051
朝の病院の待合室は、多くの人が集まっていた。
長椅子で、私はディケーと一つ間隔を空けて座っていた。
この時代に流行った感染症の影響で、三人かけの長椅子には二人しか座れない。
月の研究所の所長。
ローラシア計画の最高責任者、ディケー。
私の憧れの先輩は、セーラー服ではない。
深緑のワンピースで、大人びた女性だ。
ポニーテールではあるものの、上品な顔で私を見ていた。
「エウノミア、研究所の守りご苦労様でした」
「いえ、私は守れませんでした」
「仕方ありませんよ。あの『崩壊』を、止めることは出来ませんから」
月を覆う滅び。白く絶望的な崩壊は、いかなる武器で求められない。
あの範囲に入った瞬間、消滅してしまう。
動物も、植物も、見える物全てが消滅してしまう。
真っ白な崩壊によって、何もなくなって無に返ってしまう。
「それにしても、ディケー様。どうして病院に?」
「あたしはね、大事な人がここにいるのよ」
「大事な人?」私が、オウム返しをした。
「うん、ここには大事な人が入院している。あたしはそのお見舞いに来たの」
「先輩に、そんな人がいたとは……いつ知り合ったのですか?」
「その前に、まずは謝らないといけない事があるの」
畏まった、ディケー。
目にはクマが見えて、疲れが見えた。
「謝る?」
「あたしは『最高の人材』を探すことを、一旦休止する」
「え?」
「あたしは、この時代でしばらく普通に生きることにしたの」
「なぜですか?『最高の人材』を探す私たちの目的はどうするのです?」
「それは、あなたに任せる。あなたは、あたしの可愛い後輩でしょ」
はにかんで、私に言い放つディケー。
大人びたティケーに、それでも険しい顔であたしは迫った。
「そんな事をしたら……私たちの時代はどうなりますか?」
「崩壊する未来を、あなたから直接聞いた。それが一番ね」
「でも、ローラシア計画は……」
「戻るためのクロノスを完成させないといけないし……それに必要な技術はこの時代には無い」
確かにここは、400年以上昔の時代。
テクノロジーは、私が生まれた時代より遥かに劣っていた。
「一つは、クロノスの完全体を作ること。そして……」
人間が愚かで、自らの手によって導かれた虚無の世界。
人類の進化の果てに、この未来が生まれた」
「それを防ぎ、人類の歴史を再び紡ぐために私たちは活動してきた!」
「落ち着いて、エウノミア。ここは病院、静かにする場所よ」
ディケーが、私に静かにするように促した。
病院という知識は、過去の歴史から知ることが出来た。
クロノスが入っていた端末から、学習していた。
それでも、私はじっとディケーを睨んでいた。
「そんなの、おかしいです」
「おかしくないわ。だって……人間は成長するから」
「成長はしません。この時代の人間から、私は学びました。
情報も集めて、そう結論づきました」
ディケーの言葉を、私は真っ向から否定した。
「サンプルからも、データが出ています。
人間は大人になっても、歳を重ねて老人になっても、成長はしません。
成長をするのは、根本的な人間の性格によるモノです」
「人格を形成しているのは、人間の生い立ち。
それが人間の性格形成の、重要なファクターを占める」
「分かっているなら、どうして『最高の人材』を探すのを諦めるのですか?」
「あの人が、長くないから」
そんな中、病院のアナウンスが流れた。
『受付番号2773、至急受付まで来てください』
アナウンスを聞いてディケーが、『2773』の受付番号の紙を持って立ち上がった。
「一緒に着いてきて、エウノミア。
その端末なら、自分の姿を透明になれるでしょ。
透明になってあたしについてきたら、あなたに説明するから」
ディケーに言われるまま、私はスマホで自分の体を……透明に変化させていた。




