第三話 カトル伯爵
お国入りから三か月。辺境伯リシャールは自警団への対応と並行して七つの大都市を訪問して市民からの陳情を受けた。
辺境伯領の中に臣民はまだ一割を若干超えた程度である。それ以外の住民は辺境伯の庇護民と言う形式になっている。
陳情がすべて実現するわけでは無い。リシャールも安易な安請け合いはしない。
「諸君の意見は今後の参考にする。予算を考慮して、優先順位を決めて粛々と進めていく」
選挙で選ばれた訳では無いので、人気に囚われず正しいと思った政策を行うだけだ。
集まった陳情をAIで分析して最大公約数的な政策を作成する。予算を考慮するのは次の段階だ。社会統計と付き合わせて予算とその効果を検証するためにスタッフを集めた。その中には旧政府の元議員も数名含まれている。
集まった政策案を精査して選択するのはリシャール本人の仕事だ。
リシャールの判断基準は緊急性。困っている市民に対する救済策がまず選ばれる。治安回復の為の自警団対応もその一環と言える。
地上交通はエアクラフトが主流なので舗装された街道は必要とされない。
物流に関しては水路を用いるのがこの星の主流である。水が豊富だからであるが、元は乾いた星であった。惑星改造の際に星系内の小惑星帯から氷の小天体を大量に落下させて海を作り出したのだ。
「前の政府は貧困対策は後回しだったように見えるけれど」
スタッフの中にいた元議員に訊ねると、
「当時の多数派は自力救済主義。低負担低福祉がトレンドでしたから」
彼個人は福祉を重視する政策を主張していたのだが。
「要するに金持ちの発言力が強かった訳だ」
とリシャールも苦笑する。
「まあ帝国の上から目線のパターナリズムも褒められたモノではないけれどね」
と本音を隠さない。
「あの人に政治的な助言者なんて必要なんでしょうか」
とぼやくスタッフに、
「あの方は自分が天才だと微塵も思っていないのだ」
とミシェル総督。
「確かのあの方の周辺には天才が揃っているが、あの方は別の種の天才だから」
リシャールは軍事の天才でなくむしろ政治の天才。将の将たる器である。本人に自覚が薄いのが最大の難点であるが。
「そろそろ帝都に向かおうかと思っていたのですが」
皇女様の方から辺境伯領への御成りがあった。副官のラフィーレ大尉が付き添っているのは当然として、
「ご無沙汰ですね。リシャール殿」
軍務大臣を務めるモンタギュー侯爵ウリエル三世である。
「陞爵、おめでとうございます」
「当家は陞爵の橋になると毎回のように候補に挙がるのですが」
と苦笑しつつ、
「今回はいささか変則的な結果となりました」
領土拡大の祝いとして、新領土のリシャールの領土を除く四つの星系それぞれに伯爵領が新たに設けられた。その中の一つを与えられたのがウリエル三世の息子四世であった。跡継ぎが伯爵位を得たことで、父親の方は侯爵に繰り上げになったと言う次第だ。こういう例は過去にもあったが、まだ幼少の四世に何か功績があったわけでは無く、モンタギュー本家を格上げするための方便である。
「と言う訳で息子の新伯爵を連れてきました」
以前伯爵邸を訪問した際には不在だった。幼年学校に通っていた為である。来年には十五歳になって士官学校に通う事になる。
「お初にお目に掛かります。ウリエル=ド・モンタギューです」
父親に良く似た少年が握手を求めてくる。
「任官後は是非と辺境伯の下で働きたいと思っています」
と言ったら隣の父親が目を丸くしていたが、
「それは伯の成績次第でしょうね」
リシャールの艦隊は実力主義だ。士官学校を出るとすぐに佐官任官する上級貴族がやっていける場所ではない。
「頑張ります」
と若き伯爵は答えた。
若き伯爵は父に伴われて領地に向かった。ここまでは皇女専用のGシップに同乗してきたが、この先は小型艦に乗ってゲートを使う。
カトル伯領(これが通称として定着していく)は星系の経済の中心として発展した。この星系は旧トレーダーユニオン領で新領土で四番目に帝国領に組み込まれたことからカトル星系と呼ばれていたのだが、後にカトル伯領があるからだと思われるようになった。
若きカトル伯の訪問を契機に、他の新伯爵も辺境伯リシャールを表敬訪問してくる。
これら三伯爵はそれぞれが大貴族の家臣筋の退役軍人たちで、新興の辺境伯に対する牽制と監視の目的で送り込まれたのである。しかしながら生粋の武人であった彼らはリシャールの器の大きさに魅せられて取り込まれてしまう。それはまた別の話。
「あの子があんなことを考えているとはねえ」
と皇女様。
「あの子って」
皇女様とカトルは二歳しか違わないのだが。
「まああれくらいの年齢の男子と言うのは総じてあんなものですよ」
一般的に貴族の子弟は後方勤務に回されるものだが、爵位持ち本人が前線を志願する前例はない。世襲の爵位持ちの現役軍人はリシャールのみだが、彼も貴族身分の生まれではなく、今のところ跡継ぎがいない。
「普通は家の存続を重んじる親世代に止められて断念しますが、カトル君は自身が爵位持ちですからね」
上級貴族の跡継ぎが、父親の持つ爵位の一つを名乗ることはあるが、カトルの場合は自身が直接授かったモノだ。結果として父親の方が格上げになった訳だが、
「自身が何かを成したわけでは無いからこそ実績を残したいと躍起になる気持ちも理解できます」




