などが一般的です。これらは「五供ごく」と呼ばれる仏教の基本のお供え物に基づいています。故人の好物や、日持ちのするものが好まれます。

 お盆のお供え物の種類と意味:

 線香 (香):故人の霊を供養するためのもの.

 ろうそく (灯明):仏壇を明るく照らし、故人の道案内をするもの.

 お花 (花):美しい花を供えることで、故人の霊を慰めるもの.

 お水 (浄水):故人の喉の渇きを癒すもの.

 お菓子, 果物 (飲食):故人の好物や、季節のものを供える.

 お供えの際の注意点:

 日持ちするもの:

 お菓子や果物を選ぶ際は、日持ちするものを選びましょう.

 故人の好物:

 故人が生前好きだったものをお供えするのも良いでしょう.

 お供えの時期:

 8月13日から16日までの「迎え盆」から「送り盆」の間にお供えします.

お菓子:個包装で日持ちするものがおすすめです。せんべい、クッキー、ゼリーなどが人気です.

果物:旬の果物や、故人が好きだった果物をお供えしましょう.

その他:線香、ろうそく、お花、お茶なども良いでしょう.

お盆のお供えは、故人を偲び、感謝の気持ちを伝えるための大切な儀式です。上記のポイントを踏まえ、心を込めてお供えしましょう。

お盆のお供え物でNGなものは?

お供え物に適していないものはあるの? 肉・魚などの殺生を連想されるもの、辛い物やにおいの強いものはタブーと考えられています。 また、お花に関しては香りの強いものやトゲのあるものが避けられています。

お盆のお供え物でダメなものは?

お仏壇にお供えしてはいけない物をご案内します。 お仏壇にお供えしてはいけないものとして、五辛ごしんがあります。 道教では「にら」「にんにく」「らっきょう」「あぶらな」「こすい(パクチー)」を指します。 禁忌の野菜と言われ、別名「五葷ごくん」とも呼ばれます。


お盆にお供えする食べ物というと、キュウリやナスの野菜、落雁らくがんなどが有名ですが、そのほかにも様々な食べ物があります。なぜお盆には、普段と異なる食べ物をお供えするのでしょうか。以下では、お盆とは何かを解説します。


お盆の基本知識

お盆とは、普段お浄土にいらっしゃる故人様やご先祖様の霊をご自宅にお迎えし、家族や親戚と集まりお墓参りなどをしてご供養する、夏の仏教行事のことです。


お盆には、故人様やご先祖様への感謝の気持ちを込めて、お線香やローソクなどの普段お供えをする「五供ごく」のほか、盆提灯や精霊馬しょうりょううまなどをお仏壇の前に飾ります。

また、故人様が亡くなってから初めて迎えるお盆の「新盆にいぼん・あらぼん」は、浄土真宗以外の宗派では故人様が初めてご自宅に戻られる機会となるため、普段よりも盛大にお飾りをして故人様をお迎えます。


お盆の意味とは?いつ何をすればいい?期間中に避けるべ

普段と違うお供えをするのはなぜ?


故人様やご先祖様は、日々お浄土で「よき来世へ生まれ変わるための修行」をされているといわれています。

そのような日々の修行や、お家に戻るための移動によってお疲れになっているご先祖様たちを労い、また日頃の感謝や私たちの願いを伝えるため、お盆には普段と違う特別なお食事を用意するのです。

戻られたご先祖様にお家でゆっくり休んでいただくためにも、普段以上に盛大なお供えでおもてなしをして、 特別なお盆にすることが供養となるでしょう。

次に、お盆で控えるべきとされる食べ物「三厭さんえん」「五葷ごくん」を紹介します。仏教では、修行をする者が守るべき食の決まりがあります。仏教の教えを重んじて料理を用意されるのであれば、控えるべきとされる食べ物をお供えや食事に含むのは避けましょう。


肉・卵・魚など動物性の食品「三厭さんえん

仏教では、獣類・鳥類・魚類を「三厭さんえん」と呼び、精進料理には入れない物とされてきました。

仏教には「五戒」と呼ばれる教えがあり、この5つの戒律の1つである「不殺生戒ふせっしょうかい」は、「生き物の命を奪ってはいけない」という、動物の殺生を禁じる内容となっています。この教えをお盆の期間も守るべきとして、三厭は避けられてきました。


肉・卵・魚で摂ることができるたんぱく質ですが、精進料理では主に大豆で補っています。


辛味や香りなどの刺激が強いもの「五葷ごくん

辛味や香りが強い食材は「五葷ごくん」や「五辛ごしん」と呼ばれ、食べると煩悩を刺激すると伝えられています。食べ物は主に、ニンニク・タマネギ・ネギ・ニラ・ラッキョウなどの野菜を指します。


絶対に守らないといけない?

昔はほとんどのご家庭で実践されてきた決まりですが、現代ではお供えや食事に厳しく制限をしなくてもよいという風潮が広まっています。

お盆の決まりに則るという意識は、時代とともに人々の中で薄れてきています。現代では、「五戒」の教えを守って食事にこだわるご家庭は少なくなり、故人様やご先祖様に好きな物を食べてほしいと願って、生前の好物や家庭料理をお供えするご家庭が多くみられるようになりました。


お盆に定番の食べ物とは?

精進料理の画像


お盆にお仏壇の前へお供えする物は、戻ってこられたご先祖様へ捧げる大切な食事です。感謝や願いを込めてお作りしましょう。以下では、精進料理や定番のお供え物をご紹介します。


精進料理しょうじんりょうり

精進料理とは、仏教の教えに則った食材で作る伝統的な料理のことで、「御霊供膳おりょうぐぜん」というお膳に料理をのせてお供えします。「精進」とは仏教で「慎んだ行動で雑念を取り除き、一心に仏道を歩む」という意味を持ち、精進料理は修行僧の食事として知られています。


お盆では、仏教の教えである「五戒」の1つ「不殺生戒」に則り、お供えには動物性の食品を避け、野菜や穀物を中心とした精進料理を用意します。


お盆には亡くなった人が帰ってくると言われています。お盆は、ご先祖様や亡くなった 故人の霊が 浄土(あの世)から 現世(この世)に戻ってくる期間とされ、家族は故人を迎え入れ、供養する行事を行います。

お盆に亡くなった人が帰ってくるという考え方

お盆は、仏教の「盂蘭盆会うらぼんえ」という儀式が由来で、先祖供養の行事として広まりました。

この期間に、故人の霊は自宅に帰ってくると考えられています。

家族は、迎え火を焚いたり、提灯を飾ったり、精進料理などをお供えして、故人を迎え、供養します。

お盆の最終日には、送り火を焚いて、故人の霊をあの世に送り出すという習わしがあります。

浄土真宗では、亡くなった方はすぐに仏様になると考えられているため、お盆にご先祖様が帰ってくるという考え方はしません。

お盆の時期

一般的には、8月13日から16日をお盆とする地域が多いです。

新盆(初盆)と呼ばれる、故人が亡くなって初めて迎えるお盆は、特に手厚く供養を行います。

新暦(7月)でお盆を行う地域もあります。

お盆の過ごし方

お墓参りに行き、お仏壇を綺麗にして、故人の霊を迎える準備をします。

迎え火を焚き、ご先祖様が迷わず帰ってこれるように道案内をします。

精進料理や故人の好物などをお供えし、手を合わせて感謝の気持ちを伝えます。

送り火を焚き、故人の霊をあの世に送り出します。

地域や宗派によって、お盆の過ごし方には違いがあります。

その他

お盆の期間中、故人の霊が帰ってきていることを意識して、家族で故人の思い出を語り合うのも良いでしょう。

お盆は、故人を偲び、感謝の気持ちを伝える大切な行事です。

疑問や不安な点があれば、葬儀社や菩提寺などに相談すると良いでしょう。


さて前置きが長くなりまたが、お盆の心霊のお話をしたいと思います。


とある人の体験談です。


◯犬鳴峠には行くもんじゃない


私は福岡に住んでいるのですが、福岡には有名な心霊スポットがありまして、犬鳴峠という場所なんですけど、福岡の人で知らない人はいない程有名な場所なんです。


車の免許を取ったら、地元の若者達は、肝試しに行くことが多くて、私も若い頃行ったことがあるんです。


男女2名ずつで、肝試しをして、

その後ドライブにでも行こうかと、予定していたんですけど、女性2名がバイトで、少し遅れることになったんですよね。

男友達と話して、あんまり遅くなってもいけないので、女性の友人達と合流する前に、暇でしたから男友達と2人肝試しをすることにしたんです。


犬鳴峠の先に、

犬鳴トンネルがあって、

その辺りが心霊スポットなんですけど、さすがに車から降り、散策する勇気はなかったんですよね。

というか行ったことがある人は、わかると思いますが、霊感がない人でもわかる、不気味さと言いますか、あまりしっかり滞在する気には、なれなかったんだと思います。


するとちょうど女性の友人から、電話がかかってきて、「バイトが終わったんだろうな〜」、と思って電話に出たんです。

が、なーんにも反応がないんです。


「おーい!聞こえてるー?」


と友人が話しかけても、電話口の女性から、返答がない。


まぁでも、待ち合わせる場所は、決めていたので、電話を切って、待ち合わせ場所まで行くことにしました。


結局肝試し中は、何にも起こらず、女性の友人達の元に着いたんですけど、

もうね、めちゃくちゃその女性陣達が怒ってるんです。

でも男友達からすると、

無言電話のことが気になっていたので、

男友「なんで電話で返答しないんだ!」

と言ったんです。


すると女性陣が、

女友「ちゃんと返事したよ!

 おーいおーい!って言ったのに、返事してくれなかったじゃない!

むしろ、あなたの電話口でずっと叫んでいた、女の人は誰なのよ!

 悲鳴であなた達の声が聞こえなかったわよ!」


◯異世界に紛れ込んだかもしれない話

私が小学3年生くらいの時の話なんですけど、九州の某所にいる、親戚の家に泊まりに行った時の話です。


家から車で3時間ほどかかるような、

福岡の実家から遠く離れた、親戚の家に家族で行ったんですけど、その親戚ももう高齢で、

なかなか会えなくなるので、泊まりがけで遊びに行ったんです。

イメージとしては、トトロの世界観。


昼間は川で遊んだり。探検をして遊んでたんですけど、夜になるとやることがないわけですよ。


親戚や両親はお酒を飲みながら、テレビで甲子園を見ていて、小学生の私には、少し退屈な時間でした。


特にやることもなく、でもお泊まりをしている感じが、

非日常的で、少し興奮状態だったんです。


それで昼間探検したところが、夜どうなっているのか、見1人で見に行こうと思ったんですね。


昼間探検したその場所は、ただの林というか、少し小高い丘になっているだけの、場所なんですけど、妙に惹かれる感じがして、もっと深くまで入ってみたい!と好奇心旺盛になって、抑えられず、普段そういうことはしないんですけど、親に行き先も告げず、1人で昼間見た林の中に、行ってみたのでした。

ただ、本来の怪談話だと、いつもと違う雰囲気があって、

おどろおどろしくて、何なら変な人が登場してきたりして…

というパターンなんでしょうけど、その時の風景は、真っ暗なのに、不思議なほど怖い感じはせず、むしろもっと奥まで見てみたい!

とか、何となく安全そうだ!

と恐怖心を感じることなく、ただただ突き進んでしまっていたんです。

今考えればちょっと怖いですよね。

夜に小学生が田舎の林の中に、入っていくって。

でも何だかわからないんですが、絶対に安全だと思えていて、絶対にすぐに帰れる、と思えていたんですよね。

すると林の奥の方から、車が通るような音が聞こえ始めたんです。


「街に抜けたのかな?」


と思っていると、目の前にはフェンスがあって、

そのフェンスをよじ登ると、そこには舗装された道路があったんです。

そしてその道路を挟んだ先に、

家や団地が見えてきたんですが、何だか見たことある景色なんですよね。




最初は、街並みなんてみんな似たり寄ったりで、団地の感じとか、どこも一緒なんだな〜、と思ってたんです。

でもどう見ても、うちの地元なんですよね。


うちの校区に大きな団地があって、その団地を抜けると、ちょっとした居酒屋やコンビニ、交番などがあるんです。

その店の感じや、配置なども全く同じだったんです。

というか、完全に地元に戻ってきたんだと、思いました。


その瞬間に、もう両親が今いる、あの泊まっている親戚の家に、戻れなくなるんじゃないか!?

とその瞬間にようやく初めて怖くなって、走って戻りました。


幸い一本道だったので、通れる道を走っていれば、元いたところまで、戻ることができたんです。

今思えば奇跡的ですけどね。

もちろんわかっているんです。


あの風景は、たまたま地元に似ていて、同じ店が同じ配置、

というか、そっくりなだけで、家から車で3時間もかかる場所に、小学生が数分歩いただけで、帰れるはずがない。

たぶん勘違いか、記憶が間違っているだけ、だと思っています。


あまりそういう、非科学的なことは、信じていないタチなので。

けど、あまりにも話を抜けた先の風景が、

地元と酷似していたこと、


また、あんな田舎に、ちょっと小学生が歩いたぐらいの場所に、街並みがあったという違和感。

そして、帰ってきた後、その田舎に住む、親戚のじいちゃんにその話をしたら、「…もう寝なさい」、と言葉を選んでいたような、気がしたこと。


それらがいまだに引っかかっているんですよね。


まぁ考えすぎなんでしょうけど…


みなさんも、何かに導かれるように、歩いていたら、その先には、不思議な何かが、起こるかもしれません…。


実話系


このお話も某体験者のお話です。


私の趣味は釣りです。

海山川、どこでも場所を問わず幅広く楽しむのが私流ですが、特に船で沖へ出ての釣りは醍醐味が味わえるためお気に入りです。

これはそんな私が、随分前に体験した話です。


長期連休を目前にして、私の心は居ても立っても居られない状態でした。

というのも、その長期連休に仲間と旅行がてら釣りを堪能するという企画を立ち上げ、首を長くして待ちわびていたのです。


起きている時はほぼ釣り。

そして自分達で釣った海の恵みを肴にして酒を嗜む。

考えただけでも涎ものの贅沢を想像するだけで心が踊ります。


そして仕事が終わり、連休初日!

天気にも恵まれ、私と仲間2人の計3人で車に乗り込み、まずは宿泊先へ到着です。

温泉に入って夕食を済ませ、明日早朝からの準備に取りかかります。

きっと明日は釣れるなという予感を胸に、床に着きました。


ふと目を覚ますとまだ夜です。

ですが時間を見るともう起きる時間。釣り人の朝は早いのです。

テキパキと準備物を用意して、日が出る前には宿を後にしました。


今回お世話になる船長とは、もう長い付き合いです。

地元でもベテランの方で、海の事は知り尽くしたという知識と経験には絶大な信頼感があります。

再会の挨拶もそこそこに、早速沖へ出発しました。


夜の海というのは幻想的な雰囲気が漂います。

漆黒の闇。船の光が無ければ、自分の体すらはっきりとは見えません。

月が出ていればある程度は見えますが、見えると逆に広大な自然の中にポツンと置かれている状況が目に入り、恐怖すら感じてしまいます。


釣りを始めた頃に空も白み始め、私達は釣りまくりました。

船長がおすすめの穴場スポットは外れがありません。

皆がある程度の釣果をあげた頃でしたでしょうか。私はある音に気づきました。


ギィ…ギィ…


何かが軋むような音が、波の音の合間に確かに聞こえます。

船の音かな?とも思いましたが、それなら今までも聞こえていたはず。

突然聞こえ始めた音に、仲間達も「なんだろうね?」と首をかしげます。

すると船長が突然

「お客さん達、すまんが潮が変わったみたいで今日は終わりだね。すまないね。」

と言って、船を陸へ移動させ始めました。

違和感がありましたが、船長の言葉は絶対です。

まぁ明日もあるしな、という訳で、私達は観光を楽しむ事にしました。


私は陸に戻ってからも、あの音が気になって考えていました。

魚の食いは絶好調だったのに、なぜ船長は帰る選択をしたのか。

いつもなら船長の方が率先して粘り、魚をあげさせてくれるはずです。

あの音には何か秘密があるのだという結論に、私は至りました。


次の日、また日が昇る前の夜中から船に乗り込み、沖へと向かいます。

移動中、私は何気なく船長に聞いてみました。

「あのギィギィいっていた音はなんだったのか。」

と。

すると船長は少し困ったような顔で

「まぁ、帰れっちゅう合図だわ。」

と答えます。

もう少し詳しく聞こうと思ったのですが、ポイントに到着したので私達は釣りを開始していきました。


波はとても静かで、いわゆる凪の状態です。

海だけでなく私達の竿も静かで、当たりの来ない時間が流れました。


ギィ…ギィ…


静寂の中、またあの音が聞こえ始めました。

どこから聞こえるのだろうか、と耳を澄ましていると、遠くに何かが見えるのに気が付きます。


それは小さな木造船のようで、誰かが船上に立ち艪を動かしていました。

少しずつではありますが、どうやら私達へ向かって進んでいるようです。

「船長、艪漕ぎの船が…。」

私が伝えると、船長は

「本当か!」

と大声を出し「漕いでる人はいくつ見える?!」と尋ねてきます。

私は1人、仲間は2人、もう一人は何も見えないと言います。

答えを聞くや否や、船長は船を動かし、私達は転びそうになってよろめきました。

「荒っぽくてすまんが、急いで戻るぞ!」

船長のただならぬ雰囲気に、私達にも緊張が走ります。

一体何なのだろうかと思っていると、船のエンジン音に混じってまたギィギィと音が聞こえました。


まさかと思って船の後ろを見ると、木造船がだんだんと近づいてくるのです。

手漕ぎの船が動力船に追いつくなんて有り得ません。

一体あの船は何なのかとジッと見つめていると…私は見てしまったのです。


船を漕いでいたのは、ミイラでした。

骨と皮だけになって、とても生きているとは思えない人が、それでも動いて船を漕ぎ向かってくるのです。

「船長、近づいてくる!」

恐怖から思わず声をあげますが、船長は反応すらせず操縦に夢中です。

「ありゃ一体、何なんだ…。」

見える仲間と呆然としていると陸が見え始め、追ってくる船は次第に離れて見えなくなりました。


陸に上がると、船長は

「今日は宿ではなく、神社に泊まらなければならない。」

と言って、私達を案内します。

神社に着くと船長は、神主と思われる人に

「お客さん達、かじこを見ちまったんだ。」

と伝え、それでは預かると言って有無を言わせず泊まる事になりました。


神社は私達にとても良くして下さり、船長もサービスだと言って魚を振舞ってくれました。

私達が宿泊していた宿の方も応援に来てくれ、思わぬ体験が出来たなんて呑気な事すら考えてしまいます。


「かじこって何なのですか?」

食事も終えてひと段落した所で、私達は事の真相を聞きました。


昔、戦前よりもずっと前の頃。

海が目の前に広がるこの地域では漁が主な仕事であり、家族総出で海へ出て生活を支えるのが日常だったそうです。

当時は学校なんてものも普及していませんから、年端もいかぬ子供も貴重な労働力であったと言います。

ところが漁獲量の増加と人出不足が相まって、どこからか労働力を調達しなければやっていけないようになっていきました。


そこで白羽の矢が立ったのが、生活苦によって売りに出されたり、身寄りの無い行き場を失った子供達でした。

今では信じられない事ではありますが、子供が貴重な労働力として人身売買や奴隷、強制労働の犠牲となっていた時代が日本にもあったのだそうです。

これは漁だけに関わらず、農業等他の仕事にも当てはまり、公の歴史としては残っていませんが全国的に行われていた事であったというのです。


元々は「かじこ」といって、その家の子供が艪を漕く役目を担っていたため、労働力としてやって来た子供もかじことして働きました。

ところがその扱いは次第に非人道的な方向へと向かっていき、単なる労働力としか見なされない子供達は朝から晩まで働きっぱなし。

逃げ出したり反抗しようものなら、凄惨な仕打ちを受けて亡くなる場合も多くあったと伝わっているそうです。

果たしてどのくらいの子供が「かじこ」となり犠牲になったのか正式な記録は無く、真実は闇の中です。


そんな時代が続いて、いつからか私達のように海で「かじこの亡霊を見た」という話が出始めたといいます。

船に乗っているかじこの数は見た人によって違うそうで、多く見えるほど近いうちに死ぬ確率が高まる。

おおむね4人以上だと、1週間もしないうちに何らかの理由で死亡する。

見えるかじこの人数は、その人の社会的な地位に密接な関係があると分かっている。

例えば多くの部下がいる社長のような人や、有名人、村長、また財を多く持っているような人もかじこを見ると死ぬといいます。

前に、数えきれないほどのかじこを見たという社長は、数日後に崖から転落して亡くなったのだとか。


近年は非人道的な労働もほとんど無くなり、幽霊も時間が経って成仏していっているのか、かじこを見たという人自体が珍しいと言っていました。

幸か不幸か、私達はうだつの上がらない平社員だったのもので、かじこを見ても影響は無いそうですが…。

一応大事を取っての対処として、神社に泊まる事となったのです。


その夜、トイレに行くたくなって私は目を覚ましました。

歩くとギィギィ鳴る廊下に、思わずかじこのギィギィ音が重なって背筋が寒く感じられます。

とっとと済ませて、布団へ潜り込みたい。

焦る気持ちで用を済ませていると、音が聞こえました。


ギィ…ギィ…


近いような遠いような距離感で、確かにあの音が耳に入ってきます。

まさか「かじこ」が来た?!

私は身動きせず、息を潜めて神経を集中させ様子を伺います。


音はいつまで経っても止まず、不気味に一定のリズムを刻み続け、私はどうすべきか必死に考え続けます。

トイレで一晩中こうしてジッとするのか。

いや思い切ってトイレから脱出し、神主さん達へ助けを求めるべきなのでは。

まさかかじこが、手違いで大した人間ではない私をあの世へ連れていったりしないよな?

冷や汗をにじませながら私が出した結論は、トイレから出て助けを求める、でした。


息を潜め、なるべく音を立てないよう慎重に移動し、恐る恐る扉を開けて様子を確認します。

廊下の右を見て、左を向いた時、それはそこに居ました。


子供くらいの身長の青っちょろいミイラが、廊下に突っ立っていたのです。

目と口にはぽっかりとやたら大きい黒い穴がアンバランスに開いていて、目の前に存在しているのは確かなのですが、信じられない現実にまるで作り物のような印象を受けます。


私は恐怖で大声を出そうと試みましたが、声どころか身動き一つ出来ません。

立ったまま、金縛りになっていたのです。

かじこも私もピクリとも動かなかったのですが、かじこの黒い目をみているとそれがどんどん大きくなっていき、まるで吸い込まれるかのような感覚に陥りました。


気が付くと、私は布団へ横になっていました。

傍らでは神主さんが祈祷を行っていて、起きた私に気づくと「目覚めてホッとしました」と胸をなでおろしていました。


その後、私達にこれといった異変はなく、無事に旅行から帰ってきました。

旅行中の釣りは断念せざるを得なくなってしまいましたが、あんな出来事があったのでは仕方のない事です。


最近になってブラック企業という概念が認知されましたが、古くから使う者と使われる者の間にある問題は変わらないのでしょう。

かじこ程の悲惨さではないにしろ、同じような苦しみが今の世の中にもあるという事に、胸が締め付けられる思いがします。


この件以降も私は海釣りを続けていますが、当時の船長も亡くなって、今では「かじこ」の存在すらほぼ消えかけています。

ですが「かじこ」が受けた苦しみだけは、せめてこの先も教訓として伝わって活かせるような社会になって欲しいなと、願うばかりです。


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