030
後で聞いたのだけど、サンタ老人の名前は『淀川 邦正』と言う。
この箕面出身で、ここは『箕面第四公園』の近くに一人で住んでいた。
元々結婚していたが、子宝に恵まれ無かった。
2年前に妻もなくしていて、独りで暮らしていた。
それ故に、近所の子供達に優しく接したじいさんとして親しまれていた。
2つ離れた興六郎は、ベンチに座っていた。
僕の隣で、泣いていた。
僕は、興六郎の性格を知っていた。
僕よりも弱気で、泣き虫だ。
臆病な2つ下の弟は、人目をはばからず泣いていた。
「泣くな、興六郎」僕は励ました。
「でも、パパもママもいない」彼も迷子だ。
「元気出せ」
僕は、必死に弟を励ましていた。
それでも、一向に泣き止まない興六郎。
間もなくして、少し席を外していた老人淀川が戻ってきた。
「大丈夫か、二人とも?」
「興六郎が……」
「そうか、じゃあこれを」再び取り出した、白いおにぎり。
不思議そうな顔でおにぎりを見ていた、興六郎。
「これ?」
「サンタさんのおにぎり。とっても上手いよ」
「そうそう、上手いぞ。サンタさん、お手製だからな」
老人が目を細めて、しゃがんで興六郎に寄り添っていた。
「うん、ありがとう」
興六郎は、おにぎりを受け取って口にした。
すると、興六郎が目を輝かせていた。
「なにこれ、おいしい!」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
興六郎もまた、不格好なおにぎりの旨さに感動していた。
「ねえ、父と母は僕らを捨てたの?」
「そんなことないさ。大丈夫、きっと見つかるから」
「本当に?」
「ああ、嘘はつかん」
老人は、どこか安心させる何かがあった。
これが、大人の余裕だろうか。
それとも、サンタ老人の魅力なのだろうか。
分からないけど、僕と興六郎の不安は消えていた。
「それに、電話で呼んだからな」
「電話?」
「あそこにある電話で、迷子捜しのプロに連絡をしたから」
公園の通りの奥には、電話ボックスが見えた。
それは、公衆電話のガラス張りのボックス。
老人は、公衆電話で電話をかけて少しいなくなっていた。
「本当に助かるの?」
「心配はいらないよ。だから大人しく、ここで待っておこう」
「うん、分かった」
僕も興六郎も、既に涙はなかった。
周りに誰もいなくなくても、不安も恐怖もなくなって落ち着いていた。
周囲の公園には、僕らしかいない。
遊んでいた子供達は、全員お迎えが来て帰っていた。
公園の近くも、静かで人通りもない。
そんな中、一台の車が通るエンジン音が聞こえてきた。
公園二近づく車は、パトカーだ。
「おや、もう来たようじゃな」
パトカーが、公園のそばに止まった。
出てきたのは若い警察官と、もう一人。
警察官の隣の人物には、見覚えがあった。
「母だ!」それは僕と興六郎の母が、泣いた顔で姿を見せていた――




