083 彼を愛してる恋人はどんな怪我や病気をしていても彼に尽くし続ける
「(ガチャッ)
………あら、おかえりなさい。
今日は早かったのね。
…そう、仕事も順調なのね。良かったわ。
………ん?別にいいわよ。
洗濯くらい、愛する彼のためにやるのは恋人として当然よ。
それにしても、さすがに溜めすぎじゃないかしら?
10日間くらいやってなかったでしょう。
家のあっちこっちに洗濯物が転がっていたから、集めるだけで一苦労だったわ。
………ううん。別にそういう意味で言ったんじゃないから安心して。
仕事で疲れてるでしょ?
ごはんも用意してるから、ちょっとだけ待っててね。
(…ふらっ)
………大丈夫大丈夫。
ちょっとふらってきただけだから。
………熱?
ああ、さっき測った時は、38.5度くらいだったかな?
…寝てなくても大丈夫よ、このくらい。もう、大げさね。
ほら、体は普通に動くから。
(…ふらっ)
…問題ない。問題ないわ。
愛する人に尽くすのは、恋人として当然のことなんだから。
だから、あなたはゆっくりしていればいいわ」
「(ガチャッ)
(ドタドタドタドタ)
…あら、おかえりなさい?
どうしたの、そんな血相を変えた顔して。
………私?
見てわからない?
あなたの部屋を掃除していたのよ。
定期的に私が掃除してきてるとはいっても、ほおっておくとすぐ汚れちゃうから、困ったものよね。
…あ、そういえば、カーペットにコーヒーこぼしたでしょ?
そのままになってたみたいだから、今つけおきしてシミを取っているところだから。
でも、コーヒーのシミは頑固だし、全部とれるかどうかはわからないけど。
それとも、このまま買い替えちゃうのもいいんじゃないかしら?
確か、ここに越してからずっと使っているものってあなた言ってたから、5年くらいは経ってるんだし、これを機に買い替えるのもアリだと思うんだけど。
…あ、そうそう。キッチンの排水溝にもね、頑固な汚れが………
…ああ、これ?
見ての通り、松葉杖よ。
まさか今まで見たことないの?
あなたは世間知らずねえ。
………ん?ええ、そうよ。
今日ちょっと、お買い物の途中で車とぶつかっちゃって、足の骨が、ね。まあ少し。
………
心配してくれたの?
ありがとう。でも全然平気よ。
まあ少しだけ、歩くのが不自由だけど、それ以外はぴんぴんしてるから。
………
もう、大げさねえ。入院するようお医者さんも言ってたけど、これくらいで入院する必要ないわよ。
知ってる?今病院って色々大変なのよ。
お医者さんの数も足りないし、ベッドの数も足りないんだって。
それなのに、私なんか程度の怪我で入院したら申し訳ないわ。
それに、入院なんかしたらあなたのお世話ができないわけだし、なおさら、ね?
………いいからいいから、この家の掃除は任せておいて。
すぐにピッカピカにして、キレイな部屋に変えちゃうんだから」
「………はーい。もう少しでご飯できるわよー。
そろそろ仕事片付けて、手、洗ってらっしゃい。
~~♪
~~♪
~~♪
………はい、どうぞ。召し上がれ。
今日は豚の角煮と、かぼちゃの煮物。それとグリーンサラダよ。
…ドレッシングは何かける?
そう。じゃあポン酢かけちゃうわね。
でもあなた、本当にポン酢好きよねえ。
サラダにポン酢、鍋にもポン酢、冷ややっこにもポン酢。
この間なんか、ご飯に直接ポン酢かけてたわよね。
あれ、家でやるのはいいけど、あんまり他所の家ではしない方がいいと思うわよ。
…角煮の方はどう?
上手く柔らかくなってると思うんだけど。
…そう、よかった。
じゃあ、私も一口………
うん。ちゃんと味がしみ込んでてよかった。
この、味を中までしみこませるのがなかなか難しくて………
…なあに?改まった顔しちゃって。
………
…またその話?
もう、何回も言わせないでよ。
あなたに何と言われても、入院もしないし手術も受けないわ。
だって、そんなことしたら、その間あなたのお世話ができなくなっちゃうじゃない。
………別に、余命1年だって言われたからって、今の私はこうして十分に動けるわ。
たまに、胸が痛くなることもなくはないけど、だからって入院する必要なんてない。
この体が動く限り、愛するあなたのために尽くし続ける。
あなただって、こんなに美味しいご飯が食べられて、幸せでしょ?
私は、あなただから色々尽くしてあげたいって思ってるの。
あなたのために尽くすのが、私の幸せなの。
たとえ今この瞬間に倒れたとしても、後悔なんてしないわ。
だって、生涯をかけてあなたに尽くすことができるんですもの。
それ以上の幸福は、他にはないわ。
…はいはい。この話はこれでおしまい。
ほら、早く食べて食べて。
早く食べないと、ご飯冷めてしまうからね」