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会合戦記 疫病神と呼ばれた提督は望まぬ出世街道を突き進む  作者: 今谷とーしろー
胎動篇

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第三話 悪魔の航法

 新任の本部長は現行の補給体制に苦言を呈した。

「現場から不満が上がっている」

「小官は聞いていませんが」

 と意に介さないランドー大尉。

「君らが直接接触するのは補給を受ける担当官のみだろう」

 基地の兵士からの不満と言われれば無碍には扱えない。しかし、

「実際の輸送を担う小官らの安全は誰が責任を負ってくれるのでしょうか」

 と喧嘩腰の上司に対して、

「宜しいでしょうか」

 冷静に仲裁に入るミシェル副官。

「本部長閣下は我が独立輸送艦の要員に対して責任をお持ちです」

 上司の言を上書きしつつ言質を取りに行く。

「それは当然だ」

「責任者として部下の動向を把握しておきたいと言うのであれば対応が可能です」

 事前に補給目標を報告する。と言う事で本部長を納得させた。


「助かったよ」

「着任早々に文句を付けて来るとは手回しが良過ぎますね。本部長を焚きつけた何者かが居るのでしょうけれど」

「逆に焦り過ぎて、こちらからの報告で収まったむしろ結果オーライだな」

 上層部から輸送先を指定される流れだと少し厄介だったが、いずれにしても複数の航路を使い分けているので、事前に目標が知られても危険度はさほど変わらない。そもそも経路設定に関しては上と情報を共有していないのだ。

「航路を知っているのは艦長と操舵長のみ。と言う事はお二人が居なくなったら全て元通りですね」

「後任の艦長には情報を引き継ぐつもりだけれどな」

 それを用いるかどうかその人物の度量次第だ。

「それにしても、俺は犯人探しには興味がないとは言ったが、部下に危険が及ぶならその限りでは」

「おおよその目星は付いています。ただ証拠がないのと」

「処罰の権限がないか」

「こちらに被害が及ばない様に手を打っておきます」

 副官は下級貴族の生まれで近衛師団にいた。任務中に片目と片腕を失ったので見栄え重視の近衛にはいられなくなった。恩典を貰って除隊するのが通例だが軍に残る道を選んで主計課に配属となった。その様な経歴から彼は謀略活動に精通しているのである。


 補給本部と五つの前線基地の間には巨大な重力を発生させる白色矮星群がある。操舵長が構築した航路の三分の一がこの重力場を利用したもので、この近傍をかすめる事で加速と方向転換を行っている。これは悪魔の航法と呼ばれる。

「前艦長がこれを却下したのも理解できますよ。先輩」

 この航法は士官学校時代のダミアン=デアボロスが最終課題で初めて実践して見せたものだ。彼よりも後輩であるリシャールも士官学校で習得させられた。

 天才操舵士と謳われたダミアンが何故閑職に回されているのかと言えば、第一にこの航法がGシップで無いと使えない事。そして、

「俺の操艦が切れすぎて、他の艦との連携が取れないから」

 悪魔の航法を会得したデアボロス世代が主流になれば、彼もその先駆者として表舞台に立てるのであろうが。

「事前に引いた航路も、実際に通ってみて微調整が必要だから。万人が使えるまでにはまだまだデータの蓄積が足りない」

 リシャールは毎回違う航路を選択していたが、ダミアンが作った航路はまだ数本残っていた。

「艦長が任期を終えるまでにすべてを試すのは難しそうだ」


「艦内から不審な通信が行われています」

 と報告してきたのはキャンベル少尉。

「ついに動きましたか」

 と副官のド・モンタギュー准尉。彼が取り押さえた犯人は主計課の軍曹だった。

「小官の管理不行き届きです」

 と恐縮するアンダーソン主計中尉。

「初めから目を付けていたんだな」

「目を付けていたのは本部の方で、軍曹はその関係者でした」

 准尉が犯人候補として目星をつけていた人物と繋がりがあったのである。

「指示を出した人間まで一網打尽には?」

「難しいでしょうね」

「ではこれを利用させてもらおうか」

 わざと情報を流させて、敵に打撃を与える。

「一案としてはコンテナの中に兵を潜ませておいて敵陣にツッコませる」

 これは最も確実だが、送り込んだ兵を回収するのが面倒だ。

「次善の策は爆弾を仕掛けておいて開くと同時に爆発させる」

 リスクは少ないが、確実性に欠ける。戦果を確認できないのが難点である。

「いずれにしても本部長の裁可が必要になるな」

「横やりが入らない様に手を打っておきます」


「第二案は駄目だな」

 と本部長。

「第一に戦果が確認できない。故にいつもの様に物資を奪われたのと見掛け上は大差ない」

「しかし第一案はやりたがる部隊が居ないでしょう」

「都合の良い事に適任者が居るんだ」

 基地に配属予定の陸戦小隊が迎えの船を待って待機中だと言う。

「アンニバル=ハーキュリー特務少尉であります」

 兵卒からの叩き上げ。士官学校を経ずして士官となった歴戦の戦士の風貌が一目で見て取れる。

「帰還手段のない任務だが。それでも受けるのか?」

 内容を聞いた特務少尉は、

「ではコンテナの中に脱出用の小型シャトルを積んでいただきたい。

「その手があったか」

 と手を叩くリシャールだが、

「それでも危険はある」

「危険でない任務などあり得ましょうか」

 と胸を叩き、

「安全な宙域まで到達したら迎えに来てくださいね」

「その点は請け負おう」

 小型艇は翼を畳むことでギリギリだがコンテナに収まる。書類上は小型艇ごと小隊を前線基地に輸送する任務になる。但し表向きにはいつも通りの輸送任務であると偽装する。敵に襲って貰わないと意味が無いからだ。

 内通者は輸送艦の出航直後に身柄を押さえる。気付かれて通報されないようにである。


「では作戦を開始する」

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