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――2024年12月24日――
(EIGOROH’S EYES)
静かな公園に、怒鳴り声が聞こえた。
老人の声は、公園のどこにいても聞こえるほどの大きな声だ。
「五月蠅いぞ、静かにしろ!」
公園の中は、一人の老人の登場と共に静まりかえった。
深緑のジャージを着た老人のわしが、起こっていた。
わしの声を聞いて、楽しんでいた小さな子供が静かになった。
それと同時に、保護者の母親はわしに嫌な目線を送った。
子供を守るように、ヒソヒソと噂をしていた。
どれだけ敵がいても、わしは戦う。そう心に決めて、いつもこの場所で叫ぶ。
公園が見える入口の目の前に、わしの家があった。
だからわしは、叫んでいた。
(わしの権利を、守るため)
柴島 栄五郎は、近所でも有名な『迷惑老人』だ。
周りが流す悪い噂を、わしは知っていた。
わしは、白髪交じりの髪と髭。
しわだらけの顔に、曲がった腰。
緑色のジャージの上下で、いつも大声で叫ぶ。
わしを見ていた母親が、子供を庇い警戒を強めた。
子供は、それでも納得できずに母親に聞く。
「何であの人、叫んでいるの?」
僅かな声も、わしは聞き漏らさない。
「こらっ!静かにせんか!」
わしは、顔を真っ赤にして子供に怒鳴った。
怒鳴られた子供は、4歳ぐらいだろうか。
冬なので赤いセーターを着た子供は、わしの怒鳴り声に怯えていた。
そんな子供を、母親が手を引いて背中を見せた。
わしに言い返す様子はないが、明らかに不満そうな顔を見せていた。
「行こ……あそこに、危ない人がいるから」
母親が、子供の手を引いて背中を向けた。
そのまま公園から、不満顔で出て行く。
わしは、腰に手を当てて逃げる親子を仁王立ちで見下ろす。
威圧感を放ち、公園のど真ん中に陣取った。
公園のど真ん中に立って、わしは周囲に睨みをきかす。
子供が遊んでいても、とても静かだ。それは異様な光景。
でも、この『箕面第四公園』では普通の違和感のある日常。
子供が大声を出すことで、わしは周囲に怒鳴り散らしていた。
そして、それを遠目で見た母親が逃げるように去って行く。
相手は、騒ぐ子供だけじゃない。
大人にも、わしは容赦が無い。
だがそれでも、わしはやめようとはしない。
「兄ちゃん、またやっているの?」
公園の奥から、一人の人間が姿を見せた。
年老いた老人で、白髪交じりの顔。
わしと同じしわまみれの顔だけど、どこか穏やかな老人だ。
灰色のスーツを着ていて、穏やかな老人がわしに声をかけてきた。
そこには、真っ黒で立派な車が横付けされていた。
「ああ、興六郎か」
それは、わしの弟の興六郎だ。
2年離れた弟は、わしを見るなり手を振っていた。
69歳の弟は、今も立派な社会人だ。
会社を立ち上げて、その会社の相談役として働いていた。
無職で年金生活になったわしとは全く違う、実に出来た弟。
親戚や他の兄弟も、わしの行為を見て遠ざかっていく中。
唯一の理解者として、弟の興六郎がわしに寄り添っていた。
「ほら、ご飯食べに行こう。もう、お昼だし」
近づく弟は、物腰柔らかくわしに近づいてきた。
「まだ、叫ぶかもしれない」
「でも、兄さん。流石に、少し休んだ方がいい。
兄さんが頑張るのは、分かるけど……ちょっと休憩もね」
「じゃが……」
「お昼のお店も、もう予約したよ。
前に行きたがっていた、割烹のお店」
「うー、興六郎め」
少し恨めしそうになりながらも、わしは弟に説得されていた。
そのまま、弟が乗ってきた黒い高級外車の方に近づいて乗り込む。
後ろからは、噂をする母親の悪意の声が小声で聞こえていた。
高級外車の後部座席に、わしと弟の興六郎が一緒だ。
わしは、それでも車内から公園を睨んでいた。
この車には、専属の運転手がいた。
相談役の弟には、いろんな付き添いの人間が周りにはいた。
「でも、食欲には叶わないんでしょ」
「お前は、ズルいぞ」
「まあまあ、あの場所は箕面らしからぬ凄い場所に立っているから。
兄さんの大好きな、鮎もあるし」
「ふん」不機嫌な顔で、公演を見ていた。
それと同時に、興六郎が前の運転手に声をかけた。
「じゃあ、出てくれ」
弟の興六郎が声をかけると、黒い外車が動き出した。
バックで動き出した車は、やや乱暴な運転。
「おい、なんだ。これは?」
運転手の様子が、なんだかおかしい。
運転手がハンドルを握っていないのに、車が勝手に動いていた。
「お前……誰だ?」
興六郎は、運転手にいた一人の人間をみて声をかけた。
そこにいたのは、黒いスーツにサングラスを着けた男性。
背の高い男は、ハンドルを持たずに大きなタブレットを持っていた。
「これより、システムを開始します」
抑揚のない声が、車内に聞こえた。
「おい、聞いているのか?」
興六郎が、驚いて叫ぶ。
だけどバックをした車は、公園を目の前に曲がりながら止まった。
公園には、鉄の柵が見えていた。
そのまま、車は真っ直ぐ走り出した。
「ぶつかるぞ!」
車はスピードを上げて、公園目がけて走り出した。
走った車が、公園に突進していくが……数秒後公園の中に消えていった。
「なんじゃ?急に眠気が」
「えと……その……おい」
わしと興六郎に突然襲いかかるのが、激しい睡魔。
そのまま、わしと隣にいた興六郎は倒れるようにその場に眠ってしまった。
だが、眠くなるわしはまだ気づかなかった。
周りの公園の色が、どんどん色がなくなっていることに。
その世界から、色が消えるころわしはそのまま眠っていた。




