3幕 三人の王 1
灯己と達は、紫宝宮の後方に広がる北の禁域の丘を登っていた。木々が生い茂り、獣道しかないその小高い山道を、二人は草枝をかき分け登っていく。
「じじいが?」
訊き返した灯己に、達は、うん、と頷いた。
「そう、雨寂さんがね、義葦さんなら治せるって連れてきてくれたんだ。」
「義葦さんなんて呼ぶな。じじいでいいんだあんなやつ。」
悪態を吐く灯己に、達は口を尖らせた。
「治してくれた人のことじじいなんて呼べないよ。もうちゃんと思うように動くんだよ、ほら。すごいよあの人。」
達は右手を動かして見せた。義手か、と灯己は思った。確かによくできている。
「灯己の左目も入れ替えてくれたんだよ、義葦さんが。今日も経過見に来るって言ってたし、いい人だよ。」
「いい人ではない。」
俄かに視界が開け、灯己は眩しさに目を細めた。丘の頂上に立った二人は、眼下に広がる千城宮とその奥に続く千城市街を見渡した。風が灯己の外套を翻し過ぎて行く。灯己は丘を進み、膝を折った。
「叔父上、愚かな私をお許しください。母上、どうか。」
祈るように頭を垂れ、蹲る灯己の呟きは達には聞こえなかったが、思いつめたような灯己の姿に、達は戸惑った。十日間眠っていた灯己は目覚めると歩けないほどに体力を消耗しており、二日ほど達が屋敷で世話を焼いていた。今朝は随分と体調がよかったが、北の丘に行きたいと言い出した灯己を心配し、達はついて来たのだった。
祈りを捧げるように灯己はじっと動かず、手持無沙汰に千城を眺めていた達は、丘を登って来る人影にはっとした。遠目でも高位だと分かる身なりに、達は慌てて灯己の従者を装い、顔を伏せ跪いた。そのひとは達には目もくれず、灯己の背後に立った。
「灯己。」
名を呼ばれ、灯己は膝をついたまま目を開けた。
「心配した。十日も眠っていたんだ。灯己。」
ああ、と灯己は返事をした。そのひとの手が灯己の肩に伸びた。
「触れるな。」
強い語気に、達はどきりとし顔を上げた。灯己は立ち上がり、そのひとを振り向いた。
「奇鬼の体は、覚醒した炎鷲に触れられない。触れればその身を焼いてしまう。」
ああ、と達は目の前のそのひとを見上げ、心の中で感嘆の息を吐いた。これがこの国の王、燈羨。なんと美しいのだろう。今まで出会った誰とも違う、ただそこにいるだけで、このひとが王なのだとわかる佇まいに、達は静かに感動した。
燈羨は灯己の赤い両目を見つめた。灯己は、ゆっくりと目を伏せた。
「燈羨、おれはこの国を去る。おれの存在は許されない。お前にとっておれの存在は、」
「許さないよ。」
言葉を遮られ、灯己は瞼を上げた。灯己を見つめ返す燈羨の強い眼差しに、灯己は胸を掴まれた。
「この国は僕の国だ。何を許し何を許さないか決めるのは僕だ。灯己が僕の傍を離れるなんて許さない。」
灯己は首を振った。燈羨の横を抜け、去ろうとした灯己の手首を、燈羨が掴んだ。じゅっと小さな音と共に、肌の焦げる臭いが鼻をついた。灯己は驚きに振り向き、手を振り払おうと身を捩ったが、燈羨は手を離さなかった。
「放せ、燈羨!」
「放さないよ、この身が焼かれようと、構わない、灯己、僕の傍にいて。」
「燈羨!!」
触れる燈羨の肌が爛れていく感触に、灯己はぞっとし、力いっぱい燈羨の手を振り払った。勢い、燈羨は草の上に膝をつき、倒れ込んだ。
「馬鹿なことを!」
灯己は達を振り向き、義葦を呼んで来いと叫んだ。達は急いで立ち上がり、丘を降りた。
燈羨は膝をついたままじっと爛れた掌を見ていた。
「触れられないことが何だっていうの?知っていた。僕は知っていたよ、君が妖魔の王だってこと、君の魔物が目覚める前からずっと。だから僕は君をこの城に呼び戻したんじゃないか。紫玉楴。」
驚きに見開かれた灯己の目を、燈羨は見上げた。
「僕はね、時々真実を見てしまう。奇鬼の能力でね、見えるんだ、真実やほんの少し先の見たくないものも。」
血管の透ける燈羨の青白い頬に触れそうになる指を、灯己はぐっと抑え、拳を握った。
「燈羨、おれの存在はおまえを追い詰めるだけだ。」
「知っていたよ。君が戻ったら、滅びるのは僕だ。知っていて、君を呼び戻した。滅びるとわかっていても、君との再会を願い続けた。灯己。ねえ、だけど灯己、いかないで。僕は、灯己が居なくては生きていけない。」
「燈羨。しっかりしろ。」
「比喩じゃないよ、君が居なくては、僕は生きていけないんだよ、灯己。」
涙で真っ赤に染まる瞳で、燈羨は灯己を見つめた。
「僕には弟がいる。焔鷙を宿してる弟が。」
灯己はぎょっとし眉を顰めた。
「帝王に子は一人だと。」
「表向きはそう、そうせざるを得ない。父は、僕を後継ぎにするためにあれの力を封印し、僕の中に焔鷙がいると家臣も国民も騙してきた。だけど父が死んで、弟は体に焔鷙を封印したまま行方をくらました。灯己、僕には、はっきりとわかる。あの力が目覚めたって。焔鷙が覚醒したこと。あれは必ず、この帝国を奪いに来る。それなのに、灯己はこの国を捨てるというの?僕を、見殺しにするの?何もかも、君のせいだというのに、紫玉楴。」
燈羨は、くふふ、と歪な笑い声を漏らし、灯己の軍服を握りしめた。
「真の帝王となるべき者は、紫玉楴だったのに。」
ほの暗い燈羨の声に、灯己の肌がぞくりと震えた。
「君が逃げさえしなければ。」
灯己は息を飲んだ。箍が外れたように燈羨がまくし立てた。
「君が逃げさえしなければ!僕は、僕は、僕は、帝王になどならずに済んだ!珠峨が呪い憑きに食われることもなく、羅梓依を死んだ人形にすることもなく、蘭莉と麗威を牢に入れることにもならなかった!君がいてくれさえすれば、僕は弟を恨まずに済んだのに!」
思わず後退りした灯己の服の裾を燈羨が握りしめ、阻んだ。ゆらりと燈羨が顔を上げた。
「それなのに、君はまだ逃げると言うの?」
燈羨の深い闇を垂らしたような真っ黒い瞳に映る、怯えた己の姿を、灯己は瞬きできずに見つめた。
「灯己にはわからない、はじめから帝王の器である灯己には。持たざる者である僕が帝王であり続けることの恐ろしさが。」
灯己は小さく首を横に振った。燈羨の瞳から目を逸らすことができない。息苦しい。
「灯己は、僕が死んでもいいんだね?僕は、民衆を騙してきた。それが暴かれたとき、生きていることを、許されるはずがない。」
灯己は何度も大きく呼吸を繰り返した。荒い息の中で、ならば、と灯己は言葉を継いだ。
「騙し続ければいい、騙し続けろ。おまえにはその責任がある。」
「僕の責任だって?」
灯己は目を瞑った。燈羨の望む言葉を言わなければならないのだと、わかっていた。
「おれだ。おまえが民を騙さなければならなかったのは、おれのせいだ。」
灯己は目を開けた。
「おれが、おまえを帝王にした。燈羨。」
「そうだよ、灯己のせいだ。僕が、帝王として生きなければならないのは灯己のせいだ。灯己、君の存在を、僕が許す。だから、僕が生きることを許してよ、灯己。」
ああ、と灯己は息を吐いた。この哀れな王を抱きしめたくてたまらなかった。息がかかる程の距離で、二人は見つめ合った。だが、決して触れることはできない。
「燈羨。おれはおまえの意志という鎖につながれた犬だ。おまえのいない世界におれは存在しない。おれが、おまえを、死なせやしない。そうだろう?おれが生きているのはそのためだろう?」
灯己は笑った。同情でも憐憫でもないのだ。ただ、燈羨を愛しいと思った。
「妖魔の王を従える奇鬼の王なんて後にも先にもおまえだけだぜ、燈羨。」
灯己の館へ辿り着いた達は、玄関前の階段にペルが座っているのを見つけ、駆け寄った。ペルは軽く手を上げた。
「ペル、どうしたの?」
「灯己の様子を見に。」
「灯己なら今日はだいぶいいよ、今北の丘に燈羨と一緒にいる。それよりおれさ、義葦さんを灯己のとこに連れてかなきゃなんだけど、まだ来てない?」
「義葦って鳥市の?」
「そう、この手も直してくれたんだ。今日メンテナンスに来るはずなんだけど。」
「いや、見てないけど。連れてってどうするの?誰か怪我?」
「燈羨がね。」
「燈羨の怪我なんて見ないだろ。」
「え?なんで?」
首を傾げた達に、ペルはさも当然というように答えた。
「なんでって、義葦って初代御治療長だった義梁丈だろ。燈王と喧嘩別れして千城を去って、それから燈一族の治療はずっと拒否し続けて来たって有名じゃないか。まあ、それだってもうずっと昔の話で、姿をくらましてからしばらく経つし、もう死んだって思われてたけどね。まさか刺客一座鳥市の頭になってたなんて思いもしなかったよ。」
達は目を丸くした。
「そうなの?初代って、燈王の時代っていつよ?あのひと何歳なの。」
ペルは肩を竦めた。
「さあ、いくらでも生きられるでしょ、あの治癒の妖術があれば。燈王薙寿が飛都を統治できたのだって、義梁丈がついていたからだ。どれだけ瀕死の傷を負ったって義梁丈がいれば元通りにすることが出来たんだから。燈王が最強であるはずだよ。」
「そうなんだ。じゃあ、燈羨の火傷見てくれないのか。」
達は肩を落としたが、思い直し、顔を上げた。
「でも、灯己は燈一族だろ?義葦さんがそれ知らなかったとしても、子供の頃からずっと灯己の怪我治してきたんだからもう関係なくない?見てくれるでしょ、ね!」
力強く同意を求められたペルは、ぽかんとして達を見つめ返した。
「灯己が燈一族って何?どういうこと?」
「あれ、ペルにはまだ言ってなかったっけ、灯己の子供の頃の記憶が戻ったの。」
「ねえ、まさかだけど、灯己が紫々だなんて言わないよね?」
「シシ?ああ、」
「阿陀良の娘。」
二人の声が重なった。
「嘘でしょ?」
そう言いながら、ペルは、それが嘘ではないのだと、その時にはもう理解していた。初めて灯己と出会ったあの夜、炎の中にいた灯己を思い出せばそれだけで説明がついたのだ。妖魔の王の炎は主を燃やしはしない。服も髪も燃えなくて当然だった。なぜ、たったそれだけのことに気付きもしなかったのか、ペルは己の間抜けさに呆然とした。
「灯己、記憶が戻ったからにはこの国を離れるって言ってた。でも、おれ、思うけど、灯己は燈羨の傍にいるんじゃないかな。」
ペルの顔がすうっと青褪めていくことに、達は気付かずに続けた。
「灯己がさ、前に、自分には呪いがかかってるって言ったんだ。燈羨の呪いが。その呪いって何だと思う?信じてるんだって。燈羨に信じられてること、呪いなんて言ってさ、灯己も素直じゃないよ。」
達は言葉を切り、感慨に耽るように木々の枝枝から射す木漏れ日を眺めた。
「何を思ってるのかって、本当のことはひとにはわからないよね。グレイスだってさ、」
達の口から出た名に、ペルは顔を上げた。
「グレイスだってさ、本当に灯己のこと憎んでんのかな?」
ペルは眉を顰め、は?と素っ頓狂な声を上げた。
「だって、不幸な目に合わせたいのなら、もっと他にも選択肢あったんじゃないか。そりゃ義葦さんのところへ預ければ、否応なしに犯罪者になるし、絶対過酷な目に合うけど、義葦さんのところにいれば、治癒の妖力で絶対に死なない、それに、千城へ来る可能性だって高い。グレイスは再び灯己に会うことを選んだ、そうなるシナリオを。本当に憎んで嫌っている相手だったら、再会を望まないんじゃないの。」
「それは、もう一度紫玉楴を不幸に突き落とすため。」
「だけどさ、ひとの不幸を望むやつのほうがよっぽど不幸だよね。」
「グレイスが不幸だって?」
震えるペルの声に、達は怪訝な視線を向けた。
「グレイスが不幸に見えるなら、それは紫玉楴の、いや、灯己のせいだ。灯己があの方を不幸にしたんだ、約束したんだから、灯己が不幸になるのは当然だよ。」
ペルははっとし口を噤んだが、遅かった。妖魔の魂が宿る森の木々がざわざわと騒ぎはじめ、ペルへの反感を強めていく。達はその不穏な気配に、肌がぞわぞわと粟立つのを感じた。
「ペル、何言ってるの?」
ペルは手を振りあげ、達の額に文様を描こうとした。しかし、その手は後ろから捩じり上げられ、ペルは痛みに悲鳴を上げた。
「やめておけ。」
ペルの手を掴んだのは義葦だった。
「こいつの記憶消してもおめえの心はその感情を消せやしねえ。」
「義葦さん!」
ペルは義葦の手を振り払い、跳び下がった。
「くそ犯罪者が偉そうに!裏切り者にはわかんねえよな、裏切られた気持ちはよお!」
「裏切り?」
「飛都最初の裏切り者、義梁丈御治療長。あんたが燈王を見捨て燈王は死んだ。」
「何も知らねえくせにぺらぺらとよく喋る。」
森の騒めきが大きくなっていく。出ていけ、出ていけ、というこだまが幾重にも鼓膜を震わせ、達は眩暈を覚えた。
ペルは一瞬反撃を試みるように構えたが、さっと背を向けると一目散に走り去った。
「え、ペル!?ペルー!!」
達は呼び続けたが、ペルは一度も振り向かなかった。
「おめえらのおひとよしにはほとほと呆れるな。あんなやつを簡単に信じて侵入を許すなんざ。おめえらも甘くなったもんだ。」
義葦の言葉に燈火の森の木々が不満げに騒めいた。
「灯己にも言っておけ、気狂いの神のお気に入りなんかとつるんでるとろくな事ねえぞ。」
「気狂いの神?死神じゃなくて?」
達は義葦を振り返った。
「ああ、ふざけてそう名乗ってたこともあったな。今はもっとふざけた名を名乗ってやがるだろ、優雅な讃美歌だとか。」
達は驚きに目を見開いた。
「グレイシー・ディティ?」
「ああ、そうとも言ったな。」
達は言葉を継げずに、ぽかんと口をあけていた。驚いている達を見、義葦は眉間に皺を寄せた。
「まさかおめえ、あれがなんだか知らねえでつるんでたのか?ありゃあ讃美歌が一番可愛がってた手下だよ。あれが死神とか名乗る前からの。」
思いもよらないことだった。達は口を開けたまま義葦の話を聞いた。
「だけどかわいそうにな、賛美歌は神苑を捨ててあの小鬼も捨てた。恨みつらみは相当なもんだろうがな、あの口ぶり、ありゃあ今でもかつての主に心酔してる。植えつけられた主への忠誠心ってのはなかなか消えねえな。」
意味がわからない、と達は思った。ペルとは、いったい何なのか。
「でも、おれにはずっと親切だった。」
それだけは真実だ、と達は口元を結んだ。義葦が呆れたようにしげしげと達を見つめた。
「おめえ、今あれに何されそうになったかわからねえのか?記憶消されるところだったんだぞ。ひとの記憶消すなんざ、おれやあいつみてえなひとの生死に関わる能力持ってる輩が一番やっちゃならねえことよ。それをやっちまったらなんでもありだ。記憶ってのはひとの尊厳だよ。」
「でもペルは、グレイスに誘拐されたおれの幼馴染を助けようとしてくれた。ペルがいなかったらおれ、薫を助けられなかった。」
義葦は懐から煙草を出し、火を点けた。深呼吸するように長々と吸い、鼻の穴から勢いよく煙を吐いた。
「なんとでも、好きにすればいいさ。あれもおめえも、この国の者じぇねえ、この世界の秩序にゃあ関係のねえ生き物だ、何をしたってどうとでもならあ。あれを信じたいなら信じればいい。」
ほら見せてみな、と義葦は達の義手を顎で示しながら屋敷前の階段に腰をかけた。達が義葦の隣に座り、義手の付く腕を差し出すと、義葦はその手を入念に確かめていく。義葦は黙々と義手の様子を調べ、達も黙ってその様子を見ていた。煙草の先が時々赤く燃え、灰が足元に落ちた。達は燃える煙草の葉を見ながら、義葦さんは、と口を開いた。
「義葦さんは、灯己が阿陀良の娘だって知ってたの?」
「知りゃあしねえさ。」
「知ってたら、灯己を引き取らなかった?」
義葦は短くなった煙草を抓み、口から外すと足元に捨てた。
「いや。こう、なるしかなかったのかもしれねえ。あいつがおれんとこに連れてこられたときのことをよく覚えてるが、あいつを連れてきたやつのことは靄がかかったように思い出せねえ。今思えば気狂いの神だったと容易にわかることだが、あんときからおれたちは手の内で転がされていたのさ。」
達は義葦の捨てた吸殻を足で踏み、火を消してから、義葦に向き直った。
「ペルから、義葦さんはもう燈一族の治療をしないって聞いたけど、助けてほしいひとがいます。燈羨帝王の手当てをしてあげて下さい。」
義葦はしわくちゃの皮膚の中に埋まる目玉を見開いた。
「なんでおめえがそれをおれに頼む?」
「灯己と帝王はこの世界に抗ってる。」
義葦が片眉を上げた。
「おれ、奇鬼の王が存在することは、この世界にとって革新だと思うんです。この飛都の秩序、力関係を、燈羨が変えていくんじゃないかって、思うんですよ。」
義葦は次の煙草を取り出し、火を付けた。
「いかにもアル人らしい意見だ。だが、秩序を乱すことが正しいとは言い難い。」
「確かに、この世界の秩序が間違っているわけじゃない。革新することが正しいわけでもない。だけど、今まで妖魔の王の力っていう恐怖でのみ統治されてきたこの世界が、奇鬼の王によって恐怖から放たれて、それでなお治めることができればそれは本当の王なんじゃないですか。」
本当の王、と義葦は呟いた。
「そんで、それができるのは燈羨だけなんです。よそ者のおれがおれの信じるところに従って、この国のためにできることがあるとすれば、今義葦さんを燈羨のところへ連れていくことなんじゃないかと。」
「奇鬼の王か。」
義葦は煙草を吸うのも忘れ、じっと考えた。達は辛抱強く待った。義葦の指の間に挟んだ煙草の火が指に触れ、義葦は舌打ちをして短くなった煙草を捨てた。草叢に転がった吸殻を追いかけ踏みつける達の背を見ていた義葦の口元に笑みが広がった。背後に笑い声を聞き、達が振り返ると、義葦が笑っていた。
「渡れるだけの危ねえ橋はもうみんな渡っちまったと思ってきたが、なるほどなるほど、奇鬼の王か。」
義葦が立ち上がり、やれやれと言うように指の骨を鳴らした。
「おれのからだも不死身ってわけじゃねえんだ。くたばる前に連れていきな。」




