013
大人が子供になる。
それは、どう考えても信じることはできない。
あり得ないことが起こっていたので、妻が警戒するのも無理もない。
自宅、団地の自室にいた蘭はテレビ電話に対応していた。
俺の顔を見て、かなり困惑しているのは間違いない。
蘭はどんな気持ちで、俺を見ているのだろう。
それでも、俺は妻である蘭に頼るしか無かった。
寒さが、容赦なく運転手服にくるまれた俺の小さな体に堪えた。
「質問は全部で三問。最初の質問、いくから」
「よし」
「あなたと私が出会った場所は?」
「大阪高校サッカー部、部室だ」
大人から子供になった俺は、確かに記憶という知識あった。
蘭の質問に、反応よく答えていた。
蘭は、驚くほど早く返ってきた答えに画面越しから驚いていた。
でも、それは間違いではない。
食い気味に言ってきて、向こうが逆に驚いていた。
「せ、正解よ。じゃあ次の質問。
初めてのデートに行った場所、覚えている?」
「覚えているも何も、あんまり行っていないよな。
俺たち、自宅デートがほとんどだけど」
「外に行った場所を、教えて」
「高三の時は『アメリカ村』で……25ぐらいは『箕面第四公園』だっけ?
このあたりの、アレも含めるのか?」
「そうね、合格よ」
アメリカ村は、放課後に行ったよな。
でもあの後は、なぜかデートしなかった。
自宅で一緒にいることが、お互い居心地がよかった。
そんな中、付き合って7年ぐらいした25の時。
公園デートの2回目。
あのデートで、俺は蘭に告白した。
自宅デートばかりで、格好をつけて少しばかり遠くに出ようした。
朝からテーマパークに行く予定だったが、チケットが無くてとんぼ返り。
結局近くの公園で、俺は告白をした。
そのことを、やはり蘭はちゃんと覚えていたようだ。
「じゃあ、最後に三つ目の質問」
「何でも来い」
「あなたが、22歳の時に起こした問題は?」
「え?」俺はその質問を聞いて、驚きが隠せない。
「どうして、その質問を?」
「いいから答えて。
あなたが起こした、『ひまわり保育園』での事件のことよ。
本物の樹なら、わかるでしょ」
「うん、実は……」俺は正直に話した。
なぜ、蘭がその話を知っていたのか分からない。
そもそも、蘭にこの事件の話をしたこともない。
だけど俺は7年前の、園児マイクロバス置き去り事件について正直に話すことにした。
子供の声で聞く蘭は、目を瞑ってじっと聞いていた。
俺が、確認を怠ったこと。
保母も確認を、怠ったこと。
そして、俺が『ひまわり保育園』を解雇されたこと。
俺の身に起こった全てのことを、事細かく全て蘭に話した。
いつ以来だろうか、妻とこうやって面と向き合って話をしたのは。
話を聞いた蘭は、目を瞑って確認していた。
そして数秒間考えて、一つの結論を出した。
「分かった、樹。今からあなたを助けに行くから。
発信源から場所は分かったから、少し待っていて」
そのまま蘭は、出かける準備をしていた。
テレビ電話が切れて、再びバスは静かになった。
寒さが襲うバスの中、俺は妻である蘭の言葉を信じて待つしか無かった。




