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この世に神がいようとも  作者: 群青のはる
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1幕 フクロウ 1

 傾きかけた陽を覆う雲の中で雷鳴が轟き、さあっと冷たい風が、その人の長い外套の裾を翻して過ぎた。大粒の雨が華やかな花街の通りを穿ち、土煙が匂う。突然の激しい夕立に、妓楼を覗いていた男たちがわっと声を上げ軒先に駆け込んでいく。男たちと入れ替わりに色とりどりの傘が軒下からぱっと咲き、夕立を幸いに往来の男どもを店へ引きずり込もうと、めかし込んだ娼妓たちが白い首に傘の柄をひっかけ、店先に並んだ。

「お兄さん、こんな雨でごんすえ、お休みなされんせ。」

 花街言葉と呼ばれる、唄うような独特の節まわしで、一人の娼妓が袖を引いたが、袖を掴まれたその人は、すっと静かに白い手を払った。笠を目深に被ったその人は女には見向きもせずに往来を進んでいく。笠で顔が見えずとも、赤い外套を着たその姿は女たちの目を引いた。この暑い最中に汗を流すことなく裾の長い外套を羽織るすらりとした長身、服の上からでもわかる無駄のない筋肉質な体つきは、帝軍(ていぐん)軍士(ぐんし)のように見えた。しかし、帝軍の軍士であれば、私用の外出時であっても軍服を脱ぐことを許されない。あんな色の外套を着る軍士がいるだろうか、と女たちは思った。あんな、まるで血を煮詰めたような赤い色の。

 静かに赤い外套が翻り、笠の下からの鋭い一瞥に、女たちは釣られるようにしてその人の視線の先へ目をやった。大通りをばしゃばしゃと大きな音を立ながら水たまりを駆けてくる男がいた。身なりから、どこかの屋敷の下男だろうか、と女たちは興味を引かれぬ様子で男が過ぎるのを見送った。女たちが視線を戻すと、赤い外套の人は姿を消していた。

 駆けて来た男は一つの妓楼に飛び込むとせっぱ詰まったように、主への取り次ぎを頼んだ。がたがたと震える青い顔の下男に、娼妓は目を丸くした。

「どうなさったんです、死神にでもお会いなさったようなお顔で。」

 会ったんだ、と下男が呟いた。

「死神に?」

「本当だ。みんな殺されちまった。あれはフクロウだ。フクロウが来たんだ。」

「フクロウって、あの、今評判の殺し屋一座、鳥市(とりいち)の。この世で一番残忍だっていう。」

「ありゃ化け物だ。」

「でも、フクロウを見たものはこの世にゃいないって言いますのにえ、旦那、お偉いことでごんす。」

「とにかく早く主に取り次ぎを。」

「へえ。」

 娼妓が下がると下男の隣に、ひとりの男が立った。黒い外套から雨のしずくが滴り、上がり框に腰かけた下男の膝を濡らした。下男は怪訝な面持ちで黒い外套の男を見上げた。年の頃は二十代半ば、陽に焼けた精悍な顔つきをついているが、一目で堅気ではないと分かる気怠い雰囲気を纏っている。黒い外套の男は馴れ馴れしい口調で下男に身を寄せた。

「フクロウに会ったてえのは本当ですかい?旦那。」

「あ、ああ。」

「そりゃ大変だ。フクロウに会って生きて帰ってきたやつはいませんよ。どうやって逃げてきたんです?」

「わからない。突然、城にあれがやってきたんだ。突然やってきて、みんな殺しちまった。気づいたら私ひとりだけだった。それで無我夢中で走ってきたんだ。なぜ私だけ助かったのかわからない。」

 黒い外套の男がふうん、と鼻を鳴らした。

「そんならわざとかもしれねえな。」

「わざと?」

 黒い外套の男の口角がきゅっと吊上がった。鋭い犬歯が露わになる。下男はぽかんとしたが、男の鼻息が漏れたのを聞き、男が笑ったのだとわかった。歪な笑い方をする。

「あんたが見たのはフクロウだけかい?あんたの血の匂いを追いかけて一羽のカラスが背中にぴたりとついてくるのには気づかなかったか?まあ、気づいてりゃあ、主のもとまでのこのこ道案内なんざしねぇやな。ご苦労なこった。今度からはフクロウだけじゃなくカラスにも気をつけな。ま、二度目があればの話だけどよ。」

 いつの間に刺されたのか、下男は気付かなかった。黒い外套の男は、下男の心臓に突き立てた小刀を素早く引き抜くと、外套に隠し店へ上がった。

「おれたちに会っちゃ二度目はねえさ。」

 自分が殺されたことに気づかぬうちに死んでしまった哀れな下男が仕えていた主、雨暖州の豪族蕨氏は、娼妓からの言伝てに俄かに青褪めた。それまで陽気に騒いでいた座敷の家臣たちは主の蒼白な面持ちにしんと静まり返り、雨の音がはっきりと蕨氏の耳を打った。ひんやりと白けた座を見かねた娼妓が、

「温かいお酒をお持ちしますえ。」

 と言い残し座敷から消えていった。

「フクロウが、」

 家臣の一人が言いかけたその時、娼妓が去った襖の隙間から、ごろりと何か丸いものが投げ落とされた。無造作に畳に転がったものを見た一同ははっと息を飲んだ。それは生首だった。蕨氏と長年敵対してきた雨涼州の豪族、露一族の首領、その人の。

 背後にぞっと冷たい空気を感じ、一同が襖を振り返ると、いつの間に現れたのかひとりの背の高い女が立っていた。娼妓ではない。頭の後ろでひとつに結った黒く長い髪が、雨に濡れて赤い外套に張り付いている。まるで血で煮詰めたような赤い外套は濡れて一層深紅に血が匂うようだった。女は黒水晶を填め込んだように感情の読み取れない目玉でじっと一同を見下ろし、薄い唇を開いた。

「敵の首、約束通り持ってきたぜ。」

 低く、温度のない声に、蕨氏の血の気が引いていく。

「おまえが、フクロウなのか。」

 蕨氏の問いに女は答えず、一同の顔を順繰りに見渡した。空に稲妻が走り、一同は首を竦めたが、女は瞬きすらしなかった。蕨氏は乾いた喉からやっとの思いで声を絞り出した。

「報奨金なら館に用意してある。その首を持って館へ行ってくれ。」

「全部戴いたよ。」

 女が、すっと刀を抜いた。豪族が戦場で使う身の丈ほどもある剣とはまるで違い、刀身は腕の長さ程しかない。ああ、やはりそうなのだ、と蕨氏は思った。フクロウを見たものはこの世にいない。皆殺された。見たものがいれば、こんな暑い最中に長い外套を羽織り、こんな刀を持つ、この国には珍しい長身の女がフクロウだとすぐに噂になるに決まっている。

「貴様!」

 声を上げて一斉に斬りかかる家臣を、女は頸動脈をひと斬り、心臓をひと突き、無駄のない動作で次々と殺し、畳に転がした。

「何の真似だ。」

 そう言いながら、何の真似か、蕨氏はわかっていた。蕨氏が敵対する露氏を鳥市に掛けたように、今度は自分が敵対する何者かによって鳥市に掛けられたのだと。

「誰の依頼だ?」

「知ったところで手遅れだ。」

 女が言い終らぬうちに、蕨氏の首は畳の上へ転がっていた。

 女の血振るいした鮮血が、青い畳に散った。パチパチと手を叩く音に女が顔を上げると、廊下に黒い外套の男がいた。

「よ、お見事、さすが飛都一の殺し屋、鳥市のフクロウ。」

「カラス。」

 カラスと呼ばれたその男は軽口を叩きながら、死体の懐を漁り始めた。女は呆れ、男の頭を小突いた。

「たいがいにしろ。あさましい。」

「いてえな。どうせこの仕事で大金舞い込んだって、ほとんどじじいの懐に入っちまうんだ、御駄賃だよ。」

 男はそう言いながら死体の懐から財布を引っ張り出し、中身を確かめると顔を顰めた。

「ち、花街で豪遊しようってやつがこれっぽっちかよ。」

 文句を言いながら男は死体から死体へ素早く財布を回収していく。男の集めた金を、女はひょいと手を伸ばし、頭の上から取り上げた。女の方が少しばかり背が高い。

「死人が出た後は客足が退く。津柚(つゆ)、あとでここのおかみへ持って行きな。」

 女の呼びかけに、襖の向こうから、すっと手が伸び、財布の束を受け取った。現れたのは先ほど酒を取りに行くと言って出て行った娼妓である。

「ふん、自分で殺人現場に選んどいて同情するんじゃ世話ねえや。」

 悪態を吐きながら受け取った財布を懐に仕舞うと、津柚は道具を取り出し、畳に転がっている首に血止めを施し始めた。カラスは聞こえよがしに舌を打ち、不満を喚いた。

「殺し屋稼業じゃ、花街妓楼男の墓場って昔から決まってるじゃねぇかよ。こいつらだって覚悟の上で遊んでんだ。」

 津柚が首を袋に詰め、娼妓の打掛を脱ぐと着物の下からカラスと同じ様な襤褸の仕事着が現れた。ホオジロという通り名を持つ津柚は鳥市の交渉役であり、花街の殺しでは潜入役を任され、これまで幾度もフクロウとカラスの手引きをしてきた。

「そうだ、繰弄(くろう)。」

 津柚に本名を呼ばれ、カラスは忌々しく鼻に皺を寄せた。仕事中に本名を呼ぶなと何度言ってもこの女は聞きやしない。

「店の正面にお客が二人いるから気をつけな。」

 津由はフクロウへ視線を向けた。

「聞いてんのかよ、灯己(とうこ)。」

 津柚に本名を呼ばれ、フクロウは軽く舌打ちをした。

「津柚。」

 窘める灯己の視線を、津柚は頬を歪ませ軽々しく笑い飛ばした。

「ふん、フクロウだカラスだ?当代一の殺し屋なんて持て囃されて、調子のんじゃないよ。おれたちは戸籍も親もねえ、貧民屈の屑だろ。本名がばれたところで、なんだってんだよ?通り名が有名になって大それた人間にでもなったつもりかよ?」

「はいはい、御大尽様にべたべた触られて嫌な思いしたんだねえ。」

 津柚を宥める繰弄に、灯己は冷たく一瞥をくれ、

「男に触られるくらいで気が立ってんじゃ、花街の潜入役なんて務まらねえだろ。」

 と更に津柚の神経を逆撫でした。

「誰のおかげで!てめえにできんのかよ!できねえだろうよ!色気皆無のてめえにはよお!」

 怒鳴り散らす津柚を、繰弄は背から引き寄せ、あやすように抱き頬を撫ぜた。

「津柚にしかできねえよなあ?な?一番美人だもんな?おれが御大尽だったら、津柚にたんまり貢いじまうぜ。そんな金じゃねえ、その倍、いや、倍の倍は貢いじまうな、なんなら、その金すぐ倍にしておめえにやりてえくらいだ。な?おれに一旦預けてくれたらすぐに賭場で倍にしておめえにやるよ。」

 津柚の懐に差し入れる繰弄の手を素早く捻り、灯己が先に懐の金を取り上げた。

「こいつはこの店の金だって言ってんだろ。さっさと引き上げるぞ。」

 ふん、と津柚は忌々しく鼻息を吐きながら繰弄の手を引き剥がし、首の入った袋を持つと、すっと窓から姿を消した。

「何だよ、ケチ。おもしろくねえなあ。」

 文句を言い続ける繰弄に灯己は落ちていた笠を手渡し、二人はそれを目深に被ると座敷をあとにした。どさりと財布の入った袋を帳場に置いて出た客に、店のおかみが驚いて顔を出し、後を追ったが、店の外には晴れ晴れと雨の上がった眩しい夕景があるばかりだった。

 店に戻ったおかみが、上がり框に座ったまま蹲っている下男に気付き、それが死体だと分かり悲鳴を漏らした丁度その時、二階からも悲鳴が上がり、俄かに妓楼が騒がしくなった。

 その騒ぎを背に、灯己の鋭い視線が、笠の下から店の向かいにいる怪しげな男を捉えた。男は傍らの仲間に目で合図すると、合図された男が、少し離れた位置にいる三人目の男に合図を送った。

「津柚のやつ、二人とか言って、三人もいるじゃねぇかよ。」

 灯己と繰弄が歩く速度に合わせ男が三人、距離を取りながらついて来る。

「人気のねえところにおびき寄せるか?」

 繰弄が訊くと、灯己は心底面倒くさいというように首を振った。

「手間だ、ここでやる。」

 繰弄はにやりと犬歯を見せると、ふいっと灯己から離れ人の波に紛れた。追っ手の三人が目くばせを交わし、二人と一人に分かれて後を追ってくる。

 近くの茶屋に入る繰弄を追い、一人の追っ手がその茶屋の暖簾をくぐると、すれ違いに、茶屋から出てきた繰弄にがっしりと肩を組まれた。

「よう、おれに用かい?」

 暖簾の内側で男は息を飲んだ。繰弄が腕に巻いた外套に隠され、誰にも気付かれぬまま、男は胸を刺されていた。繰弄は旧知の友に再会したかのように男と肩を組んだまま、ずるずると人気のない路地へ男を連れ込んだ。そこで、喉を切り、息の根を止めた。男の左袖をめくり、その肌に焼きつけられた契約印に繰弄は目を細めた。

「ずいぶんと自信があったみてえだが、普通おれに会いに来るときゃこういう焼き紋は消してから来るもんだぜ。じゃねえと会いにいっちまうからよ、おめえさんの雇い主さんに。」

 一方、二人の追っ手は、人混みでフクロウを見失った。しまったと思った瞬間、すれ違った女の髪が、ふわりと鼻先をかすめた。

「おまえ!」

 すれ違いざまに、灯己は一人の追っ手の胸を背から刺し、素早く刀を引き抜いた。

「女だったのか。」

 死に際にそう呟き、男はこと切れた。

 隣を歩いていた仲間が突然何か短く叫び、通行人に覆い被さるようにして倒れたのを見て、もう一人の追っ手ははじめてここにフクロウがいることを知った。通行人たちが悲鳴を上げ、わらわらと集まってくる。一人残された追っ手は慌てて周りを見渡したが、フクロウと思わしき人物は見当たらない。焦燥と恐怖が体の奥から沸き上がり、額に脂汗が浮かんだ。

「おれに会ったら二度目はねぇことぐらい知っておきな、殺し屋なら。」

 耳の後ろでそう囁かれた時にはもう、三人目の追っ手はこの世にいなかった。

 灯己は三人目の背中から心臓を貫いた刀を抜き、その男の着物で血を拭った。人々は先に倒れた死体に気をとらわれ、この男が刺されたことにはまるで気づいていない。灯己は刀を鞘に収めると、男の着物から手を放し、静かに人の輪を離れた。背後で、どさり、と倒れる音を聞いたが振り返らなかった。視線を上げると、繰弄がにやにやと笑いながら待っていた。大きくなる騒ぎを背に、灯己と繰弄は笠を目深にかぶり、外套を翻し去った。


 飛都(ひづ)帝国七代帝王、燈峻(としゅん)の住まう城、千城(せんじょう)。千もの城がある程に広大なことからそう呼ばれるようになったと伝えられるこの国の城。地方の豪族が見た千城を囲む首都の絢爛さもまた千城そのものだったのだろう、千城宮が中央に聳える飛都帝国の首都も建国して二百年の間に千城と呼ばれるようになっていた。千城街には、大きく分けて五つの住居地区がある。ひとつは、燈帝王一族の住まう青の地区。ひとつは、貴族の住まう墨の地区。ひとつは、商人の住まう橙の地区。ひとつは、農民の住まう緑の地区。そして貧民層が暮らす貧民屈に名はない。ただ、裏街と呼ばれている。この裏街に、鳥市の隠れ家があった。三日に一度程しか幕を開けないが、幕が上がれば満員、大いに客を沸かせる大道芸雑技団、雪松(ゆきまつ)一座。義葦(ぎい)と名乗る老齢の慈善家が孤児を集め養い、五年ほど前からこの裏街で活動を始めた。演者は面をつけ、名も顔も明かさないが、人間離れした軽業や剣舞を披露し、大変な人気を集めている。殺し屋一座鳥市の表の顔である。

 舞台衣装を身に纏い、面を額にひっかけた繰弄が義葦の部屋の前を通ると、机に金を広げて勘定していた義葦が顔を上げ繰弄を呼び止めた。

「繰弄。」

「なんだよ。」

「そんなもんを持って舞台に上がったら重くてかなわねえぞ。」

「何のことだよ。」

「何度言ってもわからんやつだな。」

 義葦は懐から投げ刀を繰弄に投げつけた。繰弄は咄嗟に身を躱し投げられた刀を掴んだが、その弾みに袖から金貨が零れた。昨晩灯己の目を盗んで死体からくすねた金だった。繰弄は慌てて散らばった金を掻き集め、義葦を振り返った。

「危ねえな!いいじゃねぇかよ少しくらい。こっちは命張ってんだぜ。自分へのささやかなご褒美だよ。」

 義葦の皺だらけの顔の中に窪んだ暗い目玉が、床にへばりつく繰弄を見下ろした。

「盗人みてえなきたねぇ真似するんじゃねぇ。」

「ぶっ殺して金稼いでんだ、同じじゃねぇか。」

「契約の範囲内で、だ。」

「契約さえしてれば法外な金むしり取るくせに、実際命かけてるおれ達には何の御祝儀もねぇ。誰のおかげで楽な生活送れてると思ってんだよ。」

 ぎらり、と義葦の目玉が繰弄を睨んだ。深い皺に埋まっているような目玉だが、睨まれるとぞっとする迫力がある。

「おまえこそ誰のおかげで生きてられると思ってんだ?親に売られた身分でなあ?おれがおまえを買ってやらにゃ、とうの昔に一家揃って飢え死によ。思い上がるんじゃねえ。」

 津由が顔を覗かせた。

「繰弄、もう出番だよ。準備して。」

「津柚、繰弄の盗んだ小銭を昨日の客のところに返してこい。」

 津由は義葦の言葉に床でぶすりと膨れる繰弄を見た。

「繰弄、この強欲じじいの裏かくなんてあんたにできることじゃないよ。」

「姉貴面すんな。」

 立ち上がりながら、繰弄は渋々津柚に金貨を渡した。

「おれだってよう、じじい。親代わりのあんたに孝行したいと思ってんだぜ?年端もいかねえ子供買い取って殺し屋に仕立てる極悪人だろうと、育ての親だ。たまには土産の一つも買ってやろうって金じゃねえか。」

「いらねえよ、おめえの土産なんぞ。」

「へえ、そうかよ、体の硬くなった御老体によかろうとせっかく孫の手用意してやったのによ。」

 繰弄がひょいと投げたものを、反射的に受け取った義葦は顔を顰めた。それは人の腕だった。皮膚に焼き付けられた契約印に、義葦は舌を鳴らした。

「昨晩の客の送り狼か。おまえこういうことは帰ったら一番に言えといつも言ってるだろ。おれ達の取り分が惜しくなったか、強欲な奴らめ。灯己はどうした。」

「知らねえよ。上で昼寝でもしてんじゃねえの。」

「なあ、昨晩の客、これで契約破棄だろ?なあ、ならおれの金でいいよな?」

「一座の金だ。」

「くそじじい、てめえが一番強欲だよ。」

 刺客林立時代と言われ、豪族が競って殺し屋を雇い、その殺し屋を別の殺し屋に殺させる。そんな時代の幕を開け、牽引し続けているのが、鳥市だった。

 二人のやり取りに痺れを切らした津由が繰弄を急かした。

「繰弄、出番。」

「わーってるよ。」

 繰弄は様子で面を被り、舞台へ向かった。

「津柚、灯己を呼べ。」

 津柚が階段を上ろうと見上げると、ばさりと赤い外套が翻った。

「灯己。」

 タトン、タトン、タトン、と音を立って階段を下りてきた灯己はすっと津柚の横を通り、義葦の部屋に入った。義葦は繰弄の持ってきた腕を灯己の足元へ投げた。

「おめえ、報告もしねえで何してた。」

 悪びれる様子なく、灯己は大きな欠伸をした。

「刀研いでたよ。」

 義葦は苦笑を漏らした。

「行ってこい。殺し屋一座鳥市を裏切るとどうなるか思い知らせてやれ。」

 こうしてまた、フクロウによる殺戮が今宵も繰り広げられるのだった。

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