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最高の人材を求めて  作者: 葉月 優奈
四話:最高の人材を求めて
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この病室にいる患者の名前は『天満 司』。

表札で、私は知っていた。


彼が病気で、動けないのは理解した。

司に対し、ディケーが声をかけた。


「大丈夫、あたしの友達が来ただけだから」

「そうかい、そうかい」

男の声は、どこか弱々しい。

いつの間にかディケーは、彼に恋をしたようだ。

そして、先輩は『最高の人材』を探すのをやめた。

私はそのことだけが、どうしても許せなかった。

司の看病をして、再び横にさせたディケー。

ディケーが、司を見守った後に私は不満そうな顔で先輩を見ていた。


「先輩は、任務放棄です」

珍しく怒った私は、それでも詰め寄っていた。

ディケーに対する感情が、尊敬から軽蔑に変わった。

軽蔑よりも怒りが勝った私は、どうしても言わなければ気が済まなかった。


「エウノミア、それでもあなたに見せたかった」

「自分の結婚を?」

「そうじゃない。この時代の人間のことを、あなたは何も知らない」

文句を言われたディケーは、私を力強い目でじっと見ていた。

強い目力で、はっきりと訴えかけてきたディケー。

その雰囲気に、私は未来で見た凜々しい研究所の所長の顔と重なった


「この時代の人間は、全員愚かよ。

成長もしない、大事なことも忘れて、退化していく。

このままいけば、私たちのいた未来よりもっと早く世界が崩壊する。

私はそんな時代の人間がいることこそ、『最高の人材』が生まれない要員だと思った。

結局、この時代から人間は人間の事を手にかけていく。愚かな動物よ」

「確かに、世界を崩壊させたのは人間。

でもね、人間は世界を発展させた事を忘れてはいけない。それに……」

ディケーは、それでもベッドに眠る夫の手を掴んだ。

ベッドの上に座り、眠る夫の頭を撫でていた。


「あたし達の時代に無かった愛が、この世界で見つかったの」

「そんな不確定なモノ……最高の人材に必要は無い」

「いいえ、必要よ。

人間は繁栄するために、子供を作る。そこに愛は必要」

ディケーの言葉に、私はじっと見ていた。


確かに私たちの時代には、愛は存在しない。

私が生まれた頃は、ほとんどの男性は存在しなかった。

男性の姿をしているのは、AIロボ。メタトロンのような人間だけ。

女性同士でも、生きていけるし……何より繁殖することが私たちの時代では出来るようになった。


私だけじゃない。ディケーもエイレネーも、男性を実際に見た事が無い。

それでも、過去の莫大な知識と情報で私は知ることが出来た。

未来の私たちの時代には、地球に関する全ての事も情報として残されていた。


「『最高の人材』に一番必要なモノ、それは愛を知っているかどうかよ。

そもそも、それが一番大事なこと。

でもあたし達は、男を知らない。だからやるべき事があった」

「え、それは?」

「あたしは、彼を本気で愛した」

やつれた男に、抱きついていたディケー。


甘えたディケーに、私はなんだか不機嫌な顔に変わっていた。

怒りとか、悲しみとか、そういうモノではない。

寂しさと、嫉妬と、どこかに喜びといろんな感情がない交ぜになっていた。


「でも、愛なら人類の歴史でも初めからあったこと。

アダムとイブも、愛し合って人類が生まれた。

それだけで……あっ!」

「そう、それだけのこと。

でも残念ながら愛は、体験しないと絶対に理解できない。

あなたが見た今までのサンプルは、どうなの?」

「彼らには、愛を感じられなかった。

私が見てきたサンプルは、自分勝手な言い訳ばかり」

「あなたの調査結果は、どうなの?」

ディケーは立ち上がって、私の目の前に歩いてきた。

スマホで、私はデータを送っていた。

ディケーが、自分のクロノス端末で私の報告を見ていた。


「なるほど、あなたが見てきた人物は……この時代の人間であっても、全てでは無い」

「どういう意味?」

「あなたが見た以上に、人間は奥が深いの。

人間は成長しないわけじゃないし、彼らも成長をしている。

確認を怠ったバスの送迎手も、暴行した保母も、近所迷惑な老人も」

「成長していたら、あんな問題は起こさない」

「そうね。でも彼らは、最初からそういう人間では無いでしょう」

ディケーの言葉に、私は戸惑っていた。


「彼らは忘れていたの。成長が、単に止まったわけでは無い」

「何を忘れていたの?」

「愛を」

「その愛って……結婚って意味なの?」

「違うわ。人を愛する形は、いくつも存在する。

子供を愛し、仕事を愛し、両親を愛し、許せる心。それが最高の人材に必要なの」

「許せる心……愛」

「そして、今のあなたにはそれが欠落している。

だから、あなたは無色空間(ガイア)を広域展開しようとしたのでしょう」

ディケーの言葉に、あたしは思い当たる節があった。


「だから、あなたにも必要なのよ」

「私にも?」

「そう、『愛』が」

ディケーは、私にはっきりと言い放っていた。

その顔は、いつもの凜とした先輩だった。



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