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この世に神がいようとも  作者: 群青のはる
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終幕 十五年後

「もう来んな、達の馬鹿!ばーか!」

 店主の罵声に追い立てられるようにして松江という看板を掲げた店から飛び出てきた男とぶつかりそうになり、(いわい)は慌てて妹の手を引いた。その小さな存在に気付いた男は、おっとごめんよ、と言いながら二人の子供の前に屈んだ。

「大丈夫か?怪我しなかった?」

 男はひとのよさそうな笑顔を向けたが、三十前後の年恰好の割に物腰が軽く、堅気の人間ではないことは明らかだった。祝は妹の青瓏(せいろう)を庇うように立ち、男に頷いた。男はおや、というような顔をするとまじまじと二人の顔を覗きこんだ。

「あれ、すげえ似てるな。」

「兄妹だから。」

 鈴の鳴るような声に、男は胸を掴まれたような表情を浮かべたが、いや、そうじゃなくて、と頭を振った。

「二人によく似てる人を知ってるんだけど、もう十五年会ってないから、懐かしくて。」

 男はそこで初めて二人の格好に気付いたように、旅の途中かい、と訊いた。頷いた祝に、男は目を丸くした。

「二人っきりで?親御さんは?」

「死んだの。」

 青瓏が答え、男はぎょっとしたように二人の顔を見比べた。みるみるうちに悲しそうに歪んでいく男の顔を見ながら、祝はこの男の善良さに苛立ちを感じる自分を悲しく思った。

「でも、大丈夫だから。」

 祝は努めて明るく答えた。

「ずっと面倒をみてくれているおじ様と旅に出たの。この世界を知るために。そうする義務が、僕と妹にはあるって、おじ様が言うから。」

「へえ、偉いな、すごいな。」

 男は目を見開き、無造作に二人の頭を撫でると、

「じゃあ次にまた会ったら、この世界のこと教えてくれよ。」

 と軽く笑い、行ってしまった。二人はぽかんとして雑踏に紛れていく男の背を振り返った。

 松江の二軒隣の旅籠から出てきた煌玄は、旅籠の前に祝と青瓏の姿がないことに胸を掻き毟られるような不安に襲われたが、少し離れたところでぽかんと口を開け雑踏を見つめる二人を見つけると胸を撫で下ろした。

「祝様!青瓏様!どうされました?」

 名を呼ばれた祝は煌玄に視線を戻した。十四の年に似合わず背が高い祝はその顔も灯己によく似ていた。

「ううん。大丈夫。」

 祝は青瓏の手を取り、歩き出した。煌玄は幼い青瓏を抱き上げると馬の鞍に乗せた。薄い頬の皮膚が陽に透け輝く青瓏を見つめ、幼いころの燈羨様そのものだ、と煌玄は目を細めた。煌玄は馬の綱を引き、もう片方の手を祝に差し出すと、祝はいつもそうしているようにその大きな手を握った。三人は連れ立ち、千城の雑踏の中へ消えていった。


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