002
(JURI’S EYES)
――2024年2月26日――
俺の仕事は、かなり激務だ。
特に、朝はかなり早いし忙しい。
五時起きの俺は、バスの運転席にいた。
大きなバスの運転席にいた俺は、眠気があった。
サラサラとした真ん中分けの茶髪の若い男。
真冬出会っても寒い、長袖の黒いバスのスーツに黒のズボン。
バスの中は、暖房がかかっていて暖かい。
運転しているバスは、スクールバスだ。
『箕面学院小学部』の送迎業務、それが今の俺の仕事だ。
箕面学院というのは、私立の小中一貫校。
そこまで行く専用の交通手段のバスで、生徒を送り届ける仕事。
スクールバスの運転は、残業があまり無くて休日出勤も基本的には無い。
大型二種免許を持った俺は、この仕事を選んでいた。
制服を着ていて、目が細い俺。
接客業にもかかわらず無精髭が生えていて、とても二十代には見えない老けた顔の男。
時刻は9;51、予定時刻から完全に遅れていた。
バスを運転しながら、俺は不機嫌だった。
30人ほど乗るバスの中は、とにかくやかましい。
乗っている乗客は小学生、騒がしい朝の送迎バスはいつもの風景。
間もなく、俺が運転するバスが小学校に届いた。
慣れた様子で、俺はバスを学校のロータリーに止めていた。
そのまま、乗車口のドアを開けた。
「はい、箕面学院、終点!」
俺はやる気の無い声で、アナウンスをしていた。
乗降口の重いレバーを動かして、バスの出口を開けていく。
アナウンスに合わせて乗っていた小学生達が、ぞろぞろと出てきた。
俺は不機嫌そうな顔で、運転手席の中で腕を組んで子供を見ていた。
俺は心の中で、こう思っていた。
(さっさと出ろよ、ガキども)と。
約1分後、子供たちが出ていくのを俺は見届けた。
(やっと終わったか)
既に学校では、授業も始まっていた。
教室からは、授業を受ける生徒の姿も見えた。
この便は、追加便だ。
雪による電車の遅延により、追加便のバスを俺は頼まれた。
最終便を終えた30分ほど前に頼まれて、俺は追加でバスを走らせていた。
急遽仕事が追加されていたことで、俺は不機嫌だった。
(くそ、全く無駄な仕事だ。いきなり遅刻を拾ってこいとか、急に連絡入れるなよ!)
仕事終わりでバスを戻して、車庫に戻して変える準備をしていた時に学校側から連絡を受けた。
増便を余儀なくされて、俺は残業を無理矢理させられた。
不機嫌な顔を見せつつも、それでも子供達がバスを出て行くのを見ていた。
「土室さん、ご苦労様です」
バスに、声をかけてきた人物がいた。
それは、俺よりも少し年上の男。
警備員の制服を着ていた、凜々しい男。
どこからどう見ても、学校の守衛に見えた中年の男。
「酒居さん。もう、流石に追加のルート回れとかいわないですよね?」
「言わない言わないよ。本当に、ご苦労様」
「俺、今日は朝だけなんで……午後は出ない予定ですから」
「ああ、分かっているよ。
午後便は、別の人に頼んだから。それにしても、他の送迎をするんだって?」
「欠員が出たんだよ。全く、最近の若い奴は。
しかも、明日も今日と同じ早朝三時半だから……眠くてしょうが無い」
仕事の業務時間は、既に5時間を超えていた。
いつもならば、この時間は既に仕事が終わっていた時間だ。
今頃は、家でゆっくり眠っている時間だろうか。
「何を言っているんですか?土室さんは、まだ二十代でしょ」
「ギリな」守衛の酒居と、窓から会話をした。
子供は全員降りたようで、俺は乗車口のドアを閉めた。
そのまま、俺がバスを動かそうとハンドルを握っていた。
「じゃあ、車庫に戻って俺は帰るから」
「ああ、また」
手を振って、守衛の酒居と別れた。
俺はバスを運転させて……小学校の駐車場に向かった。
学校の校舎から、少し離れた場所に職員用の駐車場が見えた。
駐車場の外れに、大きな車庫が見えた。
学校の敷地内にある、バス専用の車庫だ。
俺が運転しているこのバスは、学校で管理しているようだ。
流石は、お金が潤沢にある私立学校の設備だ。
俺は車庫の中に、バスを止めて……ブレーキをかけた。
シートベルトを外し……近くにあったバインダーに手を伸ばす。
バインダーには、チェックシートだ。
バスの車内点検表で俺は、適当にチェックを入れて立ち上がった。
キーレスエントリーの鍵を抜いて、制服の右ポケットに入れた。
(さて、帰ろう。家に帰って、寝たいし)
チェックを入れた俺は、立ち上がった。
立ち上がった瞬間、バスの後部座席から人の気配がした。
「誰だ?」
立ち上がって、後ろを振り返るとセーラー服の少女がいた。
長い藍色のカールがかかった髪の少女は、穏やかな顔を浮かべていた。
「あなたが、『土室 樹』なの?」
「誰だ?」
見覚えのないセーラー服少女に、警戒していた。
それでも一番奥の席から俺の方に歩いて……いや一瞬にして俺の目の前に近づいた。
まるでワープをしたかのように、少女が俺の目の前に来ていた。
そのたたずまいは不気味で、俺は警戒していた。
「お前、中学部の生徒か?」
だけど箕面学院中学部は、セーラー服の制服ではない。
彼女は、どこから来たのかもわからない。夢でも見ているのかと、不思議だった。
「土室 樹。あなたは、大人なの?」
「当たり前だ。
というか、何を言っているんだ?それより、ここを降りろ。ここは倉庫だし」
だけど、セーラー服の女がスマホを俺に向けると……俺は激しい睡魔に襲われた。
瞼が重い、急に強い眠気が襲ってきた。
(なんだこれ……)
突然、頭がぼーっとしてきた。
強い眠気が、一気に迫った。
そんな朦朧とする俺に、手を伸ばすセーラー服の少女。
「ねえ、脱出ゲームをしましょ。このバスを使った、脱出ゲームを」
俺の目の前にいる少女は、そのまま俺の持っていたバスの鍵を奪い取った。
「おい、脱出ゲーム……って?」
「ルールは簡単、あなたはこのバスを出ればいい。ただ、それだけよ」
「何を言って……」だけど、凄い眠気が襲ってきた。
「脱出ゲームだから、鍵は没収ね。
あなたの目が覚めたら、ゲーム開始ね」
俺は叫ぶこと無く、そのまま深い眠りに落ちていた。
バスの地面にうつ伏せになった俺は、そのまましばらく起きることは無かった。