063 遭難していたところに手を差し伸べてくれたのは実は雪女で…
「(ゴォ―――)
………
………
………
…もし。もしもし。
お主は、旅のものか?
こんなところでうずくまっていて、遭難者かの?
これだけの雪の中だと視界も狭くなっておるし、遭難するのも無理はないか。
…ひとまず、我の家に来るかの?
我の家はこの近くにある。
温かい飲み物くらいなら出してやれるが。
………そうか。では、我についてまいれ。
離れるでないぞ。
この視界の中、きちんとついてこないと、また遭難してしまうからの」
「(ガラガラ)
………着いたぞ。ここが我の家じゃ。
ひとまず、その服を替えるといいぞ。
いくら家の中とはいえ、その濡れたままの服だと風邪をひいてしまうからの。
なに、替えの服くらい貸してやるから、さっさと替えるが良い。
………なんじゃ、我の前で着替えるのが恥ずかしいのか?
はっはっは。なんとも可愛い奴だの。
…わかったわかった。我はあっちで茶の用意をする。
その間に着替えるといい。
………
………
………
…ふむ、着替え終わったようじゃな。
………その服か?
その服は、前に来た旅人が置いていったものじゃ。
見るからに、男物の服じゃろう?
そんなもの、我が着ると思うかえ?
…ああ、我の服か?
白い着物じゃ。
我はこの服を気に入っていてな。いつもこの装いじゃ。
………服といい白い肌といい、雪女みたいとな?
確かにこの周辺の地では、そのような伝承が伝わっていたかの………
…それよりほれ、茶じゃ。
この地では、温かい茶もすぐに冷たくなってしまう。
冷める前に飲んでおけ。
せっかく我が淹れたんじゃからな」
「(ゴォ―――)
(ゴォ―――)
(ゴォ―――)
(ガラガラ)
………
…どうじゃった?外の様子は?
相変わらず、雪の空模様じゃっただろう?
この地では毎日毎日絶え間なく雪が降り注ぐ。
雪の降らない日の方が珍しいくらいじゃ。
こんな猛吹雪の中では、今日も旅路に戻るのはよした方がいいんじゃないかの?
………我のことかえ?
我は生まれてこの方、この地にずっと住んでおる。
あいにくと、周辺の地理には疎くての。
近くの村まで送ろうにも、知らんものは案内できんよ。
…なに、心配するでない。
ここにいる内は、温かい食事と寝床は用意してやるかえの。
我も久々に、世の人と過ごすのは悪いことではない。
…ここにはずっと、一人での日々が続いておる。
話し相手となるのはこうしてたまに来る旅人か、その辺の獣達のみじゃ。
お主がいたいというのであれば、いくらでもここにいて構わんぞ。
………それじゃ、そろそろ食事にするかの。
今日の夕餉は、さっき採ってきた獣の肉鍋じゃ。
たんと召し上がると良い」
「………お主が来てから、今日でもう一月になるかの。
ここまでの時間世の人と過ごすは、本当に久しぶりじゃ。
…そうじゃな。相変わらず外は雪がしんしんと降っておる。
………ん?別に珍しいことではないぞ。
前に言ったかもしれんが、長い期間雪が降り続くのは毎度のことじゃ。
…おかしいかの?
お主は旅のものじゃろ。
その地その地によって天候が多種多様なことなど、わかっているんじゃないかえ?
………それにしたっておかしい、かの。
………
…この地にある雪女の伝承。
そして、そんな場所に好んで住む一人の女。
まあおかしいと言えば、確かにおかしいのかもしれないの。
………で?
だとしたらどうするのかえ?
我がその雪女だとして、外が雪模様なのは変わらないのぞよ?
雪女が存在する限り、その周りが雪で囲まれるのは当然のこと。
外の雪を晴らしたいのなら、それこそ我という存在を消すしか………
(グサッ)
グフッ!カハッ!
ケホッ、ケホッ…
…小刀、か。旅の必需品、かの。
………なぜ、お主がそんな顔をする?
…お主の考えてる、通りじゃ。
我は雪女。
雪の女の周りには、雪が降りしきる。
雪を晴らすには、我から離れるか、我という存在を消すしかない。
お主がとった方法は、実に、正解じゃよ。
…我はここに迷い込んだ人間を、食らう妖怪。
………ああ、知っておったか。
確かに、その噂が出回る中、わざわざこんな辺鄙な場所に迷い込んでくるはずはない、かの。
………
…お主と過ごした日々は、少し、ほんの少しだけ愉快だったかの…
いつもは迷い込んだ人間をすぐに食らうのじゃが、お主にはなぜかそうする気にはなれなかった…
いつの間にか、お主と一緒に過ごしたいとさえ思えるようになった…
雪が降り続く限り、お主は一緒にいるだろうから、の…
しかしもちろん、それがお主の望みでないことも、わかっておった…
お主はここにいるかぎり、幸せになれない。
だが、我は一緒にいたい。
ここ数日、その気持ちにとらわれ続けておった………
しかし、これで、お主は、この地を出て、元の旅路に戻れる
………
喜ぶが、よい………
我がいなくなれば、雪も、止むことじゃろ………
雪が止んだら、また、旅を、続けよ………
………
…なあ、最後に、少し、願いを、叶えては、くれんかの………?
お主の、温もりを、感じ………
………
………
………
(ガラガラ)
(………)
(………)
(………)
(スタスタスタスタ)」




