011
バスの中にいた俺は、悶絶していた。
呼吸が苦しくて、頭がガンガンした。
子供の体で四つん這いになって、呼吸が乱れていた。
7年前の夏の日、俺は保育園児を置き去りにした。
その過去は、俺が思い出したくない忌々しい過去。
だけど、思い出してしまった。
こんな大事なことを、忘れてはいけないはずなのに。
目の前には、エウノミアという女が冷めた顔で俺を見ていた。
「そうだ、俺は園児を置き去りにした。
あのマイクロバスの中には、眠っていた子供が一人いた。
その子供に気づかずに、鍵をかけて離れてしまった。
その後、3時間後に連絡があった。
『一人の子供がいない、出発したはずなのに来ていない』と。
俺がバスの中を確認しなかったことで、夏の暑いバスの車内に3時間閉じ込められた園児。
その園児は脱水症状を起こし、病院にも運ばれた。
保育園側は、自体を重く見て俺を解雇した。
当時の俺は、不満も恨みもあった。
運転手でありながら、他の保母が確認を行なわなかったこと。
社員扱いで無い俺は、簡単にクビを切られたこと。
不満を持ったまま、それでも俺は忘れることで何とか自分の精神を守っていた。
「ねえ、どんな気持ち?」
再び問いただす、エウノミア。
「お前は、俺の過去をほじくって揺さぶるのか?」
子供である俺は、それでもエウノミアに睨んでいた。
だけど、目の前のエウノミアは冷めた顔を見せていた。
その顔が、余計に俺を苛立たせた。
(この女、俺を怒らせたいのか?なんだか嫌な奴だ)
俺は不服に思いながらも、頭の中は冷静だ。
子供の姿であっても、俺の頭脳は大人だ。
力も体力も無い中でも、頭は普通に動いていた。
経験も、知識も生かしながら大人として言葉も操れた。
だが、そんな二人の空気を切り裂く音楽流れた。
ブーブー、スマホが着信していた。バイブレーションで動くスマホ。
だけど、エウノミアが持っているスマホからでは無い。
俺が着ていた大人のバスの運転手服から、スマホが動いていた。
俺はすぐさま、運転手服から音の主であるスマホを取り出した。
スマホの画面を見て、それはメッセージだ。
小学校の連絡LONEメッセージを、黙って確認する俺。
見えたメッセージ内容を見て、俺は悪態をついた。
《午後便の湯浅さんが、急遽休むことになったので午後便もお願いします》
追加の仕事のメッセージを見て、俺は「こんなタイミングかよ」とぼやく。
スマホ画面から、顔を見上げたが……いるはずのエウノミアがいつの間にかいなくなっていた。
「あの女、どこ行った?」叫ぶ俺。
周囲を見回して、女を捜す。
「エウノミア!」再び叫ぶ俺。
だけどその声は、空しい。誰もいないバスの中に、響いていた。
そのまま、俺は小さな手でスマホを見て……あることを思い出していた。




