第三話 皇女殿下
第七艦隊は撤退する残存艦隊に対して追撃戦を開始した。
それと入れ替わりで本隊から通信が入った。
「そちらの状況は?」
報告を聞いた艦隊司令は、
「我々もそちらに合流します。その後、二隻をここに残して四隻編成で第七艦隊の後を追いたいのですが」
残留はリシャールとあと一隻。帝国艦が指名されたが、誰が残留部隊の指揮を執るか。
艦長は全員中佐だが、リシャールは任官でも無論年齢でも一番下になる。が、他の艦長たちがたとえ一時的でもリシャールの上官になる事を躊躇った。
「では戦時特例昇進を採用しましょう」
と意見を出したのは、
「皇女殿下ですか?」
援軍の中に皇女の乗艦もあったのである。
「皇女殿下がご自身で指揮を執られては?」
「軍事素人の私が口を出しては混乱の元ですわ」
戦時特例昇進の条件はいくつかあるが、同じ階級の人間が複数いた時に全員の合意の下でその中の一人を一時的に一つ上の階級を与えると言うモノがある。リシャール以外の五人の艦長がこの提案を承認したので、リシャールは臨時大佐としてこの場の指揮を任される事となる。
「くれぐれもお気をつけて」
と言って艦隊主力を送り出すリシャール。
「何か御懸念でも?」
と戦術将校。
「敵の戦力が少な過ぎた」
Gシップの数は想定の範囲内だったが、
「通常艦が一隻も出て来なかっただろう」
「敵が戦力を隠していたと?」
「考え過ぎかも知れないがね」
「いえ。連中が戦力を残している可能性はあります。ただし・・・」
リシャールが危惧したように意図的に隠したのではなく、やむを得ずに逃がした可能性が高いと言う。
「Gシップを運用しているのは自治政府の人間ですが、通常艦を扱うのはすべて民間の貿易商人。と言うのが連中のやり口です」
「逃げると言っても、通常艦では逃げられる場所はもう一つの星系になるから、結果は一緒な気がするが」
「操艦技能で言えば、Gシップを扱っていた官僚達よりも、冒険商人たちの方が上手です」
通常艦に乗っていた冒険商人たちが最後の一戦に協力するか否かで戦況はがらりと変わってくる。
「忠告しておいた方が良かったかな?」
「叔父、いや提督は自分以上の連中の気質には精通していますから。ただ、同僚の第七艦隊がそれを受け入れるかどうか」
「アンニバル隊が戻ってきました」
分離していた強襲揚陸艦と接続する。
「少しは離れていたら大佐に御昇進でしたか」
艦橋に戻って来たアンニバルが上官の階級章を目ざとく見つける。
「・・・流石ですね。大佐殿の懸念は大当たりです」
とアンニバル特務大尉。
「残っていた記録によれば直近に少なくとも十五隻がゲートを通過していました」
「向こうにもほぼ同数居たと見るべきでしょうね」
とジブリル戦術将校。
「一応提督には報告済みですが」
「それならば我々は残った戦力を確認する事にしよう」
手許にはGシップが三隻。うち一隻は皇女殿下の御座戦艦だ。艦隊補助の駆逐艦二隻と援軍として現着している巡洋艦四隻と言う内容になる。
「皇女殿下には一度お目にかからないといけないな」
と思っていたらあちらからお召しがあった。
御座戦艦は通常よりも一回り大きい。特に環境は広くて装飾も無駄に豪華である。
リシャールが通されたのは皇女殿下の私室だが、広さは戦艦の艦橋と同じくらいある。
部屋には女性が二人。椅子に腰かけている小柄な女性が皇女殿下で、隣に控えているのが副官であろう。豪奢な椅子が大き過ぎて若干埋もれ気味で微笑ましい。
リシャールは一瞬だけ二人が入れ替わっている可能性を考えたが、すぐに捨てた。皇女殿下の容姿は知られていないが、御年は十五歳と伝わっている。座っているお方はその年齢に見合う容姿であり、立っている人物はどう見てもリシャールより上だ。
「第八艦隊所属臨時分艦隊の指揮官を務めますリシャール・ド・ランドー臨時大佐。マルグリット皇女殿下に御意を得ます」
リシャールの挨拶はかなりたどたどしい。
「貴方の事はミシェル伯父さまから聞いていたわ」
皇女様は緩くカールしている金髪をなびかせながら気さくに応じた。
「ミシェル伯父さま?」
「ミシェル=ド・モンタギュー予備役准尉は皇女殿下の御母上の兄君に当たります」
と副官が言い添える。
「母と伯父さまは腹違いで・・・」
妾腹の生まれであったミシェルは家臣筋の家の養子として育てられたと言う。
「あまり驚いていませんね」
「腑に落ちたと言いますか」
とリシャール。
「元近衛と言うだけでは到底説明しきれないほど広い人脈を発揮していましたからね」
殿下の隣にいた副官も笑いを堪え切れずに横を向いて顔を手で隠した。
「副官のラフィーレ中尉は伯父さまの娘なのです」
つまり二人は従姉妹になる訳だ。
「娘がいるとは聞いていましたが」
「伯父さまが軍に残ったのも私の騎士となり得る人物を探す為でした」
リシャールに爵位が与えられたのも皇女殿下の密かな後押しがあったのだろう。
「・・・。それ今すぐに必要な計画ですか?」
「まあ。無駄骨に成ればそれはそれで結構な話なのですが」
「判りました。でも計画書は文書で挙げて下さい。万が一の時に私が責任を負えるように」