268 陸上部エースの彼女は部活の練習中に彼と遭遇しては親しげに会話をして颯爽と去っていく
「(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
………おー、君か。
こんなところで会うとは奇遇だね。
………私は見ての通り部活中さ。
まさかプライベートで学校のジャージ着て町中を走ったりはしないさ。
…君の方はまあ、帰宅途中といったところか。
………そりゃあな。放課後に制服を着て鞄を持って歩いているところを見れば、それ以外はあるまい。
………ふむ、なかなか美味しそうなものを持っているね。
買い食いは不良のやること、と言いたいところだが、今の私からすれば羨ましい限りだ。
………いやいや、いいよ。
空腹とはいえ、部活中だからね。
運動中にハイカロリーなものを食べるとお腹を壊しそうだ。
食べるとすれば私も部活の後にするよ。
………あー、そうだ。
さっき走ってる途中で見つけたんだが…
………これ、もしかして君のじゃないのかい?
…やっぱりそうだったか。
そのハンカチ、いつも君が学校で使っているのを見てたからね。
君のじゃないかと思ったんだが、やっぱりそうだったか。
………ああ、すまない。
君のものだというのはわかってたんだが、こうして走っていると汗をかいてしまうからね。
一応気を付けてはいたんだが、ポケットに入れてても少々湿ってしまっているね。
もし気にするということなら、洗ってから返すが…
………そうか、君は心が寛大だな。
………いやいや、別に拾ったのはたまたまさ。
そんな大したことじゃないことで、お礼を言われるのも筋違いだろう。
…さて、私はそろそろ部活に戻る。
君も暗くならないうちに帰るといい。
夜が危ないというのはいつの時代でも同じだかね。
では、アデュー。
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)」
「(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
………
………
………
………やあ、君じゃないか。
奇遇だね。
今日はいつもとは違うコースを走っていたんだが、よもや君と出会うとは。
ファミレスの前ということは、君は少し早い夕飯ということなのかな?
私は部活前にある程度腹に詰め込んではいるのだが、こうして走っているとすぐにお腹が減るから困ったものだよ。
………ふーん。夕飯ではないと?では、どういう理由でこんな場所へ?
………
…なるほど、勉強のためか。学生の鑑だな。
私は成績はまずまずといったところだが、君は上位に入るほどの成績優秀者だ。
…もちろん知っているとも。君の事ならばなんでもね。
………冗談さ。たんに君が受験対策の補習コースに通っているのを知っていただけさ。
あれって確か、かなり高いランクの学校に行く人が受けているはずだからね。
だから君もそうじゃないかと思っただけのこと。
…しかし、そういう成績優秀者は勉強する場所も一味違うのだね。
私なんかでは、こういうざわざわしたところではなかなか集中できないものだが…
………ん、それも違うのかな?
………
………あー、なるほどなるほど、そういうことか。
今そのガラスの向こうにいる彼女。彼女と勉強するためにここに来たというわけだ。
とっさに視線を逆に向けたようだが、わざとらしすぎて逆にわかりやすかったぞ。
………いやいや、皆まで言わなくてもいい。
ほらほら、早く彼女の下へと行った方がいい。
私もそろそろ退散することとしよう。
すまなかったね、邪魔をしてしまって。
それでは、アデュー。
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)」
「(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
………ふー。休憩しよう。
(チャリン。ポチッ。ガコッ)
(トントン)
………ん?
おや、君か。
こんな場所で会うとは、数奇な巡り会わせだな。
…おや、これを私にくれるのかい?
では、ありがたくいただくとしよう。
(ゴクゴクゴクゴク)
………生き返る生き返る。
………ああ、今日は自由参加の練習なのだがな、レギュラーでもある私が不参加のわけにもいかないから、こうして率先して練習に励んでいるというわけだ。
………まあつい調子に乗り過ぎて、こんな遠い場所まで走りに来てしまったのだがね。
………そういう君は、ふむ。
正装のような恰好をして、知り合いの結婚式にでも赴くのかな?
この近くにはチャペルも何もないはずなのだが………
………どうしたんだい?
そんなに慌てたような顔をして。
(スタスタスタスタスタ)
(ピタ)
………おや、彼女は…
………
…はっはーん。そういうことか。
休日。待ち合わせる二人の男女。
といえば、あれしかあるまい。
これから二人はデートなのだな。
………
…ふむ。二人して首を振って否定するのか。
まあ、否定するのならばそれでもいいさ。
せいぜい二人してデート…ではない何かを楽しんでくるといい。
私は陰ながら、そんな二人を見守っておくことにしよう。
それでは、アデュー。
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)」
「(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
………
………
………
………おやおや、そう逃げなさんな。
…?なにも不思議なことはないだろう?
いくら君が自転車に乗っているからと言って、全国レベルのを持つ私の足で追いつけないはずがないのさ。
走りながらこうやって会話する余裕があるくらいにね。
………
…いやいや、君がおとなしくしてくれていれば、私もわざわざこんなことをせずに済むのだがね。
…しかし君は約束を破った。
だからこうして君を追いかけているというわけさ。
………そう、君はこの間、彼とデートに行っただろう?
二人してデートではないと否定したが、休日にわざわざあんな離れた場所にいて、デートでないわけがないだろう。
私は言ったはずだよね?
『彼と恋愛関係にはならないでくれ』と。
少し彼とおしゃべりをしたり、勉強するのならばまだいい。
だがしかし、デートはダメだろう、デートは。
私の将来のパートナーである彼が、他の女とデートしていい道理はない。
せっかくこの間、君が盗んだハンカチの件は不問にしたというのに、舌の根も乾かぬうちのこの所業。
反省の色がないと見えるね。
やれやれ、今日はどんなおしおきがお望みかな?
私から逃げられるとは思わないでくれたまえ。
例え君がバイクや自動車に乗っていようと、必ず私はこの足で君を捕まえる。
世界中の果てにまで逃げようと、見つけ出してお仕置きをする。
彼を手にかけるということは、そういうことだということを、たっぷりじっくりねっとりと、わからせてあげないと。
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)
(タッタッタッタッタッタッ)」




