061 あなたに尽くしてくれる良妻のねじ曲がった愛情とは…
「(ガチャッ)
お帰りなさい、あなた。
今日もお仕事お疲れ様です。
今日はどんなお仕事だったんですか?
…ええ、ええ。
そのプロジェクトのことは以前に言ってましたね。
今日がその本番直前の最後の山場だったんですか。
それはそれは…本当にお疲れ様です。
…カバンをこちらに。
はい、確かに。
それと、後ろを向いてください。
スーツを預かります。
………はい、ありがとうございます。
それで今日は、すぐお風呂になさいます?
それとも、お食事?
あるいは、わ・た・し?
なーんて、冗談です。
今、食事の準備中ですので、先に、お風呂に入るのがよろしいかと。
そちらの準備は整っているので。
…ええ、では。お風呂場の方へ。
………
………ああ、そうだ忘れていました。
いけませんね。いつものことなのに、つい忘れてしまっていました。
至らないところがあってすみません。
じゃあ、両手をこちらに。
(ガチャッ)
…きつくないですか?
大丈夫そうですね。
では改めて、お風呂に行きましょうか、あなた?」
「………では、お湯をかけますね。
(シャー)
熱くないですか?
あ、はい。少し温度下げますね。
………このくらいの温度でよろしいですか?
…はい。
では、全身にかけていきます。
(シャー)
………ふう。
じゃ、今度はお背中お流しします。
(ゴシゴシゴシゴシ)
…かゆいところがあったら言ってくださいね。
………そうですか。
(ゴシゴシゴシゴシ)
…あなた、結構疲れてるんじゃないんですか?
この感触、ずいぶんと筋肉が固くなっていますよ。
お風呂から出たら、マッサージをさせていただきますね。
………
いえいえ、このくらい妻として当たり前ですよ。
(ゴシゴシゴシゴシ)
…では、背中以外も洗っていきますね。
楽にしててください。
(ゴシゴシゴシゴシ)
………背中以外も結構こっていそうですね。
これは、全身を念入りにマッサージしないといけません。
(ゴシゴシゴシゴシ)
…ふう、一通り終わりました。
後は、もう一度湯船に入って体を温めましょうか。
………
………
………
………あなた?
(ジャラッ)
…ああ、よかった。眠ってはいなかったんですね。
きちんと起きているなら返事をしてくださいね。
わざわざ、私が首輪の鎖を引っ張らなくてもいいように。
私がきちんと鎖の端を持っていますので、安心して、湯船につかってください。
温かいお湯はリラックス効果がありますから。
マッサージ前に、体を温めておきましょうね」
「…はい、あなた。あーん。
………どうですか?今日のビーフシチューの味は?
前日から仕込みしてコトコト牛肉を煮込みましたので、十分味がしみ込んでいると思うのですが。
…ふふっ。美味しそうな表情で何よりです。
では、続けてもう一口。あーん。
…よく噛んでくださいね。
あまりかまずに飲み込むと、消化しずらくて体に悪影響がありますから。
いくら牛肉が柔らかくても、そのまま飲み込んだら窒息の可能性だってありますし。
…そうそう。最低20回は嚙みましょうね。
………では、今度はシーザーサラダです。
今朝採りたての新鮮野菜を使っているので、野菜の鮮度は十分かと。
あーん。
…こちらもよく嚙んでくださいね。
生ものですので、よく噛まないと飲み込めませんから。
………美味しそうに食べてくれて何よりです。
………
………
………
さて、大体食べ終わりましたね。
どうでした?今日の料理は?
どれが一番、美味しかったですか?
………
………ああ、ごめんなさい。目隠しと耳栓をしていたので、こちらの声は届かないですよね。
それだと質問が届かないのも当然です。
(ギシギシ)
どうかしましたか?
トイレ…にはまだ早いタイミングでしょうし。
身じろぎしたくなっただけでしょうかね。
まあ、両手両足をベッドにつなげていてまともに体を動かせないので、無理もないのでしょうけど。
…大丈夫ですか?
何かあったのなら、首を3回振ってください?
…特にないようですね。これは予め言ってあることなので、わざわざも聞くまでもありませんが。
………
…それにしても、本当にあなたはこんな状態を受け入れてくれるんですね。
あなたからプロポーズされた時、私は最初、それを断ってしまいました。
あなたのことは心の底から好きでしたけど、私のこんな愛情表現のことは、打ち明けていなかったら。
言わないまま別れるつもりでしたけど、あなたはそれでは諦めずにアプローチを繰り返してくれました。
何度も何度も会っていく中、観念してこのことを打ち明けたら、
『全部受け止めてあげる』
って、言ってくれましたよね。
…実のことを言うと、その言葉を信じてはいませんでした。
でもこうして何年も私の愛を受け止め続けてくれて、そろそろ、あなたからの愛情も信じられるようになってきました。
私は、あなたのことが大好きです。
あなたのすべては私が管理してあげます。
これまでも、この先も。
愛していますわ。あ・な・た」