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042 絵にしか興味がない美術部員はほのかな恋心を絵で表現する

「(ペタペタペタペタ)

(サッサッサッサッ)

………

………

………

(…ガラガラ)

………誰?

今集中してるところだから、邪魔しないでくれる?

…見てわかるでしょ?

絵を描いてるのよ、絵を。

今いいところなんだら、誰だか知らないけど………ん、あ。

………

………

………

(ガタッ)

…ええ、休憩。誰かさんの邪魔が入って、集中切れちゃったしね。

(ゴクゴク)

…ふー。

え、別にあなたの分はないけど。

あなたのを用意する必要があるの?

………

………で、何の用?

…美術部の部費?

なんでそんなのを私に…

美術室に部長いなかったの?

………ああ、そういえば、今日は外でスケッチだったっけ。

…でも、部長がいないんならどうしようもないわよ。

私は一応副部長だけど、そんなの肩書あるだけだし。

美術部に所属してるのだって、学校で絵を描くのに都合がいいだけ。

こうしてあっちの活動にはまともに参加してないのがいい証拠でしょ?

私は大体ここにこもって絵を描いてるだけだから、部費とかの話を聞かれても答えられないわ。

………そう。あの絵を描いてたの。

お城のバルコニーで王子様を待つお姫様の絵。

…別に全然よ。

まだ半分も描いてないし。上手いとか下手の前の段階よ。

………この絵のイメージ?

そうねえ…

私、入学式の日、遅刻したのよね。

「遅れてもいっか」くらいの感じだったからゆっくり歩いてたんだけど、その時同じように遅れてきた新入生とぶつかったの。

ちょうど私が持ってた絵の道具が派手に散らばっちゃって…まあ別に学校に持ってくる用のやつだったから、全然安いやつなんだけどね。

私が拾ってて、ぶつかってきた相手も拾うわけだけど、急いでたくせにやけに丁寧に拾ってたの。

「壊れたらまずいから」って。

その時のそいつの態度が何というか、今までにないタイプの人だったから、なんとなく気になってね。

………ん?ええ、絵の話をしているの。

こういうのってインスピレーションがないとダメだからね。

だから、そのインスピレーションの話。

で、その人にまた会えないかなーって、そういう想いを表現した絵ってわけ。

………

んー、どうだろうね。

会えたと言えば会えたし、会えてないと言えば会えてないって感じかしら。

だってそいつ、その時のこと、全然全く覚えてないみたいだし。

………私がどんな想いで…

いえ、何でもないわ。

で、そろそろいいかしら?部費の話は部長にでも聞いて。

………よいしょ、っと。

(ガタガタ)

…え?ああ、さっきのはやめて、新しい絵を描こうと思って。

ちょっと、新しいインスピレーションが湧いてきたから。

…今度の絵?

んー、そうね…

お姫様と王子様の出会いの絵、かな」




「(カリカリカリカリ)

(サッサッ)

………

………

………こんなところで会うなんて奇遇ね。

…まあ覚えてるわよ。

私、人付き合いそんなに多くないから。

話したことがある人自体が珍しいから、あなたのことも覚えてるってだけ。

………別に、私だってショッピングモールくらい来るわよ。

学校の近くで一番大きいショッピングモールなんだから、私が来たっていいでしょう?

ま、わざわざ来たのにスケッチに絵を描いてるなんて、変なやつだって自覚はなくもないけど。

………うん。いいわよ。別に見ても。

…そう。猫じゃらしをどこまでも追いかけてる猫の絵。

好奇心旺盛で、わき目も降らずに走り続けてる猫。

………どんな絵を描こうが私の自由よ。

………

…ところで、あなたって結構優しい人なのね。

さっきたまたま見たけど、道に迷ってる人、案内してたよね。

………言ったでしょ。たまたまって。

あの人、無事に目的地まで行けたの?

ふーん。よかったわね。

…あと、これもたまたまの偶然だけど、男の人とぶつかってたでしょ。

あなたはずいぶんと平謝りしてたけど、あれ、歩きスマホしてた男の方にも非があると思うわよ。

少なくとも、あなたがあんなに謝るほどじゃ………

いや、だから、たまたまだから。たまたま。

私の歩いていた所にいるあなたが悪いのよ。

だから、服屋で店員に押し切られて服を買ってたのを見たのも、

カフェでココアを頼んでるのを見たのも、

本屋で少女漫画の雑誌を買ってるのを見たのも、

全部、たまたまよ、たまたま。

勘違いしないでね」




「………

………

………

(ガラガラ…)

誰?………って、あなたか。

どうしたの?今、文化祭の撤収作業中でしょ。

役員のあなたがこんなところで油売ってていいのかしら?

………私はいつも通りよ。

ここで絵を描くのが私のルーチンだから。文化祭中もずっと、ここで絵を描いていたわ。

………別に。お祭りとか出店とか、そういうのに興味ないから。

絵を描くことの方が有意義っていうだけ。

………そう、この絵。

大きな木の下で、同じ青い服の子供達が遊んでいる絵。

ずっとこの絵を描いてたわ。

何せ、文化祭前はずっとあっちの方にかかりっきりだったしね。

なんで私が校門のアーチの絵を描かなくちゃいけないのよ。

………うるさい。それはあなた土下座してまで頼んでくるからでしょう。

土下座される方の身にもなってよ。

だいたい、あなたが集めてきたメンバーは全然絵のこと知らない素人ばっかりだったじゃない。

こっちの指示全然守らないし、何なら全部一人で描いた方が速いくらいだったわ。

………確かに、書き終わったのはぎりぎりだったけど、ちゃんと終わったんだから、もうとやかく言わないで。

…まあ、たまには、大勢とそういうことするのも悪くはなかったけど………何でもない。

それで?あなたの方は文化祭中は何やってたの?

役員だからずっと仕事?

…ふうん、自由時間もそれなりにあったんだ。

あなた方が誘ってくるのなら、一緒に回るのも考えなかったわけでも………

………へー、委員長と一緒に、ね。

まあ、それならさぞかし楽しかったんでしょうね。

あの美人な委員長と一緒に回れたのなら、なおさらね。

…別に、不機嫌になんかなってない。

あなたの気のせいでしょ。

じゃあ用がないならさっさと出てってよ。私はまだ絵の続きを…

………打ち上げ?

それって、役員とかの?

ふうん。役員とか、部長とかいろいろ集まるんだ。

ああ、あの駅前にあるおっきなカラオケで。

………行かない。

さっきも言ったでしょ。そういうの興味ないから。

…そう、絵を描いている方がよっぽどね。

こんな風、にっ。

(ベチャッ!)

………うん?

見ての通りよ?

赤い絵の具で色々塗りたくってるの。

遊んでた人物を次々赤く染めてるの。

………怪物が暴れまわった地獄絵図みたいに、ね。

…ええ、ええ。それじゃ。

(ガラガラ…)

(ベチャッ!)

(ベチャッ!)

(ベチャッ!)

………

………

………

………ふう。さて、と。

(ピッピッピッピッ)

…もしもし。

ええ、私。

ちょっと、今すぐ買収してほしいところがあるんだけど。

学校近くの駅前の………そう、そう。そのカラオケ。

…別に、何でもないわ。

まあちょっと、不幸な事故が起こるかもしれないけど」




「(ペタペタペタペタ)

(スイスイスイスイ)

………

………

………

(ガラッ)

…こんにちは。いや、もうこんばんわかしら?

………うん。そっちを見なくてもわかるわ。

ノックもなしにやってくる無礼な人は、あなたくらいしかいないってこと、何回もやってればさすがに学習するから。

………もう慣れすぎるほどに慣れたわよ。

結局3年間、何度も何度も何度も何度も訪ねてくるんだから。

こんな絵を描いてるだけの私に会いに来るなんて、本当に暇なの?あなたって?

…別に、邪魔しないのならいつ来てもいいんだけど。

手を動かしながらでも構わないかしら?ちょうど気分が乗ってるところだから。

…そう、ありがと。

………

そうそう、噂に聞いたけど、またあなた告白されたんだってね。

学園一の美少女って言われた才女に言い寄られたらしいじゃない。

人付き合いのない私の耳にまで入ってくるくらいだから、相当よね。

…で、その告白どうしたの?

………ふーん、また断ったんだ。

なんで断ったの?ああいう人に告白されるのって、男のロマンが何とやら、とかじゃないの?

…今は勉強に集中したいんだ。

あれ?あなたの夢ってなんだっけ?

船の船長だったっけ?

…ああ、そっちか。宇宙飛行士。

よくまあそんな夢を追いかけ続けられるわね。

その夢をかなえるために、勉強に集中、か。

………

………

………

………そうよ。これは青い鳥の絵。

鳥かごに入った青い鳥と、周囲を包む影の絵。

青い鳥は、鳥かごに入っていて自由がないように見える。

けど、もし鳥かごを出てしまったら、たちまち青い鳥は暗闇に取り込まれてしまう。

鳥かごに入っているからこそ、青い鳥は守られている。

自由がないからこそ、のびのびと青い鳥は生きていける。

…人間でもそんなものでしょ?

自由が広がれば広がるほど、その分不自由になる。

不自由だとしても、その中では自由が得られる。

飛び立つ自由があれば、その分何が起こるかわからない不安に駆られる。

そんなことになるくらいなら………

………

…ねえ、今度の休み、よかったら家に来ない?

3年間、なんだかんだ付き合いのあったあなたに、見せたいものがあるの。

………何って、それは見てからのお楽しみ。

…えー、まあ、そうねえ。強いていうなら………

『大きな鳥かご』、ってところかしらね。

………ええ、楽しみにしてる。

だってその日から、ずっとあなたと一緒にいられるんだから、ね」

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