序 疫病神のランドー
士官学校を次席で修了したリシャール=ランドーは、周囲から惜しまれつつも当初の希望通りに主計課に配属された。
最初の任務は駆逐艦の主計士官。部下は老曹長一人。辺境地区の探査任務を行っていたのだが、
「少尉殿。艦橋から連絡です」
「何だろう」
ランドー少尉が通信を代わると、
「艦長室へお越しください」
と切迫した様子の副官の声である。
この艦の艦長は貴族出身の大尉で副官はその家臣筋の准尉である。
「何があったのですか?」
艦長室には副官と医官中尉が居た。
「これをご覧ください」
ベッドに横たわる艦長。その額には石が、めり込んでいる?」
「どういう状況なのですか?」
副官の説明によれば、資源惑星の調査に降りた艦長以下数名が石礫を受けて負傷したのだと言う。
「負傷者の治療は終えたのですが。艦長だけが目を覚まさないのです」
「・・・。死んでいないのですか。この状態で?」
「不思議ですが、心臓は動いているのです」
と医官。
「それで、小官が呼ばれた理由は?」
「この艦の指揮権を引き継いで頂きたく」
「は?」
と驚いて見せたランドーであるが、この艦に乗っている将校はここにいる三人だけ。階級だけ見れば医官が最上位であるが、彼は医者であって士官教育を受けていない。ランドー少尉は次席であるが、同期の主席は大貴族の三男坊で思い切り下駄を履かされていたのは周知の事実だ。
「他に選択肢はないか」
ランドーは指令書を副官から受け取った。
「与えられた任務は三分の一まで終了。引き換えすよりもこのまま続行した方が早そうだな」
予定では六カ月掛かる目算だったが、その半分の三カ月で完了させて本部へ帰投した。
報告書を受け取った現地司令官は、
「ご苦労だった。ランドー大尉」
「自分はまだ存命ですが」
二階級特進は栄誉の戦死の場合のみの筈だが、
「艦長代理を引き受けた時点で君の階級は中尉扱いになっている。今回の任務完遂の功績を持って大尉への昇進が認められた」
と説明された。
「昇進に値するほどの仕事ができたとは思いませんが」
と謙遜するランドーに、
「そんな事はない」
あの宙域では事故が多発し、既に二度の探査任務が失敗に終わっていて、今回が三度目の出兵だったのだと言う。
「自分は特に何もしてません。実際の任務に当たった陸戦部隊への報奨をお願いします」
「勿論だ。彼らには昇進ではなく昇格と言う形で厚く報いることになる」
兵卒や下士官との間には厚い壁がある。昇進でも給料は上がるが、一度に上がるのは一階級だけ。それに対して昇格であれば制限はなく、大幅な給料アップが見込める。
「それで自分の今後は。まさかそのまま艦長職を続けろとは仰いませんよね」
「後任は現在選定中だが、あの艦は三カ月のオーバーホールを経て新たな艦長が着任する予定だ」
と言って別の辞令を差し出す司令。
「君には独立輸送艦の艦長をやってもらう」
銀河中央方面統括本部附きの補給艦隊所属になる。
「それはまた激戦区ですね」
銀河中央方面には帝国に属さない二つの星間国家が存在する。まだ戦争状態ではないが、国境線が曖昧で小競り合いは絶えない。
「君に異論がなければ、彼を副官として同行させたいのだが」
と紹介されたのは元部下の老軍曹。
「ご相伴に与りました」
と敬礼する。
「では引き続きよろしく。准尉」
ランドーは右手を差し出した。