019
ひまわり保育園には、2歳から6歳まで預かっていた。
あたしが受け持ったクラスは、3歳クラス。
『りんごくみ』と呼ばれた、このクラスの担任。
クラスと言っても6人の少数で、あたしと一緒に大黒が副担任として一緒に子供達の面倒を見ていた。
保育園の教室で、あたしは子供達と食事を食べていた。
食事といっても、仕事中だ。
自分の持ってきた弁当より、子供達の面倒を見ていた。
小さなテーブルを集めて、子供達が食べていた。
「ほら、こぼれちゃっている」
今日は、なぜか忙しい。
理由は、大黒がずっと目の前の教壇に座っていた。
子供の対応をしながら、あたしは他のテーブルをじっと見て他の子供にも目を配っていた。
保母は、気配りよりも体力勝負だとあたしは思う。
常に、周りに目を配って走り回るのだ。
子供の予測できない動きに、素早く反応しないといけない。
泣き言は決して言えないし、言っている暇も無い。
「あー、美和ちゃん。そこは、お弁当箱を持って」
園児に話しかけて、手取り足取り対応していた。
一通り、子供達が落ち着くとようやくあたしは教壇に戻ってきた。
教壇の前では、スマホを見て難しい顔を見せた大黒。
「ゆみせんせい、スマホですか」
「そうなのよね」
大黒に話しかけても、あたしは子供達から目を離さない。
「一応、仕事中ですから」
小声で、あたしは副担任の大黒に注意をした。
流石に大声で怒鳴るのは、子供達の目の前でやるわけにもいかない。
若い人は、本当に仕事とプライベートとの境目が無い。
食事だって、立派な勤務中だ。
「でも、先輩、聞いてくださいよ。
今日、あたしが卵焼きを作ったんですよ」
「で?」小声で言ってきた大黒に、呆れ顔のあたし。
「あたしの旦那、絶妙に上手く出来た卵焼きでしたけど、マヨネーズかけたんですよ。
一口も食べていないのに、酷くないですか?」
「そんで、喧嘩したの?」あたしの質問に、頷く大黒。
大黒は、あたしに同意を求めて欲しそうな視線で訴えてきた。
あたしは、ようやく自分の作ってきた弁当に箸を延ばす。
今日は、ハンバーグだ。的場さんが好きな食べ物を、作ってみた。
「先輩、ハンバーグですか?」
「欲しい?」
「いえ、ダイエット中なのでお肉は……」
「そう」ハンバーグを、口に運ぼうとすると一人の園児がじーっとこちらを見てきた。
あたしも、すぐさま視線を落として女の子に対応した。
「食べたいの?」
「うん」園児の女の子が、羨ましそうに見せていた。
女の子に、あたしは切り分けたハンバーグを与えた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」女の子は、深々と頭を下げていた。
大黒も、にこやかな顔で出迎えていた。
女の子が立ち去ると、大黒は再び眉をひそめた。
「ねえ、今日もお昼寝時間の時に、『儀式』やっていい?」
「ゆみせんせいは、ストレスがいまだに溜まっているの?」
「先輩だって、合コン失敗したときに『儀式』いつもやっていたじゃ無いですか?
男はクソだの、見る目が無いだの」
「あれは……そうだけど」
大黒の言葉に、あたしは目を逸らした。
それでも、あたしの視線には一番前の席にいる男の子が目に入った。
「それに、最近儀式もあまりしていないでしょ」
「確かに無いわね」
「でも、私たちの仕事は激務でしょ。
儀式でもしないと、心が壊れちゃうから」
「ストレスは、確かに感じるわよね。常に、気を張っていないといけないし。
仕方ないわね、いいわよ」
あたしは立ち上がって、一人の園児に近づいた。
それはご飯をこぼしている男の子が、見えたからだ。
「とりあえず、先輩。
ドアの前で見張りを、お願いしますよ」
「はいはい」あたしは、二つ返事で大黒に返事をしていた。
だけど、あたしが対応した男の子はあたしの顔を見上げていた。
その目には、どこか怯えたような雰囲気を残しながら。




