第三話 過去と未来
改編で帝都にとどまっている間、リシャールは皇女殿下からお茶会に誘われた。
迎えに来たのはラフィーレ中尉。皇女殿下の副官でミシェルの娘である。
リシャールは皇女殿下が用意した馬車に乗る。ラフィーレはそのまま残って父と久しぶりに語らうらしい。
馬車と言っても引くのは機械仕掛けの騎乗獣である。人類発祥の星にいた四足獣を模したものだが、実物を知っているものはもはや居ない。人類が母なる星を離れて銀河の中央方面へと向かってを始めてからどれくらいの年月が経ったのか、正確な記録は残っていない。
移住先として選ばれる第一条件は重力が母なる星に近いこと。それ以外の条件はによって克服されてきた。特に大気の成分を人類が生存できる条件に変える際には、在来生物たちはほとんどが死に絶えることにいなる。まあ生物が確認できた例の方が少ないが。まれに変化の度合いが少ない場合には順応して家畜化されるモノがいた。それ以外に人類と共に母なる星を脱出してきた家畜たちの末裔たちも僅かながらに残っていたが。
「ようこそ。ランドー伯様。殿下は庭にてお待ちでございます」
リシャールは侍従長の案内に従ってマルグリット皇女の元へ向かう。
「立派になったなリック。いやリシャール=ド・ランドー伯爵さま」
皇女殿下の隣に先客がいた。
「師父。なんでこんなところに?」
リシャールが師父と呼ぶ人物。ヒューイ=リョーグは元教師。リシャールが幼少の頃、商科専門学校に居た頃の恩師で、早くに両親を亡くした彼の親代わり。彼の才能を評価して士官学校へ推薦してくれた恩人でもある。
「君の出世のお零れに預かった」
半年前にめでたく停年退職して恩給生活に入っていたリョーグ師は、降って湧いたような叙勲の話を受けて帝都に招待された。
「こっちに来てようやく意味が分かったよ」
リョーグ師はリシャールの才を見出した功績を顕彰された訳だ。
「まずはお掛けなさい」
リシャールは驚きすぎてまだ立ったままだった。
「十年ぶりだな」
リシャールが十八歳で士官学校に入って以来になる。
「噂は田舎にも流れてくるんだが、どうにも君の事とは思えなくてねえ」
三十前で中将になり、加えて伯爵に叙せられたのだから。
「伯爵の昔話を聞かせてもらいました」
と笑う皇女殿下。
「何を話したんですか、師父」
「栴檀は双葉より芳し。と言う話さ」
幼いリシャールの悪戯の数々。ばれて叱られたときには仲間を庇ってすべての責任を負う男気。そんな彼の気質を正しく伸ばしたのはリョーグ師の導きであろう。
「伯爵は昔から策士だったのね」
と皇女殿下は笑った。
三人は侍従長が居れたお茶(母なる星から持ち出された植物の一つだが、当時と全く同じモノかどうかは保証の限りではない)とお手製の菓子を堪能した。
「こう言うのは任務中にはなかなかありつけませんからねえ」
お茶もそうだが甘いものなどは嗜好品なので優先順位が低い。
「マダムはお元気ですか?」
「帝都までは一緒に来たんだ。今頃は観光をしているよ」
お茶会は遠慮したらしい。
「娘がいれば、君に嫁がせたいところだが。今となっては身分違いかなあ」
と笑う師父。夫婦の間に実子はいない。だからこそ多くの身寄りのない子供たちを育ててきたともいえるが、リシャールはその中でも最も出世した成功例であった。
「帝都にはいつまで?」
「ホテルは明日までの予約だが」
「ではその後はうちに来てください。マダムも交えて食事でも」
「そうだな」
リョーグは一足先に退席した。侍従頭は残ったリシャールと皇女にお茶のおかわりを出して下がった。
「陛下は俺を殿下のお相手の候補にお考えなのですね」
と切り込まれて、
「五大貴族には私と釣り合う年齢の男性がいないから」
と遠回しに答えた。
「私の夫になる男性は、いずれ皇位を継ぐ弟の後ろ盾になってもらう必要があるわ」
「皇太子殿下はおいくつでしたっけ?」
「もうじき八歳になるわ」
「少なくともあと十年ですか」
「それはやる気があると判断して良いのかしら?」
と詰め寄る皇女に対して、
「年齢が一回りも違いますが」
と言いながら右手を取って膝をつくリシャール。
「候補は数名いたのよ。でも生き残ったのは貴方一人だったわ」
と笑う皇女。
「ところで、一回りって何?」
「うちの田舎では一年ごとに守護獣を割当てる風習がありまして。12年で一周するのです」
帝国標準日は二十四時間と定められているが、惑星ごとの自転に応じて惑星日が別に定められている。720時間で一か月、12か月で一年と換算する。宇宙を航行している方が一日の感覚の狂いは少ないが、Gシップで加速中は時間が短くなるので補正が必要である。
ちなみに、帝都星の一日は21時間と少し。居住惑星の中でも最も標準日に近い。
帰宅して、
「おめでとうございます」
とミシェル。
「気が早いよ」
まだ皇帝陛下の承認は受けていない。
「既に選考は済んでいますから」
勅命が下る前に約束を取り付けるからと皇女が待ったを掛けていたのだ。
「俺はいつから候補だったんだ?」
と訊かれて、
「貴方の最初の任務の直後ですね」
その時点での候補と言うのはミシェルの主筋に当たる貴族の子弟。つまり当時の艦長であったらしい。
「あれで入れ替わったのか」
リシャールは運命の悪戯に苦笑するしかなかった。




