第四話 トロイの木馬
作戦名はトロイの木馬。
コンテナに兵士を潜ませて敵に奪わせて敵陣へ送り込む。
主計軍曹がこちらの航路を相手方に連絡する。後は襲撃を待つだけだ。
加速中のGシップを襲うのは不可能である。狙うとすれば減速時、悪魔の航法を終えた後になる。
「後は通信班の仕事だよ」
ダミアンは操舵を後輩に委ねてベッドに下がった。
「そろそろ状況開始だ」
有線で通信を確保しているコンテナの中へ話し掛けるリシャール。
「了解」
と返答がある。
「武運を祈る」
ほぼ想定通りの地点で接敵する。
「では予定通りに」
攻撃を適当に回避してコンテナを切り離す。
敵はこちらを追わずコンテナの回収作業に入る。
「襲撃者の所属は判るか?」
「巧妙に偽装はしていますが、GCFの艦艇だと思われます」
「では一度離脱して、見つからない様に追尾する」
と指示を出すリシャール。
コンテナが敵の支配宙域に到達したことを見届けて、
「先に休ませてもらう」
と椅子を立つリシャール。
「君たちも交代で休む様に」
入れ替わりでダミアンが起きてきて、
「じゃあ脱出してくるシャトルを直ぐに拾える位置まで移動する。偽装を宜しく」
と言って操舵を開始した。
Gユニットを利用した重力場制御によりレーダーに映り難くする事ができる。
この偽装航法は自分の探知能力も制限するので余り高速では進めない。暗闇を手探りで進むようなものと思って貰えば良いだろう。
エンデバルト中尉は先輩の技術を盗もうと目を凝らしていた。
「言っておくが、この技法は見ただけで習得できるものではないぞ」
とダミアン。
「見ただけで真似できるなら、お前は俺以上の天才と言う事になるが」
「ご自身が天才であることは否定されないんですね」
「昔は俺が出来る事は誰でも出来るのだと思っていた。そうでないと知ったのは士官学校に入ってからだな。そこで変な謙遜は返って嫌味になると学習したよ」
「始まりました」
リシャールは即座に着替えを済ませて艦橋に入る。
「状況は?」
コンテナは敵領の衛星にある基地に運び込まれた。程なくして陸戦隊が動き始める。
「あそこから脱出して、ここまでどれくらい掛かる?」
「おおよそ四時間と言う所でしょうか」
と操舵長。
「もう少し近付けるか?」
「敵が混乱している今なら可能です」
と即答するダミアン。
「では任せる。ぎりぎりまで接近してくれ」
「了解。微速前進」
ダミアンは後方のエンジンを一基だけ稼働させて後は慣性航行に切り替えた。艦は回転しながら目標へ向かって流れていく。
「戦闘艦でやったら砲術課から猛抗議が来るやり方だな」
後はGユニットを使った重力航法。姿勢を制御しないままに目標の衛星へ向かって落下するように流れていく。
「救難信号確認」
と通信担当のベレット中尉。
「了解」
ダミアンは重力制御で姿勢を安定させる。敵衛星に後部を向けてシャトルを回収すると同時に全速で逃げられるように体勢を整える。通常エンジンは起動していないのでまだ背後に向かって慣性航行は続いている。
「シャトルの軌道を確認」
「誘導電波を送れ。但し傍受されない様に短く」
とリシャール。
脱出シャトルは誘導に反応して真っ直ぐこちらに向かってくる。
シャトルが輸送艦の直下を通過すると同時にエンジンを起動して相対速度をゼロにする。
「有線回路を開きます」
傍受されない様にコードを打ち込んで通信回路を形成する。
「エンジンを切って慣性飛行に」
とリシャールが指示を送る。
「アームで固定するので両翼を畳んでくれ」
とダミアンが追加で指示を出す。
返答はないが、指示通りの対応を受けて回収が完了する。
「これから報告の為にそちらに上がります」
と特務少尉からの通信が入った。
艦橋に現れたハーキュリー特務少尉はメモリデータを取り出して、
「隊員のジャケットに仕込まれているボディカメラの映像です」
「それでこちらの損害は?」
「ありません」
死者はおろか負傷者も居ないと言う。追撃が無い点から見ても大戦果を挙げたのが間違いない。
「敵基地の兵士は低重力に慣れていたので白兵戦をまともに戦えなかったのですよ」
なるほど。基地に侵入された時点で勝負が決まっていた訳だ。
だがそれだけではない。特務少尉は隊員全員の映像をリアルタイムで確認しながら指揮を執っていた。後方から同じことをやろうとしても若干のタイムラグが出来る。前線で戦いながら部下に指示を出すと言うのは彼にしか出来ないだろう。
「流石は不死身のアンニバルだな」
「恐れ入ります」
「特別ボーナスだ」
と言って酒瓶を人数分、より若干多い一ダース渡す。
「持って行って全員を労ってやってくれ」
「下にも重力場を広げるから、準備ができたら知らせてくれ」
「判りました」
映像を検証した結果、戦果は予想を遥かに超えたモノだった。
三つの星系国家の連合体であるGCFであるが、その一国の軍事力が大幅に削られたことで内部の軍事バランスが大きく崩れた。互いにゲートで繋がっていた三国は、その中の一国が帝国と結びつけば残り二国も簡単に侵略されてしまう。疑心暗鬼に陥った三国は別々に帝国と接触し、最終的には帝国の衛星国として併合へ舵を切る事になる。
この大戦果を踏まえて、リシャールは少佐に昇進した。二十代での左官は五大貴族以外では前例がなく、その五大貴族の子弟にしても士官学校修了後に与えられる名誉職で戦場に出て来ることは無い。佐官になると退役後に爵位を賜るのだが、彼の場合は現役の段階で男爵に叙された。同時に恩典として戦艦を一隻貸与。これは退役時そのまま下賜される前提だ。
下級ながら貴族出身であった副官ド・モンタギュー准尉は副官を辞して予備役編入となり、ド・ランドー男爵家の執事となった。
主計のアルベリッヒ=アンダーセン主計は大尉に昇進し、リシャールの推薦を受けて独立輸送艦の艦長職を引き継いだ。艦の要員たちも昇格の恩賞を賜ったが、中でも最も軍功の高かった操舵長のダミアン=デアボロスは大尉に昇進し、リシャールの拝領艦の操舵長兼副艦長となった。
アンニバル=ハーキュリーは特務大尉に昇進(書類上は任務受領時点で中尉に昇進)し、その小隊ごとリシャールの戦艦に配属される。隊員たちは昇進はないが二段・三段飛びの昇格で全員が二割増の大幅昇給を獲得した。
一方、情報漏洩で拘束されていたモノたちも大戦果の恩恵を受けた。死罪もあり得るところだったが、罪状は表沙汰にされずに予備役編入で片付けられた。本来与えられるべき恩典はかなり削られたのであるが。
実行犯であった主計軍曹も同様に予備役になったが、ド・ランドー男爵家の使用人として第二の人生を歩む事となった。
思ったより話が膨らんで、第一章全体が序になりました。