第三話 報告
侵攻してきた敵艦隊は遅ればせながら合流を目指した。しかしそれは叶わなかった。
先に一番艦の砲撃(通称ドラゴンブレス)を受けた右翼艦隊(要塞から見た便宜的な区分)は移動の途中で二番艦”朱雀”の近傍を通った。二番艦はガスジャイアントに立ち寄って核融合炉の燃料となるトリチウムの採取を行っていたのだが、それを土地勘のない敵艦隊が目標地点として利用したのである。
回避不能と見た三番艦は艦載機をすべて出して迎撃した。敵艦隊から見れば罠に嵌ったと思っただろうが、不幸な巡り合わせである。
「最優先で叩くべきは敵の兵装。敵の攻撃力を残すと撤収中に背後から打たれてしまいますからね」
と二番艦の艦長を務めるニコラス=ニッド少佐。
「第二目標として旗艦以外の艦橋。初めに頭を潰してしまうと、自暴自棄になって最悪の反応をされかねませんので」
最悪とは捨て身の体当たり攻撃だ。
艦が墜とされるのは最悪ではない。最悪の事態は有能なパイロットたちを失う事だ。その事はパイロットの方でも理解している。その為の全機投入だ。
完全に虚を突かれた敵艦隊はすべての攻撃手段を粉砕されて、また艦橋に深刻なダメージを受けてもはや前面撤退以外の選択肢を持ちえなかった。
「損害は?」
「ありません。発信した九十九機はすべて帰投しました」
「全部で百機のはずだが?」
「一機は訓練中にトラブルがあって、実戦投入出来ませんでした」
「まあ戦闘中に事故らなくて良かったというべきだな」
戦闘データを見れば完全勝利と言う他はない。
「これを詳細に解析して本格的な小隊編成を行いたいと思います」
今までは十人単位でランダムにグループ分けしていた。五機単位で一小隊を構成。百機いるので二十小隊できる。五個小隊で一個中隊として四個中隊。平時には八時間ごとに一中隊が戦闘待機して残りが休憩。戦時にはその倍の二個中隊を待機状態にする。
「小隊単位で力を均等にするのは無理だから、中隊単位でバランスするべきだな」
「パイロットとして優秀でも、隊長として有能とは限らないので」
「まあその両方で確実にトップに上がる人間がいるから、まずは彼を大隊長に任じて残り三人の中隊長を相談して決めることだ。後は四人の隊長に任せればいい」
自他ともに認める最強の撃墜王”バロン・ヴェルミオン”を含む四人のエースはフォーカードと呼ばれて勇名を馳せることになる。
右翼の僚友艦隊が戦闘力を喪失したのを見て左翼艦隊は合流を諦めて単独での撤退を始めた。
これは完全な悪手とまでは言えないが、この選択により三番艦”白虎”との接触が必至となった。どこまでも持っていない艦隊である。
「やあご苦労さん」
戦況報告書をもってリシャールの前に現れたのは三番艦の艦長ではなく、最前線の指揮を執ったアンニバル特務少佐であった。
「持っていない人間を指揮官に持つことは不幸ですね」
左翼艦隊は選りに選って三番艦の潜んでいた空域で回頭した。三番艦はこれを見て、先頭に位置する旗艦への強襲突撃を敢行を決断した。見えていなかったと言うのは程度の悪い言い訳で、回頭するならもっと見通しの良い場所を選ぶべきであった。
「まあ相手が悪かったと言う他はないなあ」
とリシャールも苦笑する。
三番艦は艦首に牙と呼ばれる突起を備えている。これを敵艦に突き立てて、空いた穴から陸戦隊を突入させる訳だが、
「一番艦が穴を開けてくれていたので手間は省けましたね」
報告書によれば、第一中隊が艦橋の制圧を担当し、第二中隊が兵装の無力化を受け持つ。そして第三中隊が機関部を占拠する。大隊長のアンニバルは艦首に設けられた戦闘指揮所に留まってこれらの動きを統御する。
「今回は三か所を迅速かつ確実に抑える必要がありましたからね」
艦橋を抑えれば艦隊の機能を麻痺させる。機関室を抑えれば艦の機能を奪取できる。以外に見落とされがちなのが兵装部で、これを放置すると自爆自沈と言う危険な奥の手が相手に残る。
「自爆攻撃をやられると、突入部隊の大部分を失ってしまうからね」
それだけは避けなければならない。
機関部を占拠した部隊がユニットのリンクを解除して旗艦を艦隊から切り離し、新たに三番艦とのリンクを構築してそのまま離脱する。教本に乗るような完璧な鹵獲作戦であった。Gユニットの保有数がそのまま国力を意味するこの時代に、この戦果は非常に大きい。
「それで損害は?」
戦果よりも被害を気にするところがリシャールらしい。
「負傷者は若干名いるが死者はゼロ。ほぼ無血の勝利だった」
「ほぼ?」
「艦橋に突入した際に艦隊司令が自分の拳銃で自決した」
作戦の詳細を知っているのは二人の艦隊司令だけだったようで、侵攻作戦の目的は判らなくなった。
「自分がその場にいても阻止するのは無理だっただろうが」
と悔しがるアンニバル。
「巻き添えを食らわなくて良かったというべきだな」
リシャールは捕虜の為の食料を要塞司令部に依頼した。その返事が、
「大本営から秘匿指令が来たよ」
と言うものだった。




