1幕 フクロウ 2
帝王燈一族とその家臣が住まう千城宮は、身分や官職に従い居住区がこと細かく分けられる。帝王夫妻が暮らす緋天殿に出入りできるのは官位が三位以上の最も近しい重臣に限られ、家族でも足を踏み入れることは許されず、帝王の兄弟姉妹、またはその子らは、黄雲殿と呼ばれる離れに暮らしている。この御代、黄雲殿に暮らすのは第七代帝王燈峻の子である燈羨と、燈羨の幼い頃からの世話係である躾役の煌玄二人きりであった。
煌玄の鋭い目が、じっと的を狙う。弓を引く、隆々とした筋肉を汗が伝う。矢は、的の中央を射た。拍手が聞こえ振り向くと、弓場の休憩所の縁側に、帝王付き女官長一位舞霧とその双子の姉で同じく帝王付き女官長一位の夕凪が腰掛け、にこにこと手を叩いている。
「お見事ですわ、煌玄様。さすが最年少二十七歳で帝軍第一部隊第三位に昇られたお方ですわ。」
「惚れ惚れ致しますわねえ。」
煌玄は弓を肩に背負い二人に向き直ると、片膝を折り、帝軍式の敬礼をした。
「女官長一位殿方のそのようなお言葉、勿体のうございます。第一部隊三位と申しましても、燈羨様の十六の祝いに合わせ、形式的に頂いた官位ですから、武術の腕、まだまだ官位に見合うには及びません。」
「またそのようなご謙遜を。誇示なさらないところがさらに素敵ですわ。」
「ですが、正式に燈羨様付き三位となられたからには、正式に、なんでも燈羨様の言うことを聞かなければならなくなったと言うわけですわね。」
双子は肩をすくめ、くすりと憐憫の微笑みを浮かべた。その笑みは自嘲でもあった。公には帝王付きと肩書きされるが、この双子の実質的職務は春宮燈羨の世話係なのである。煌玄はゆったりと微笑みを返し、話題を変えた。
「ところで、いかがなさいました?このように訪いもなしに霧のようにいらっしゃいましたのは、燈羨様に何か?」
双子が女官の最高位であり、またどこへも自由に出入りできる妖魔であるとはいえ、軍部の敷地内へ勝手に入って良いわけではない。そもそも、妖力を持つ者は、帝の許しを得なければ、千城宮内で妖力を使うことは禁じられている。
「まあ、煌玄様の弓捌きに見とれてすっかり忘れていましたわ。」
うふふと笑い、双子は煌玄の遠回しな嫌みを煙に巻いた。
「実はお姿が見えませんの。」
躾役とはいえ、煌玄は帝軍の軍士である。自らの鍛錬や軍の任務に就く際は、双子に|燈羨を任せることになるのだが、この双子に燈羨のお目付けを任せるといつもこうなる。煌玄は柔らかく微笑み、頷いた。
「そろそろ武術の稽古の時間ですね。」
「お心当たりありませんこと?まさか千城の外にはお出にならないと思いますものの。」
双子が目くばせし声を落とした。
「聞きまして?雨暖州の蕨氏と、雨涼州の露氏の。」
「ええ。第三部隊が昨日調査に行きましたので。」
「一夜にして有力な豪族が二つも全滅するなんて、前代未聞のこと。」
「雨区はこの千城から目と鼻の先でございますから心配ですわ。」
煌玄は微笑んだまま頭を振った。
「燈羨様が千城からお出になることはありませんよ。私が探しましょう。」
「恩に着ますわ。」
霧が晴れるように双子の姿がすうっと消えた。煌玄は息を吐き、訓練場の裏手にある森へ足を踏み入れた。燈羨の隠れる場所であれば、だいたいの検討はついている。
木々が生い茂る森の中に木漏れ陽が散り、煌玄の軍服を光の斑にする。しばらく歩き、ある一つの茂みに目を留めると、煌玄は左の膝を土につけた。右膝を立て、左の拳を膝の前の地につけ、右の掌を右の膝に乗せる、帝軍式の最敬礼を形づくる。
「燈羨様。」
鳥の鳴き声と微かに聞こえる小川の流れる音。煌玄は頭を垂れたままじっと待った。
「遅いよ。」
良いお声だ、と煌玄はいつも思う。濁りなく澄み、心地よく響く、人の上に立つ者に相応しい声だと。煌玄は頭を垂れたまま、右手を差し伸べた。その手に、柔らかく温かい指先が触れ、茂みから燈羨が姿を現した。
「鬼が探してくれなきゃかくれんぼにならないだろう。待ちくたびれてへとへとだよ。もう疲れたから今日の武術の稽古はなしだよ。煌玄が悪いのだから。」
十六にもなって、と双子であれば呆れて溜息を吐くだろう。
燈羨は背を向けて歩いていく。煌玄は立ち上がり、その背に声を掛けた。
「燈羨様、戦ではどんなに疲れていらっしゃろうとも敵は襲ってくるのですよ。」
細やかな刺繍が施された上等な外套がばさりと翻り、燈羨が振り向いた。大きな黒い瞳にかっと怒りが灯るのが見てわかった。
「戦だと?それはこの飛都帝国が戦場になると言いたいのか?」
見事な細工で飾られた靴が乱暴に湿った土を蹴り、つかつかと煌玄の元へ戻ってくる。燈羨の白く薄い肌が上気し、紅色に染まるのを、煌玄は美しいと思った。
「跪いて僕に謝れ。額を土にこすりつけろ。」
煌玄は命じられた儘にする。
「この国が戦場になるなどあり得ない。僕の治める飛都は永遠に安泰だ、そうなるに決まっている。僕の治める飛都は永遠に安泰だ、そうだろう?煌玄、繰り返し唱えてご覧、鸚鵡みたいに。」
「帝王燈羨様の治める飛都は永遠に安泰でございます。」
「そうだよ。そんなわかりきったこと言うまでもないよ。顔を上げて。いつまでそんな惨めな姿を僕に見せている気?大男が縮こまってみっともない。」
煌玄が顔を上げると、燈羨は両目に涙をいっぱいに溜め、煌玄を見つめていた。
「ねえ、煌玄、僕はおまえが嫌いでこんな仕打ちをしているわけじゃないんだよ?僕は煌玄が大好きなんだ。わかっているよね?」
煌玄が頷くのを待たずに燈羨は言葉を継いだ。
「いいや、おまえは少しもわかっていない、僕がどれだけおまえのことを。」
「いいえ、燈羨様、そのようなことは。」
こうなってしまったら、どれだけ、何を言っても無駄であることを、煌玄はわかっていたが、何も言わずには済まないこともわかっていた。
「いいや、わかっていないよ。だっておまえの僕を見る目はいつだって不安そうじゃないか。僕を信じていないの?僕がどれだけおまえを大切にしているか、おまえはわかってない。」
「燈羨様。」
燈羨の白い頬に伝う涙を、煌玄は指で掬った。柔らかく、熱い頬を流れる温かい涙。指先に触れるこの涙を、口に含みたいと煌玄は思う。黒々と麗しい瞳から零れ落ちる涙に唇を寄せ、すべて飲み干してしまいたいと。
しばらく泣き続けた燈羨が、おもむろに顔を上げた。
「煌玄、ずっと秘密にしていたおもちゃがあるんだ。それを見せてあげるよ。誰も知らないおもちゃだ。」
涙を拭っていた煌玄の手を握ると、燈羨は歩き出した。
「なぜ僕が、こんなにもおまえにつらく当たるのか、それを見たらおまえもきっとわかる。僕の不安の正体を。それを見て、おまえは今までの通り僕に仕えていられるのかな。」
森の奥へ燈羨に手を引かれながら、煌玄は自分の居場所を見失わないよう、頭の中にある千城宮の地図と照らし合わせ進んだ。
「燈羨様、このあたりは北の禁域では?」
「そうだよ。ここはかつて我が伯母、阿陀良帝の聖域だった、かの女帝がわずかな側近だけに入ることを許した場所だ。」
「いけません。ここに入ることは燈峻帝がお許しになりません。」
「いいんだよ。」
燈羨は振り向きにこりと笑った。
「僕はここに入ることを許されているんだ。」
煌玄の胸の中をざらりと撫ぜるものがあった。煌玄ははっとしてその正体を掴もうとするが、それは通り過ぎてしまう。
「煌玄、なぜ、阿陀良帝がいなくなった今もここに入ることが禁じられていると思う?」
不快、不安、恐れ、胸に去来した感情に名を宛がってみるが、どれもぴたりと当て嵌まらない。
「阿陀良帝の悪政を象徴する忌むべき場所、だからでしょうか。」
燈羨が首を振る。
「ここは帝王の秘密の隠し場所なんだ、いつの時代もね。」
奥へ進むと、木々の隙間から蔦の絡まる高い壁が見えた。燈羨が走り寄り、壁に絡まる蔦を掻き分けると、城壁の一部が崩れている。小柄な大人ひとりがやっと入れるほどの隙間があった。
「おいで。僕は煌玄が好きだから、特別に見せてあげるよ、おまえが敬愛する我が父、燈峻帝の秘密を。」
燈羨はするりと壁を潜ってしまう。煌玄はしばらく躊躇ったが、あとに続いた。壁を潜り、顔を上げた煌玄は息を飲んだ。何年も使われず閑散としているが、元は豪華絢爛の姿を誇っていたと思わせる豪奢な邸宅がそこにあった。趣向を凝らした造りの庭園には干からびた蔦が纏わりつき、様々な種類のガラスを填め込んだ窓は灰を被ったように色を無くしている。
大柄の煌玄がどうにか体をひねりながら穴から這い出るのを見届けると、燈羨は慣れた足取りで邸宅へ歩みを進めた。
「早く来い。」
煌玄が追いつくのを待ち、燈羨が大きく重い扉を押した。玄関広間には厚く埃が積もり、廃屋そのものである。廊下を進んで行く燈羨の後を、煌玄は装飾の施された柱を茫然と見渡しながらついて行った。回廊に出ると、ぎし、ぎし、と何かの軋む音が聞こえた。はっと中庭を見ると、揺り椅子を揺らす白髪の女の後ろ姿があった。驚き思わず声を上げそうになる煌玄を、燈羨が制した。燈羨は咳払いをすると大きく口を開いた。
「刹季!」
女がどきりとしたように、椅子を揺らすのを止め起きあがった。燈羨は回廊から庭へ降り、刹季と呼んだ女へ歩み寄った。燈羨が傍へ寄るのを待ち構え、女が口を開いた。
「旦那様。いらっしゃいませ。ご機嫌麗しく、何より。」
どれだけ長い間ひとと話していなかったのだろうと思うようなしわがれた声だった。女はがしゃがしゃと音を鳴らし腰紐に括りつけていた鍵の束を外すと、燈羨にひとつの鍵を手渡した。このときはじめて、煌玄は女の目が見えていないことを理解した。
「刹季も元気そうだ。あれの様子はどうだ?」
声を低く落とし、燈羨が女に言葉をかける。その声が父である燈峻帝にあまりにも似ているので煌玄は驚いた。わざと似せているのだと気付いた。
「お元気ですよ。旦那様がいらっしゃるのを楽しみにしておりますよ。」
「そうであろう。刹季、もう陽が傾く。部屋に下がるが良い。」
「はい。そうさせて頂きます。お帰りになるときはお呼び下さいませ。」
刹季は一礼して回廊から建物へ入っていった。刹季の姿が建物の中に消えるのを見送りながら、あれは僕を父と間違えているんだ、と燈羨が呟いた。
「あの女は僕のことを知らない。おそらく、阿陀良の時代をここで暮らし、今もそれが終わったことを知らないまま生きている。」
長い回廊の行き止まりの先に、ひとつの扉が現れた。燈羨が刹季にもらった鍵を差し込み、錠を外す。
「さあ、煌玄。紹介するよ。」
分厚い扉を押す燈羨に導かれ、煌玄は恐る恐る扉の内に足を踏み入れた。中は暗く、扉の隙間から入る光を頼りに煌玄は顔を顰め、凝視した。円形の部屋に、天井までぐるりと鉄格子が填め込まれている。その形状は鳥籠を連想させた。半球状の天井のてっぺんに填め殺しの小さな明かり取りの天窓があり、そこから夕焼けのまぶしい光が一筋の線となって床へ射している。背後で扉が閉まり、部屋の中の明かりはその一筋の光のみになった。
「ここは、座敷牢ですか?」
「よく見てごらん。」
煌玄は目を凝らした。床へ射し込む明かりから少し外れた所に、ひとが転がっているのを見た。それは、ぼろぼろの衣服を纏った小さな少年だった。
「わかるかい?こいつときたら、まるで奇鬼児だろう?」
奇鬼。この飛都帝国で最も侮蔑される種類のいきものを指す言葉。ひとでもなく、妖魔でもない。絶対的な階級制度に支配されるこの飛都帝国で、帝王の一族である燈氏がその頂点に君臨し続けているのは、燈一族が妖魔の王であるからだ。不死である妖魔の魂を、この世でただ一人燈の当主は消滅できる力を受け継ぐ。どれだけ強力な妖魔であろうと、燈帝王に仇を成せば、死を免れない。妖力を持つ妖魔と妖力を持たぬひとが同じように暮らすこの世界では、創世以来両者の争いが絶えず続いたが、ひとでありながら妖魔の王となった初代帝王、燈王の台頭により両勢力の均衡は保たれ、今日七代までその統治が続いている。そうして帝国の形が整えられ、ひとと妖魔が混じり合ううちに、ごく僅かな確率で、特殊な種類のいきものが生まれるようになった。その多くは特異な力を有し、異形であり、極端に身体が弱く、短命であった。強さこそが正しさである飛都の歴史の中で、異端者達は隅に追いやられ、忌み嫌われ、奇鬼と蔑称されるようになった。
「ほら、見てごらん。自分で動くこともままならない。」
茫然とする煌玄の横に、燈羨が立った。暗い瞳で、子供を見つめる。
「僕と同じ父の血を持って生まれてきたなんて考えたくもない、出来損ないの汚らわしい肉の塊だろう?」
煌玄はあまりの驚愕に言葉を失った。その様子を鼻白んだように、燈羨が笑った。
「燈一族の当主に子は一人という掟を、本当に歴代の王が守っていたと思っているのか?」
「しかし、妖魔の王の力は一子相伝。不要な跡目争いを避けるためにお子を二人以上成すことは禁じられていると。」
「その通り、この子は禁じられた存在なのさ。輝かしい燈一族にあるまじき汚点。だからこうしてずっと閉じ込められているんだ。こいつが太陽を臨む日なんて永遠に来ないよ。ただひとつの格子窓から差し込む一縷の光を眺めるだけの一生。だけどそれじゃあ可哀相だろう?だから僕が時々ここへ来て遊んであげているのさ。こうやってね。」
鉄格子に立てかけてある金属の棒を握り、燈羨が牢の鍵を開けた。
「燈羨様?」
燈羨は内から鍵を閉めた。
「煌玄はそこで見ておいで。さあ、遊びに来てやったよ。どうした?嬉しくないのか?」
床に転がっていた少年がはじめて僅かに動いた。目の玉だけを動かし、燈羨を見る。その顔が一瞬で恐怖に塗られるのを、煌玄は見て取った。
「どうした?叫ばないの?嬉しさに叫べばいいのに。」
燈羨が棒を振り上げ、少年の頭すれすれに振り下ろした。美しい金属の擦れるような叫びが煌玄の耳を劈いた。煌玄がはじめて聞いた少年の声だった。叫び声はうおんうおんと半球状の天井に反響し煌玄は目眩を覚えた。
「燈羨様。」
煌玄は耐えきれず鉄格子に駆け寄り、膝をついた。
「燈羨様、おやめ下さい!燈羨様!」
振り翳していた鉄の棒を下ろし、燈羨が振り向いた。その顔は仄暗い狂喜に満ちていた。
「燈羨様、なぜ何の力もない子供にそのような酷い仕打ちを。」
「だからだろう?力がないから、こそ、だよ。こいつは力がないんだからしょうがないんだ、こういうことをされてもどうしようもできない。だけどしょうがないじゃないか、これがこの世の仕組みなんだから。この世は最強の一族である我ら燈一族が治めることによって秩序が保たれている。力のない奴は力の強い者に従うしか生きる道はないんだ。僕はね、力を持たずに生まれてきたこの哀れで愚かなぼろきれにその秩序のあり方を教えてあげているんだよ。」
煌玄は頭を振った。
「燈羨様はいずれ帝王となるお方。帝王とは弱きを助けるために強くあるのですよ。」
「弱い者を助けてどうなると言うんだ?弱い者が生きていてこの世界の何の役に立つ?僕の役に立つか?僕は弱い奴なんて大嫌いだよ。だから煌玄、僕はお前のことが大好きなんだ。お前は強いだろう?」
「強さとは、燈羨様の愛する強さとは?」
煌玄の問いかけに、燈羨は、その体だ、と答えた。持っていた金属の棒を放り、鉄格子の間から煌玄に両手を伸べる。
「僕を守るために作られたこの体だ。」
両手を伸ばし煌玄の体を引き寄せ、抱きしめた。
「この体は僕のためのものだ。僕のためだけに鍛えられた体。お前が存在するのは僕のためだって、僕は知っているんだ。」
「そうです。燈羨様をお守りするためだけに、私は燈峻様に拾われたのですから、そのように、恐れることなど燈羨様には何もないのですよ。私がついています。ですからそのように、弱き者を痛めつける必要など、少しもないのですよ。」
「だけど僕は知っているんだ。僕は不完全だって。この汚れた木偶よりも、ずっとずっと出来損ないなんだって。」
「誰がそのようなことを?」
「誰に言われなくたって、わかるよ、それくらい。」
更に力を込め燈羨が煌玄を引き寄せた。震える肩を、煌玄は抱きしめた。
「怖いんだ、同じ父の血を引くこの木偶が、父が伯母を殺したように、同じ罪を犯す日が来るかもしれない。そうしたら僕には為す術がないんだ。煌玄、僕は唯一の春宮になりたかった。」
「私にとっては燈羨様が唯一無二のお方です。恐れずとも。」
「煌玄、この先何があっても、この帝国が滅びても、僕の傍を離れないと約束してくれる?血を分けたこの襤褸がいつか僕を裏切る日が来ても、煌玄、おまえだけは僕を。」
「お約束します。それに弟君が裏切ると決まったわけではありません。どうかお労りください。私はこのような燈羨様のお姿を見たくはありません。」
深く抱きしめた燈羨の体から、焦燥が幾分か和らぐのを感じた。
「うん、わかったよ。ごめん、ごめんね、煌玄。」
頷き続ける燈羨のその言葉が本心でないことを、煌玄はわかっていた。しかし煌玄は、燈羨が重大なる秘密を打ち明けてくれたことだけで十分だと思った。己が燈羨の特別な存在で居続けることの幸福に浸っていた。燈羨はまだ子供なのだ。自分や女官長に対しては無邪気に我侭な態度ばかり取るが、父である燈峻帝の前では大変な利発さを披露するのである。聡明な王になる素質がある。大人になるにはまだ時間がかかるが、素晴らしい帝王となるよう導いてさしあげる。そう、煌玄は心に誓った。二人の姿を、虚ろな目で少年が見つめていた。燈羨が大人になることがないことを、この時煌玄はまだ知らない。