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03.魔法にはデータの概念がある

 気が付くと、木に囲まれた場所にいた。

 周囲を見わたしても木しかない。しっとり湿った地面には小さな草や苔が生え、木には太い蔦が何本も巻き付いている。

 上を見ると葉の間から太陽の日差しがきらきら光っているのが見えた。

 つい先ほどまで、比朗は真夜中の日本にいたはずなのに。


「……異世界、なのかな?」


 比朗は警戒して辺りを見回した。

 鬱蒼とした森、と呼ぶには明るすぎる気はするものの、どのみち人の手の入った場所ではない。もしかしたら山、いずれにせよ森。たくさんの草木が生い茂る場所に、比朗はひとり放り出された。


 なるほど、これが異世界転生ってやつなのか。


 比朗自身は小説や漫画を幅広く読むタイプではないが、その手の情報に詳しい同僚がいたので、知識だけはそれなりにある。トラックにぶつかって死んで異世界に転生する——という「テンプレ」とはずいぶん違った流れだが、まあ、現実なんてそんなものだろう。比朗は死んで異世界に来たわけではないので「転生」とは呼ばない気がするが、かと言って生きたまま異世界に来る現象の呼び方を比朗は知らない。異世界移動とか異世界引っ越しとか、きっと何かしらあるのだろう。


「天川比朗」

「ぅわっ!」


 ふと、急にどこからともなく声が聞こえてきた。

 魔女の声だ。


「えっ、何? 魔女?」

「そうだ、わたしだ」


 相変わらず魔女の声は淡々としている。

 比朗は慌てて周囲を見わたしたが、周りには木しか生えておらず、魔女の姿はどこにもない。


「なんで声だけ聞こえんの? 近くにいるのか?」

「いや、これは声送りの魔法だ」

「魔法?」

「そうだ。声送りは遠い場所に声を届ける魔法だな」

「へえ、つまり電話みたいなものか」


 遠い場所にいる相手と会話できる技術、要は電話だ。

 地球ではアントニオ・メウッチが発明したものの資金難から特許を失い、数年後にグラハム・ベルが改めて特許を取得したと言われる電話だが、こちらの世界では魔法で音声の送信を実現させているらしい。

 つまり魔法が使えない人間には習得すら叶わない、魔女だけに許された便利な技術というわけだ。


「そう、デンワ。まさにそれを参考にした。あれは便利だ」

「そういう逆輸入もあるのか」


 しかも着想は地球の電話だった。

 たしかに、現代はスマートフォンを一人ひとつ持つのが当たり前だったし、人を拉致するためしょっちゅう地球に来ていたのなら、電話を使う人間を見るのも珍しくはなかっただろう。その利便性に気付いて再現したくなる気持ちは分かる。


「声送りかあ。これって俺も使える?」

「わたしに呼びかけることはできる。そのときは……そうだな、左手の親指と人差し指で自分の耳に触れ」

「こう?」


 比朗は言われた通り、左手の親指と人差し指で左耳に触れた。

 どのあたりを触ればいいか分からなかったので、とりあえず耳たぶをつまむ。


「その状態でわたしを呼べ。暇だったら声を返してやる」

「えっ!? こ、これだけでいいの?」


 比朗は思わず大きい声をあげた。

 自分の耳を触るだけで電話できるなんて、あまりにも画期的すぎる。


「……簡単すぎるか? もっと動作を複雑にした方がいいなら変えるが」

「いやいや、これでいいです。すごいな、こんなことできるんだ」


 自分の耳を触ったり引っ張ったりしながら、比朗は素直に感心する。

 地球の皆さまが電話を発明するまで、どれだけ時間と労力を費やしたことか。

 それを思うと、耳に触るだけで電話できる魔法は本当にすさまじい。


「ん? 修正ってことは、もしかして魔法って中身をいじったりできんの?」


 ふと、比朗は先ほどの魔女の言葉を思い出して首をかしげた。

 魔女は「動作を複雑にした方がいいなら変える」と言っていたが、それは魔法が修正可能でなければ出てこない言葉だ。


 比朗が知っている魔法は、もちろんゲームや漫画の中の話だが、呪文を唱えることで特定の効果を発動させるものだ。

 習得には修行や訓練が必要だが、一度習得すれば魔力的なものを消費して何度でも行使できる。ただし、魔法の呪文や効果は改変できない。それが比朗の魔法のイメージだ。


 しかし、魔女の言葉はまるで魔法をカスタマイズできるような言い回しだった。


「当然だろう。わたしが使う魔法はすべてわたしが作った。必要に応じて変えるのも当然のことだ」

「魔法って魔女が作るの?」

「そうだ。わたしの魔法なのだから、わたしが作るのは当たり前だろう」


 思った通り、この世界の魔法はかなり柔軟なようだ。

 魔法の発動トリガーは呪文ではないようだし、もしかしたら魔力的なものも消費しないのかもしれない。魔法を作るという概念からして比朗には青天の霹靂だ。


「この電話の魔法ってどんな仕組みなの?」

「デンワではなく声送りの魔法だ。この魔法は傑作だぞ。座標の探知、音声の星細(エーデル)化、星細(エーデル)化した音声の転送…という複雑な効果を組み合わせて作っている」


 試しに聞いてみたらだいぶ誇らしげな声が返ってきた。つまらなそうに喋る印象しかなかったので少し意外だ。

 しかし、辰世(トキヨ)辰星力(エニシダ)に続いてまた知らない単語が出てきてしまったので、比朗は仕方なく話にストップをかける。


「先生、エーデルって何ですか」

星細(エーデル)は……そうだな、おまえたちが言うところのデータ、だったと思う。以前おまえの世界から連れてきた人間が星細(エーデル)をそう解釈していたはずだ」


 データ。

 急に身近な言葉が出てきた。


「こっちの世界、データとかあるんだ」

「データではない、星細(エーデル)化だ。音声を遠方に転送するため、一度星細(エーデル)の形に変換する必要があるんだが、それをデータと解釈していた人間が過去にいただけだぞ」

「いや、俺にはその方がわかりやすい」


 なにしろ比朗は元ITエンジニアだ。

 何なら一、二時間前まで会社にいた。退職届も出していないので現役と言って差し支えないだろう。


 それにしても、まさか魔法の解説でデータなんて馴染みのある言葉を聞くことになるとは思わなかった。


 相手の座標を特定し、音声情報を星細(エーデル)化、そして星細(エーデル)化した音声を相手の座標に転送する。

 それが声送りの魔法の仕組みだと魔女は言った。


 やっていることはIP電話——インターネットの通話システムとほぼ同じだ。


 相手の座標はIPアドレス、星細(エーデル)化はデータ変換だ。あとはデジタルデータに変換した音声をインターネットで相手先に送信し、送ったデジタルデータを音声に復元するのがIP電話の仕組みだが、おそらく声送りの魔法も仕組みは似たようなものだろう。


 IP電話はインターネットの通話システムだ。

 システムが自然発生することはない。どんなシステムであっても、世界のどこかのエンジニアがプログラムを書いて作っている。

 つまり、プログラミングでできることは、魔法でもできる可能性がある。


 なにしろ魔法にはデータの概念があるのだ。

 それならデータベースやクラスやインスタンス(以下略)など、比朗が仕事で駆使してきた概念がそのまま魔法でも使えるかもしれない。


「そのうち魔法のこと教えてください」

「いいだろう」


 どうやら魔法は難しくて奥が深い。

 この世界の人間に魔法を使わせるという魔女との契約もあるので、魔法に関してはいずれしっかり学ばねばならないだろう。


「それにしても、ちょっと意外だったな」

「なんだ?」

「こっちの世界に来たら、そのまま放り出されると思ってたから」


 比朗はつい数十分前のことを思い出した。

 気が付くと森の中にいた比朗は、まず最初に周囲の安全を警戒した。

 森の中なら野生動物がいるかもしれない。毒を持つ虫や蛇がいるかもしれない。

 契約するだけしてこんな場所に投げ出すのかよ——そんな恨み言が浮かんだのは事実だ。

 しかし魔女は、比朗を放り出したままにせず、わざわざ魔法で声をかけてくれた。


「正直、連絡手段なんて便利なものをくれると思ってなかったし、意外だった」

「わたしも人間に魔法の力を与えるのは初めてだからな。それに人間にはフォローが必要だと言ったのはおまえだろう?」

「うん、助かる。ありがとう」


 比朗が素直に礼を言うと、魔女は「気にするな」とつまらなそうな声で言った。

 礼を言われたくらいでは魔女の声のトーンは変わらないようだ。


「ところでなんで森からスタートなの? 街でもよくない?」

「……人間の街に放り出したら何もないところから現れることになる。驚かれるぞ」

「そういやそうか…………ん?」


 ふと、森の奥の方から得体の知れない音が聞こえた。

 つい先ほどまで風と木々の揺れの音しか響いていなかったのに、いつの間にかシャクリシャクリと草を踏みしめるような音がする。

 一定のテンポで聞こえてくる音は、おそらく足音だろう。

 つまり、この音の先にいるのは————


「ごめん魔女、声送りの魔法を切ってくれ。……人がいる」


 比朗は声をひそめると、音のする方に目をやった。


 森の奥、木々の葉の隙間から差しこむ太陽の光が輪郭だけをぼんやり浮かび上がらせている。

 そこにあったのは人影だった。

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