037 無口で不愛想な図書委員はモノローグがとても忙しい
「………はい、お預かりします。
<ピッ>
どうぞ。
貸出期間は一週間で、返却日は来週の金曜日になります。
………
(…ふう、緊張した。
図書委員になって数か月だけど、貸出業務はいまだに慣れないな。
図書委員なら本がたくさん読めるかと思ったけど、仕事が多くてあまり読む時間があまりとれない。
だけど、委員会は全員一人一つはやらなければならないから、しょうがないか。
………
さて、本の続き)
………
………
………
あ、はい。お預かりします」
「………
………
………
<ペラっ>
(今日は利用者が少ないので読書が進むな。
最近はあまり本を読む人も少ないから、来ない時のカウンター業務は暇だ。
まあテスト前ともなると、テスト勉強する人が多いんだけど。
でもどうして、テスト勉強をわざわざ図書室にやるのか、不思議でならない。
こんなに本がいっぱいの空間で集中できるなんて、本当に本に興味がない人が多いのかしら。
………
でも、きっとあの人は、今日も来る。
いつも通りなら、そろそろ………)
<ガラッ…>
………!
(来た。
やっぱり今日もだ。
私がカウンターにいる時、いつもやってくる彼。
一週間に一度、必ず彼はやってくる。
………図書室内を歩いている彼。
目についた本棚から本を取って………こっちに来た)
………はい、お預かりします。
(今日は何の本を………え。
恋愛小説?
いつもはミステリーしか借りないのに、今日は恋愛小説だ。
………彼はたぶん、私に会いに図書室にやってくる。
見た目ではそんなに本とか興味がなさそうなのに、毎週毎週欠かさずやってくるのだから、そうに違いない。
そんな彼が、恋愛小説を借りた………
これってつまり、)
………え?あ、はい。
<ピッ>
どうぞ。
貸出期間は一週間です。
返却日は来週の金曜になるので、それまでに返却してください。
………
(「ありがとう」って言われた。
やっぱりそうだ。
恋愛小説を借りたというのは、私と付き合いたいという意思表示なんだ。
だって、いつもはミステリーとかしか借りないのに、急に『恋愛』小説を借りた。
それは「あなたに恋しています」という意思表示に他ならない。
図書委員である私に向けた、なんていうロマンチックな告白の仕方だろう。
ああ、これで私も彼氏ができたんだ。
本当に嬉しい日だ)
………
…なんですか、委員長?
………え、にやけていますか。
………
ええ、ちょっといいことがありましたので」
「………
………
………
<ガラッ>
(来た。来た。来た。
今日も来た。私の彼氏が図書室に来てくれた。
…彼は付き合いべたなのか、付き合ってからもこれまでと同じように、週に一回、ここで会うことしかできていない。
普通ならデートに行ったり登下校を一緒にするのだろうけど、そうしないのは私を思ってのことだ。
率直に言って私は話すのは得意じゃないし、にぎやかな場所もそんなに好きじゃない。
彼はそんな私に合わせる形で、今まで通りの付き合いを維持しているんだろう)
………あ、はい。
………え。
ええ、今日は委員長が遅れてて、今は私一人ですが…
(「今日は一人なんだね」と彼に言われた。
今日は一人………
ああ、そういうことか!
家とかにデートに行った時、「今日は親帰ってこないから」と同じ意味で、私一人きりだから、自分たち二人だけの時間だね、ってことを彼は言いたいんだ。
…彼と二人きり。
そう、恋愛小説とかなら、彼と二人きりになった時にやることと言えば………
………
………
………いやいや。○○とか○○○○とか無理無理!
彼が本当に私のことを好きなのはわかるけど、それはさすがに!)
………
<ピッ>
どうぞ。
………
え、あ、いえ………
(「忙しいのにごめんね」か。
よかった………
さすがにまだそれは早いということをわかってもらえたみたいだ。
………
………
………
でも、そういうことに興味がないわけでも、なくはないけど………
………
ああ、もう一回、誘ってほしいな。
次誘われたら、私は…)」
「…貸出期間は一週間です。金曜日までに返却してください。
………
………
………
(………どうしてだろう。
どうして彼は、週に一回だけ、ここに私に会いに来るのだろう。
いや、確かに私は人付き合いは得意じゃないし、あまりべたべたしたいというわけじゃないけど、それにしたって彼から会いに来るのが少なすぎるような気がする。
何回か私の方から彼のクラスに行ったこともあるけど、廊下から見ている私に、彼は全く気付いてくれない。
…本当に、私と彼は付き合っているのだろうか?
………
………
………
………あ、そうか。
確か古い風習かなにかで、婚約した男女は身と心を清めるために、入籍するまで一切接触しないっていうのを何かの本で読んだ記憶がある。
彼は見た目からは普通の一般人だけど、実はいいところの坊ちゃんであり、そういうしきたりを大事にする人なんだ。
なるほど。
週一回ここに来るのは、本を借りるという名目で、本当は会っちゃいけないのに、私に会いたくてやってくるっていうことなんだ。
そういうことか。
良かった。嫌われてるというわけじゃないらしい。
本当に良かった。
でも、それならどうして週に一回だけ………)
<ガラッ>
………
(彼だ!
………いつも通り本を手にとって、こっちに来る!)
………お預かりします。
<ピッ>
どう、ぞ………
(え、え。
今、彼の手が…
本を渡す時に、彼が私の手が、触れた。
手が、触れた。
接触できない彼と私が、触れ合った。
じゃあ、つまり、これは………
私と結婚したい、という意味だ。
だってそうだろう。
付き合ってこれまで、図書室で会うだけで一切接触してこなかったのに、今日、彼の手が私に触れた。
昔のしきたりでいえば、入籍までは手が触れないけれど、手が触れたら入籍するということになる。
だから、彼の手が触れたというのは、私と結婚したいという決意表明以外にはありえない。
………学生の内に結婚?
色々ハードルはあるかもしれないけど、それも悪くはない、かな。
両親にどう紹介しよう。
今まで引っ込み思案で人付き合いのない娘が、いきなり結婚相手を連れてきたら、どんな驚いた顔をするんだろう。
でも、そんなのは些細な障害だ。
私達の愛に比べたら、ちっぽけなハードルでしかない)
………
………
………なんですか、委員長?
…え、ああ、確かに。あの人、よく本を借りに来ますよね。
………え、委員長がいる日に限ってカウンターに来るんですか?
はあ、確かに、図書委員は持ち回りで週に2回、仕事がありますね。
私も、今日だけじゃなくて、火曜日も担当していますから。
………毎週2回とも、委員長がいる日に来る?
たぶん、たまたまだと思いますよ。
そんな偶然、世の中にはたくさんありますから。
………
(本当に偶然だろう、それは。委員長がいる日に限ってくるなんていうのは。
………
さて、彼が結婚したいというのなら、私はきちんとそれにこたえなくちゃいけない。
こういう時のために、カバンの中には婚姻届けがきちんと入っている。
私の名前も、すでに記入済みだ。
今度ここに来た時、これを彼に渡そう。
ああ、彼はどんな顔して、これを受け取ってくれるのだろう?
今から、とても楽しみだ)
………はい?変な顔をしていましたか?
いえいえ、気のせいだと思いますよ。
だってこれは変な顔じゃなくて、愛する人がいる人の、とてもとても幸せな顔ですから」