姫様、モンスターとエンカウント!
緊張の連続でかなり疲れていたようで、私はいつの間にか眠りに落ちてしまった。眠ってからは夢を見ていたのかすらも覚えていない。そしてそのまま私はベッドの上で翌朝を迎えた。
「ふあ…もう朝かぁ…って、あれ?なんで裸…?」
無意識のうちに私は服を脱いでいたようで、下着姿のまま布団に包まっていた。
急いで着替え終えると、リュックを背負って早々に部屋を引き払い、受付嬢に鍵を返却する。
「ありがとうございました。」
「よく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで…。ではこれで失礼します。」
「あっちょっとお待ちください。」
呼び止められ、思わずビクッと反応してしまう。何!?もしかしてもう面が割れた!?私手配されてるの!?
一瞬焦ったものの、冷静になればそんなことはなかった。
「ご宿泊の方には朝食のバイキングが無料でご利用いただけますが、どうですか?」
「むッ無料!?」
無料という言葉に思わず反応してしまう。そういえば、昨日は夕飯を食べずにそのまま眠ってしまったからすごい腹が減っている!
タダより安いものはない。腹が減ってはなんとやらだ。飯を済ませたらさっさと街を出て先を急ごう。
バイキングコーナーには肉やパンが並び、スープの入った寸胴も置かれている。早速私はパンとスープ、肉を貰い、近くのテーブルの前に腰掛けると、朝食を頂いた。
ではまずはスープから…。スープはコーンスープで、お城でも飲んだことはあるが味はあまり変わらない。普通に美味い。まぁ私がただ単に味音痴なだけなのかもしれないが…。お次はパンを頂こう。
パンは少し硬いが、スープに漬けて食えばどうにかなる。うん…まぁ安宿の飯だしな、不味くなければなんでもいい。
お次は肉。うん…これはまごう事なき肉!普通!うまい!普通!
一人、頭の中で感想を呟きつつ朝食を頂いていると、後ろの方からここのギルドの冒険者たちの会話が聞こえてきた。
「なぁ知ってるか?さっき聞いたんだけどよ、ユリア姫が何者かに攫われたらしいぜ?」
その言葉に私は思わす肉を喉に詰まらせてしまい、ゴホゴホと咳き込んでしまった。
「マジか?ユリア様って確かミネロス王国のラインハルト王子と結婚が決まってたんじゃなかったのか?」
「ああ、なんでも、ミネロスへ向かう途中で馬車が何者かに襲われたらしい。噂じゃ魔族に攫われたんじゃないかって。」
もう噂になってるの!?てか、私、魔族に誘拐されたってことになってるのか…。まぁあの状況で行方をくらましたら、そう考えるのが普通か。
「いつまでおじゃべりしてんだ、そろそろモンスター討伐に向かうぞ。」
「おっと、そうだった。」
「急がねぇと他の連中に先越される!」
話をしていたその冒険者たちは急いで出て行った。
噂になってるってことは、すでにこの街にも追手が来ているかもしれない…。さっさと飯を食ったら街を出よう。
私はパンと肉をスープで流し込むとそのままギルドを後にし、街の出口へと急いで向かった。
早朝のギネールの街は人はまばらであるが、そこそこ往来は激しいようだった。
「ゲッ!まずい!!」
街の出入り口までやってくると、その場の光景に私は思わす建物の影に身を潜め、様子を伺う。
なんとあろうことか、街の出入り口付近にはこの伯爵領を管轄する騎士団だろうか、甲冑姿の騎士が槍を持って立っている姿が目に入った。
昨日は居なかったのに、やはり私が居なくなったことが既に伝わってきているようだ…。
どうしよう…!!ヤバい!!このままだと見つかって連れ戻される!!
私は一気に血の気が引き、真っ青になってしまった。このままではまずいと思い、ひとまず私は広場へと引き返した。
「はぁ…」
噴水の淵に腰掛け、私は一人ため息をこぼす。
街の出入り口には検問、おまけにこの街は高い塀に覆われていて他に出口はないようだ。
「どうしたもんか…」
流石に無計画すぎたか…。
ここに座っていても仕方がない。私は立ち上がり、ひとまずギルドへと戻ることにした。
俯きながらギルドに戻ると、受付カウンターの前で一人の老人が何やら受付嬢と話し合ってる様子だった。
「参ったのぉ…今日中にあの荷物を隣村まで届けねばならんというのに!」
「そんなこと言われても困りますよ。ライルさん。今、殆どの冒険者さんたちはモンスター討伐で出払っていて一人もいないんですから。」
「何じゃと?何とかならんのかぁ〜!」
何やら困った様子だった。でも私には関係のないことだ。そう思って老人の後ろを通り過ぎようとしたその時、突然その老人が私のローブの袖を掴んてきた。
「ちょっとそこの旅のお方!」
「ゔぁッ?」
思わず変な声が出てしまった。
え?何?この爺さん?いきなりこわ…。
「ライルさん!何してるんですか!びっくりするでしょう!」
慌てて受付嬢の人が止めに入る。突然のことに困惑する私を他所に、老人は私に助けを求めるかように詰め寄った。
「荷物を!荷物を運ぶのを手伝ってはもらえませぬかッ?」
「え?」
「ちょっとライルさん!困りますよ!この人はギルドの人じゃないんですよ?」
「あのー、とりあえず離してもらえませんか?話なら伺いますから…。」
突然老人に服の袖を掴まれて何事かと思ったが、老人はとても切羽詰まった様子だった。
とりあえず話だけでも聞いてみよう。
「あのー、私に何のご用でしょうか…?」
「突然呼び止めて申し訳ない。ワシはこの街でパン屋をやっているライルという者なのだが、実はこれから隣村まで急いでパンを届けねばならんのだ。じゃがワシ一人では到底あの量のパンを運びきれんのだ!」
「なるほど…そのパンはどちらに?」
「あれじゃ。」
ライルさんが指さす方には、パンの入った木箱がたくさん積みこまれた一台の荷馬車が止められている。たしかにあの量をこの老人が一人で降ろすには大変そうだった。
「本来ならばうちの息子が手伝うところじゃが、生憎息子は腰を痛めてしまってな…。でも村の連中が待っとるんじゃ!!旅のお方よ!どうかこの老人を助けてはくださらぬか!もちろんタダでとは申しません!ちゃんとお礼もさせていただきますので!」
うーん、でも荷馬車なら後ろの荷台に隠れて検問をやり過ごせるかもしれない!ついでにお礼も貰えて一石二鳥か!
「わかりました、私も実はこれから隣村へ行くつもりでしたので、そこまでで宜しければお手伝いしましょう。」
「おぉ!!助かります!ありがとうございます!旅のお方!ところでまだお名前を伺っていませんでしたな…。」
「私はユッ…リリアといいます。」
あっぶねぇ…うっかり本名を言ってしまうところだった。
「リリア殿!感謝いたしますぞ!」
そんなこんなで、私はライルさんというパン屋を営む老人の助っ人をするハメになった。
しかし参ったな…いずれにしても荷馬車は検問を潜らないと街の外には出られない…。ひとまず私は荷馬車の荷台へと上がった。
「リリア殿、そんなところでよろしいのですか?」
「え、えぇ。積荷が落ちないように見張ってないといけませんから。」
私はそう言って誤魔化し、積荷の木箱の間に身を隠すように座り込む。
てか、これって完全に悪あがきじゃね?どっちみち積みじゃん。
バカか私は?いずれにしろ検問では荷台も調べるだろう!!あぁー…もうダメだぁ…。
しかし!こんなところで諦める私ではない!腹を括れ!!ユリア、いやリリア!!
私の心配を他所に、荷馬車は私を乗せて検問へと近づいていく。仕方ない。こうなれば奥の手だ。
馬車から逃走した後、盗賊の男から万が一の時にと渡されていたマジックアイテム…困った時の煙幕玉!
覚悟を決め、私は煙幕玉を手の中に忍ばせ、ローブのフードを深く被った。
緊張の中、馬車は検問へと近づいていく。馬車が検問の前で止まると、甲冑姿の一人の衛兵が馬車の方へと向かってくる。私の中に緊張が走る。
「ライルさん、配達ですか?」
その衛兵はライルさんとは顔見知りのようで、親しげに話しかけてきた。
「アルス殿、実は急いで隣村までパンを届けに行かねばならなくての。何かあったんか?」
「ええ。それが昨日、峠道近くでモンスターが出没したようで、それでか今朝からギルドの冒険者が総出で討伐に駆り出されていますよ。」
「なるほど、それで今朝からギルドはほとんど人が出払っとったというワケか。」
「そんなわけで、俺らは領主様の命でモンスターが街に入ってこないように見張っているんです。」
「そうじゃったか。」
どうやら私を追っているわけではなさそうでとりあえず一安心だな。
「それと昨日、街の路地裏で男が殺されたようで、その件もあって今朝は騎士団が見回りをしているんですよ。」
おっと、それはおそらく私が原因だろう。知らんぷり。
「そんなことがあったのか…怖い世の中になったのぉ。」
「ギネールは比較的安全な街ですが、最近は何かと物騒なことが起きてますから油断は禁物です。それに王都では騒ぎもあったみたいですし。」
「騒ぎ?」
「ええ、なんでもユリア姫がミネロスの王子の下へ嫁ぎに向かう途中に魔族に攫われたようで、かなり噂になってますよ。」
「なんと!姫様が?おいたわしや…。」
あなたのすぐ後ろに居ますけどね…。とても突っ込めないが。
それほど騒ぎになっているのか、いずれにしろ追手が来るのは時間の問題だな。
「ところでライルさん、今日は息子さんはいないのか?」
「あぁ、息子は腰を痛めてな。しばらくは休むそうじゃ。今日は代わりに旅のお嬢さんが手伝ってくれるから心配は無用じゃ。」
「そうなんですか、して、そのお嬢さんはどちらに?」
「後ろの荷台に乗っておる。」
やばッ!
緊張の瞬間。流石に、身を屈めて隠れているわけにもいかず、私はゆっくりと立ち上がる。
「ど、どうも…」
「旅のお方で、名前はリリア殿じゃ。リリア殿も村へ行く用事があるというので、息子の代わりに手伝ってくれることになったんじゃ。」
「そうでしたか、それは感心ですね。リリアさんでしたか、貴女は観光でこの街に?」
「え、えぇ…私はずっと旅をしていまして…村まで行ってから次の街へ向かおうと思いまして…。」
「なるほど、リリアさんは出身はどちらで?」
「えっと…出身はぁ…その…私、実は親が居なくて…その…自分がどこから来たのかわからないというか…なんというか…」
やばい、咄嗟のことに頭の中が真っ白!考えろ!考えろ私!
「どういうことですか…?」
衛兵の男は私に聞き返す。
心臓がバクバクと激しく鼓動し、顔面蒼白状態の私。すっかりしどろもどろな感じの私を見かねたのか、ライルさんが間に入る。
「まぁまぁアルス殿。それ以上は察してくれぬか?若い女子にはあまり人に言いたくない秘密もあろう。」
「おっと、そうでしたか。これは失礼致しました。」
「い、いえ…。」
「お急ぎでしたね、どうぞお気をつけて。」
馬車は検問を通過し、私はなんとか事なきを経た。
一気に緊張の糸がほぐれ、私は大きくため息をこぼして安堵する。ライルさんには感謝だな、これはお手伝いを頑張って恩を返そう。
「すまんでしたのぉ、リリア殿。女子の一人旅はいろいろワケもありましょう?アルス殿には悪気はないので許してやってください。」
「ええ、それはわかってますよ。いろいろ聞かれてちょっと驚きましたが…。」
「ところでリリア殿、村に寄られるとのことでしたが、何か用事があるのですか?」
「用事というか、私は隣国へ向かう途中でして…。」
「隣国というと…ミネロスですか?」
「いえ、帝国の方まで。」
「帝国…ってぇと、ヴァルナス帝国ですか?」
ヴァルナス帝国。それはエストリア王国と国境を接する古くから存在する国であり、古くは魔族が統治していたが、200年前の魔王軍とエストリア連合王国軍との戦いで主戦場にもなったと言われる。現在はエストリア、ミネロスと平和協定を結び、平和的な関係を築いている。しかし一部の魔族は人間や多種族に対し敵対しており、未だに問題は絶えない。
「ええ、そこで一仕事しようかと思いまして。」
「そうでしたか。しかしここからヴァルナスまではかなり遠いですぞ?」
「のんびり行きますよ、急ぐ旅でもないですから。いや…多少は急ぐか?」
追手が迫っているかもしれないし、あまり観光はできないか。
「ところでアルスさん、さっき衛兵さんが言ってましたけど、モンスターが出たとか何とかって…。」
「大丈夫ですよ、この馬車は峠道は通りませんから。この分でいけば昼過ぎには村に到着しますぞ。」
荷馬車に揺られ、私はのんびりとした気持ちになった…。久々だな、結婚から逃げ出して以降、ずっと緊張の連続だったが、ようやく落ち着ける。だがまだヴァルナスまで辿り着くまでは気は引けんな、でも、もうしばらくはのんびりしていたい。
私は積荷の小麦粉の入った麻袋にもたれ掛かりながら、空を見上げる。のんびりとした時間が流れ、私は雲を眺めていた。
「ナタリア…大丈夫かな…?」
思わずそんなことを呟く。あの後、ナタリアはどうなったのか少し気がかりだったが、今は確かめる術もない。きっと心配しているだろう。ナタリアは私の忠臣ともいえる存在だった。
悪いことしてしまったなぁとは思うが、きっと元気にはしているだろう。
(今はそんなことより自分の心配をした方がいいか。)
旅は始まったばかり、追手の脅威が拭えない以上、まだ油断はできない。
やがて私の乗った荷馬車は森に差し掛かり、そこでライルさんは馬車を止めた。
「リリア殿、そろそろお昼にしましょう。」
そういや、もうそんな時間か。朝からずっと馬車に揺られてて気が付かなかった。思えばすっかり腹も減っている。
私は馬車の荷台から降りて体を伸ばす。同じ姿勢だったから背中が変な感じだ。
「ここはどの辺りなんですか?」
「だいたい街と村との中間地点といったところかの。この辺りはモンスターは滅多に出ないですから、心配ありませんぞ。」
ライルさんはそう言うと、持参したカゴからバケットに肉を挟んだパンを取り出し、私にわけてくれた。
「さ、どうぞ。うちのパンで作った特製サンドですぞ!」
「あ、ありがとうございます!いただきます!」
その辺に倒れていた丸太の上に腰掛け、私は昼食にそのパンを頂く。うん、美味い。肉は魔獣の肉かな?燻製にしたものを挟んでいるようだな。私、燻製肉けっこう好きかも。
「お口に合いましたか?」
「はい、とても美味しいです。肉は燻製ですか?」
「ええ、私お手製の魔獣の燻製肉ですぞ。」
「バケットによく合いますね、美味しいです。」
「それはよかったですじゃ。お茶もありますが、どうですかの?」
「いただきます!」
食後にお茶をいただき、一息つく。
あ、そーいや、朝飯もパンと肉だったな…。夕飯は変わったものが食べたい。
そんなことを考えていた時だった。突然、森の奥の方からガサガサという草の揺れる音と共に、一斉に鳥が騒ぎ出した。
「!?」
「何じゃ?一体…?」
ライルさんも驚いた様子で空を見上げる。その直後、地響きと共に獣の咆哮のような鳴き声が響き渡り、突如その場に緊張が走る。
「グオオオオオオー!!!!!」
森の中から姿を現したのは、4〜5メートルぐらいの高さはあると思われる巨大なモンスターだった。その見た目は鳥のような頭に蝙蝠のような翼を生やし、四本の足に大きな体で、竜のような尻尾を生やしていた。
その場に現れるはずもないその存在に、ライルさんは驚いて腰を抜かし、手に持っていたお茶を溢してしまう。
「ひぇぇえ!!」
「モンスター!?こんな所に!!」
私はとっさに後ろに下がり、間合いを広げる。
まさかこんなところでモンスターとエンカウントすることになろうとは…おそらく峠道で出現したモンスターのうちの一匹がこの森に迷い込んできたようだな。
しかしこのままではライルさんが危ない、何とかしないと。
「ライルさん!隠れててください!」
「リリア殿!!危険ですぞ!!ここは逃げたほうが…!」
逃げる?冗談でしょう?こんな獲物を目の前にして逃げられるか?否!!元冒険者の血が騒ぐってもんよ…!!
そのモンスターは私の方を向き、鼻息を荒くしてすっかり興奮した様子だった。
私はローブのフードを取り、髪を下ろすと、腰の後ろに手を回してダガーナイフを二本抜き、両手に持ってそれを構える。
対人戦は経験済みだが、モンスターは初挑戦だな。実に面白い!!
「楽しませてもらうよ!!来いッ!!」