049 手塩にかけて育ててきたアイドルをねぎらっていたらいつの間にか結婚の約束をさせられた…
「(ガチャッ)
たっだいまー。
あっ、社長、お疲れ様でーす。
今日も営業がんばってきました!
いい感じにプロデューサーも褒めてくれてたんで、次のお仕事もバッチシだと思うよ。
………ね、ね、社長。頑張ってきたご褒美ちょうだい?
(ストン)
………
えー、なんですか?その不満そうな声。
いいじゃないですかー、疲れてるんですよー。
歌の仕事も、バラエティの仕事も、ドラマの仕事も頑張ってる大事な大事な事務所のアイドルを、ちょっとくらい膝の上に乗せてくれたっていいじゃないですかー。
…ありがと、社長。
ついでになでなでも―。
(なでなで)
ふふふっ♪
………
それにしても、この新しい事務所、ずいぶん広いですよね。
マネージャの部屋があって、事務所の部屋があって、アイドルの控室もあって…
しかもビルの15階!
前のビルの時も結構広かったですけど、その倍はあるんじゃないですか?
………そうですよね。そうですよね。
この事務所の一番たる稼ぎ頭の私のおかげですよね。
なら、もっとねぎらってくれてもいいんじゃないですか?
(なでなで、なでなで)
へへっ♪
…最初の頃の、私と社長だけの時とは大違いですよね。
最初は事務所じゃなくてマンションの一室で。
控室もないどころか、5人一緒に入るのも無理な感じな広さでしたし。
そこから他のアイドルもだんだん増えて行って…
お仕事も多くなってって…
私もテレビにバンバン出れるようになって…
今じゃ毎日のようにテレビ出て、本当に忙しくて、夜もまともに眠れませんよ、まったく。
本当の本当に、どれもこれも社長のおかげ…
社長、大好きー。
私と結婚して―。
(ぎゅー)
………
…またそうやって適当にごまかす。
うーん………
あのね、社長。
言っておくけど、私結構マジで言ってるからね。
いつもいつも適当な感じに言ってるからって、適当に言ってるわけじゃなくて、マジのマジの告白。
毎回毎回私は真剣に告白してるのに、毎回毎回のらりくらりかわされる身にもなってください。
………
『アイドルとしては好き』って…いやいや、だからそういう答えを聞きたいんじゃないですって。
…私、社長には感謝してるんです。
田舎から都会に出てきたほぼ無一文の私を拾ってくれて。
親身になってここまで育ててくれて。
こんなにも表舞台に出られるようになって、その間ずっとずっと一緒にいて。
社長のこと好きじゃなかったら、アイドルここまでやってないですよ。
………あー、それともあれですか?他に好きな女の人がいるとか?
そーいえば、ナントカ賞を取った主演女優と最近ずいぶんと仲が良いみたいじゃないですか。
………なんで知ってるって、この間あった特番の打ち上げでその人とちょっと話したんです。
その時にかなり社長のこと色々言ってたし、あの目は結構なマジな感じでしたよ?
まあ社長としては、あっちの芸能事務所とのパイプ作りが狙いだったのかもしれないですけど。
でももし、あの女優に本気でアプローチされたら、まんざらでもないんじゃないですか?
この間も嬉しそうな顔で、楽しそうにスマホで連絡とってましたし。
…あ、別に覗いてたわけじゃないですよ。たまたまスマホの画面がちらっと見えただけです。
………でもどうしよっかなー。
このまま社長がうんって言ってくれないなら………そーだ!
今度の生放送で、『結婚します!』って言って、アイドルやめちゃいますよ?
………いやいや、今や世間の話題の中心たるアイドルですし、私。
一度言っちゃたら、そのあとどれだけ否定しようと取り消しはできないですって。
宣言ついでに…
(パシャッ)
こんな、今みたいにぴったりくっついてる写真とか。
ほっぺにチューしてる写真とか。
一緒の布団で添い寝してる写真とかを世間に出したら、みんな真実だって信じてくれますって。
…うん?ああ。このチューの写真は、忘年会の時に社長が酔ってるスキにやったやつで。
添い寝の方は、駆け出しバリバリの頃、お金がなくて旅館で一緒の部屋に泊まった時イタズラで撮った写真です。
私としては大事な大事な社長との思い出写真のつもりだったんですけど、これをみんなに見てもらうのもアリかなって。
………え?いや別に、アイドルそのものに未練はないですよ?
確かに社長と一緒にここまでやってきて、アイドルの仕事も結構楽しいですけど。
でも、それもこれも、社長のためになると思ってやってきたことです。
私にとっては社長が言うから、社長のために、社長に喜んでもらうためにやってきたことでしかないです。
なので私はアイドルやめることに躊躇はないですよ?
しばらく暮らしていく分には、十分なお金もありますしね。
………それでそれで?どうします、社長?
生放送で結婚宣言して、私がアイドルやめて世間に私の恋人として見られるか。
ここで私の告白を受け入れて、私にアイドルを続けさせるか?
もし今私がアイドルやめたら、この事務所はどうなっちゃうんでしょうね?
事務所のアイドルの中で、売り上げの半分以上を稼いでる私がいなくなっちゃったら、この広ーいオフィスも、他のアイドルの子達も、他のスタッフの人達も、ぜーんぶ、ここからなくなっちゃいますよ?
残るのは私だけ………
…選んでください。
私だけをとるか。
私と、他のアイドルとスタッフの全部を取るのか。
私は別に、どっちでもいいんですけど。
………
ありがとうございますっ♪社長♪
じゃあ口約束ってのもあれなんで、誓約書お願いしますねー。
ちょっとこのパソコン借りまーす。
…えっとー、これからはご飯は一緒に食べてー、週に一回は添い寝してー。
それから、会社の外の女の人とは関わらないでー、私がここにいる時間は全部私のために使ってー…
…ま、こんなところだね。
じゃ、この誓約書にサインしてください。
………ありがとうございます。
あっそうだ。じゃあついでについでに………これ!
これにもサインとハンコお願いします。
…何かって、見ての通り婚姻届けですよ。私の名前とハンコは記入済みです。
私の告白を社長が受け入れてくれた時のために、いつもいつも持ち歩いててよかったー。
………ん、ちゃんとサインしてくれましたね。
…あ、もちろん、提出するのは待ってあげますよ。
今本当に結婚しちゃうと色々とまずいのは、私にもわかってますから。
だから、今はまだ、ね。
………あっ、いけない!もうこんな時間!
そろそろ出ないとやばい時間…
………社長、ちょっとこっち向いてください。
(チュッ)
ふふっ。ファーストキス、社長にあげちゃった。
…それじゃあ社長、レッスン行ってきまーす。
(ガチャッ)」