第一話 Gシップ
リシャール=ランドー大尉は副官ミシェル=ド・モンタギュー准尉を伴って配属先の艦のある宇宙港へと向かった。
副官のミシェルは下級貴族の生まれで元は近衛にいたが、任務中に片目と片腕を失った。義眼と義手により日常生活に支障は無いのだが、見栄え重視の近衛にはいられなくなった。恩典を貰って除隊するのが通例だが敢えて軍に残る道を選んだ。主計課に転属して十年余りを経て、将来有望な上官と巡り合う事となった。
「意外に小さいな」
それが館長を務める事となった独立輸送艦を見たランドーの感想だった。
「コンテナユニットを交換する仕様ですね」
輸送品はあらかじめコンテナに積み込まれ、輸送艦は側面にあるアームでコンテナを掴んで抱きかかえるように運ぶと言う仕組みになる。
「まあ効率的ではあるな」
リシャールは辞令を入口に立っていた歩哨の兵士に提示した。
「この艦長を拝命したリシャール=ランドー大尉だ」
対応に当たった兵士は一瞬浮かべた困惑の表情をすぐに押し隠した。新艦長が思ったよりも若い事に懸念を抱いたのだろう。リシャールは士官学校を出て一年余り。二十一歳になるまであと数か月あった。
兵士の案内でまず艦橋へ入る。
中には士官が二人。
「ランドー大尉ですね」
まず立ち上がったのは若い方。
「情報担当のボニート=ベレット中尉です。そちらは主計担当のアンダーセン中尉」
艦長席に座っていた方が、
「アルベリッヒ=アンダーセンです」
と言って敬礼して席を譲る。
輸送艦と言う役割から彼がこの艦の次席と言う事になる。
「宜しく」
敬礼を返すと席に座る。
「では小官は積み込み作業の進捗状況の確認へ向かいます」
と言って艦橋を離れた。
「歓迎されていないのかな」
とぼやくリシャールに、
「中尉は、自分が次の艦長に成れるのではないかと期待されていましたからね」
アンダーセン中尉はもうすぐ三十歳。そろそろ大尉に昇進しても良い頃合いだ。
「有能な方なんですが、上官との折り合いが悪くって」
「それにしても、輸送艦にGユニットとは驚いた」
「帝国に五隻しかない独立輸送艦ですから」
Gユニットとは艦内に重力を発生させる装置だ。会合期以前の当時でも原理不明のオーバーテクノロジーシステムである。艦に搭載すると強力な推進装置となる他、三機を連動させると空間を繋ぐゲートを形成できる。これを用いて離れた星域をダイレクトに繋ぐことができる。片方から入ってもう片方から出られると言うモノで、基本的には一方通行である。
最大で五百個あったと言われるユニっとの約四分の一を帝国が所有し利用している。帝国はその物量を生かして十個の星域を支配し、それぞれの居住惑星の近隣にゲートを設置している。そして残りが艦艇に搭載される。ゲートのない星域に向かうにはGシップで無いと到達に時間が掛かり過ぎる。(近くでも数百年は掛かる)
「大尉は既にGシップの艦長を経験済みだとか」
Gユニットを搭載した艦をGシップと呼ぶ。
「まあ成り行きでね」
前の駆逐艦もGシップだった。ゲートの設置されていない未踏星域に向かうにはGシップを使うしかないのである。
軍艦は戦闘力重視の駆逐艦と速度重視の巡洋艦、そして両方を兼ねる主力としての戦艦の三種に区分される。Gシップの多くは戦艦だが、予備戦力として駆逐艦に搭載されることもある。巡洋艦がGシップになる事は基本的に無い。こちらは星域内の防衛任務が主になる。
ランドーは端末を操作して艦長登録を済ませる。
「情報担当はもう一人いる筈だが」
「キャンベル少尉は睡眠中でして」
「じゃあ起きたら艦長室に挨拶に来るように伝えてくれ」
と言って荷物を持って艦長室へ下がる。
部屋に入ると、まず備品の確認。
「コーヒーメイカーか。流石はGシップだ」
無重力の通常艦ではドリップ式のコーヒーは飲めない。未開封の豆があったので粉にしてドリップに掛ける。
続いて荷物の中から予備の制服を取り出す。今着ているのは昇進時に新調したモノなので大尉の階級章が付いているが、古い方は階級章がまだ少尉のままだ。それ位昇進から異動までが急だった訳だ。
階級章を付け替えて、ハンガーにかけてクローゼットに収納。続いて靴を履き替える。履いているのは踵にマグネットが入ったモノだが、重力のあるGシップであれば普通の靴が使える。マグネットシューズで艦内を歩くのは結構コツが居る。
コーヒーを飲みながら端末を操作する。
まずは今後の任務の確認。命令文書が収納されたメモリを読み込む。内容は艦長のみが知るべき項目と、艦橋のメンバーに共有すべき情報とがある。そちらに関しては端末に読み込ませると同時に士官の端末に送付される。
次に乗員の確認。主計部はアンダーセン主計中尉以下四名。軍曹、伍長、兵長の順だ。情報担当は通信と索敵を行う要員で、二名が交代で当たる。他に操舵担当が二名いるが、停泊中は仕事が無いので外で休養を取っている。積み込みが完了するまでに戻れば問題ない。続いて機関部。通常なら定員は三名だが、Gシップは専門の技官が二名追加で乗船する。輸送艦なので砲術要員や戦術士官は居ない。
入出許可を求める警告音がなる。リシャールはロックを外して、
「入れ」
「失礼します。情報担当次席のクライド=キャンベル少尉であります」
ランドー大尉よりも年下でこの艦が初任である。
「まあ座ってくれ」
と言ってコーヒーを勧める。
「前任の艦長ってどんな人だった?」
「この艦は三年勤めあげると希望の艦へ移れるらしいのですが、この条件をクリアした艦長は今のところいないらしいです」
前任者も二年を越えた所で移動を希望して受理されたと言う。
「厳しいのか?」
「とにかく危険なんですよ。向こう側の情報が決定的に足りないので」
「折角だから他のクルーについても君の見解を聞こうか」
「自分は一番の新参なのであまり詳しくありませんよ」
「全員と個別に面談するから、余り構えなくても良いよ」
「いえ。むしろ怖いですよ」
一通り聞き終わると艦橋の副官から連絡が入って、
「操舵担当のエリック=エンデバルト中尉が到着されましたが」
新艦長の着任を知って大慌てで戻って来たらしい。
「じゃあこちらに来るように言ってくれ」
エンデバルト中尉の次は通信索敵班のベレット中尉。彼がこの艦では最も古株だ。と言ってもまだ三年目だが。
「君の任期中に敵の攻撃を受けたのは何回かな」
「二回ですね」
実は事前に報告書を読んできたが、
「偶発的な遭遇戦だったのか、あるいは?」
「自分は待伏せを受けたと考えています」
と即答した。
「自分は武装を付けてくれと上層部に何度も具申したのですが」
「武装を付けると速度が落ちる。という返答だな」
襲撃者の目的は積み荷なので、コンテナを切り離して逃げれば助かると言う指示だ。
「帝国の大本営も二正面作戦はやりたくないと言うのが本音なんだそうな」
帝国にとっての主戦場は銀河辺境方面である。故にこちら側の二国を無用に刺激したくない訳だ。
「艦長も同意見ですか?」
「不要な戦闘は避けるのが流儀だな。少なくとも出世の為に戦闘を引き起こすような真似はしたくない」
ランドー大尉も三年の任期満了を待たずに異動することになるだのが、これまでの艦長とは決定的に違っていて・・・。