033 馴染みの店のクールなバーテンダー。酔いつぶれても送ってもらえてると信じていたら…
「………くさん。お客さん。
そろそろ起きてください。
…あ、起きた。
………おはようじゃないですよ。まだ夜の10時です。
もう、お客さんってば、すぐ酔いつぶれるってわかってるのに、お酒何杯も飲むんですから…
…今日は何かあったんですか?
来て早々、グラス5杯も続けて飲むなんて、珍しいですよね。
………
あー、会社でトラブル。それは大変ですよね。
………しかも、部長のせいないのに謝りに行かされたんですか。
それはそれは、なかなか難儀なことで。
でもだからって、飲み過ぎちゃだめですよ。
お酒にそんな強くないのに、いつもそうやって飲み過ぎるからすぐつぶれちゃうんですって。
あんまり店で寝てると、悪い人に連れてかれちゃいますよ。
………ちゃんと帰れてるから大丈夫だって?
あのねえ、それ、いつも私がやってるって、わかってて言ってます?
閉店の時間になっても酔いつぶれて寝てるお客さんをタクシーに乗せて、お金を出して、行先も告げてるのは私なんですよ?
………お金?
ああ、別にそれは構いませんよ。
うち、そういうお客さんいっぱいいるんで、店の経費で落とせますから。
とにかく、ちょっと嫌なことがあったからって、飲んで解決するのは止めた方がいいですよ。
………売り上げがあがるって?
いやいや、酔いつぶれた人の介抱する方がよっぽど手間なんですけど。
私以外のバーテンは、店の外に放り出すだけの人も結構多いんですよ?
お客さんがきちんと家に帰れているのは、私のおかげなんです。
………はいはい、お礼はいいので、飲み過ぎない程度に飲んでってください。
………
………本当に、悪い人に連れてかれちゃいますからね」
「………おーい。おーい。
お客さんー?
…ダメっぽいですねこれは。今日も完全に、酔いつぶれちゃってる。
………店長ー、私今日もう上がっていいですかー?
私、このお客さん送ってくてんで―。
…はーい、ありがとうござまーす。
じゃ、よいしょっと………。
お客さん、家に帰りますよー。
………返事なし、か。
………
………
………
ま、そっちの方が好都合だけど」
「………あ、起きました、お客さん。
…ああ、ここですか?
ま、知らない部屋だったら当然疑問に思いますよね。
ここかどこかというと………ホテルです。
店とお客さんの家からほどほどの位置にある、ホテルです。
…なんでこんなところにって、今のお互いの姿見ればわかるでしょ?
私がここに連れ込んで、お客さんのこと襲ったんです。
だから私言ったじゃないですか。悪い人に連れてかれるって。
まあ、その悪い人は私なんですけどね。
…うん?
ええ、もちろん今日だけじゃないですよ。
今日でもう、ええと………そうそう、5回目です5回目。
………覚えてないって?
まあ、そうでしょうね。
お客さん、お酒入ると何もかも忘れちゃうタイプの人だから。
だから5回も私に襲われちゃうんです。
いや別に、私も最初からこんな方法で襲おうなんて思ってなかったんですよ?
ちゃんと告白してから清く正しい交際を、なんて思ってた時期もありました。
でもお客さん、酔いつぶれると何にも覚えてないんですもん。
寝顔のぞいたり、頭なでたり、ほっぺたつんつんしたり。
財布から免許証取り出したり、ポケットからこっそり鍵拝借したり、勝手に家に上がったり。
………私を助けてくれた時のことも、全然これっぽっちも。
前に、酔ってるたちのお客さんに絡まれた時、本当に私怖かったんですよね。
顔ではクールにふるまってますけど、内心バクバクで、心臓発作で死ぬんじゃないかって、思ったくらいです。
でもその時、お客さんが私のことを助けてくれた。
それこそ、ヒーローみたいに、ね。
お客さんは全っ然、これっぽっちも覚えてないんでしょうけど、私は今でも鮮明に覚えているんです。
…これまでも結構、アプローチしてきたつもりなんですけどね。
でもお客さん、次の日には忘れちゃうから意味なくて。
まあ、だから、こうして襲っちゃえばいいかなって。
…あ、そうだ、写真写真。
(パシャッ!)
………よし、これでいいかな。
もう5回目ですし、そろそろ、素面の時のお客さんにバラしてもいいころですか。
なんだかんだで優しいですから、これまでの写真見せて、既成事実を突き付けて、『付き合ってくれ』って言えば、さすがに交際してくれますよね?
…ああ、別に、今答えてくれなくてもいいです。
酔ってる時の返事だと、意味ないですからね。
………その代わり、もう一回、しましょうか?
大丈夫ですよ。
朝には全部忘れて、自分の部屋で目を覚ましますから。
今は夢だと思って、自分の欲望のまま、本能のままに行動すればいいんです。
私も本能のままに、私の愛を、これ以上なく、与えますから。
ただ、私の愛を全て受け取ってください。
…愛してますよ、私の愛し愛しのお客さん」




