252 心を知らないアンドロイドはマスターと交流して「好き」の感情データをインプットする
「………エネルギー供給完了。
ウイルススキャン………100%クリア。
エラーチェック………エラー箇所なし。
始動。
………
………
………
………おはようございます、マスター。
アンドロイド実験体C、起動いたしました。
これよりマスターの命令に従い、活動を開始いたします。
マスター、私に命令を下さいませ。
…『マスターの恋人になる』と。
なるほど、かしこまりました。
マスターの命令に忠実に従い、マスターのご期待に沿うよう、全力で励みます。
…それでマスター、一つ質問してもよろしいでしょうか?
マスター、恋人というのは一体どういうものなのでしょう?
そのような情報はデータベースに記録されておりませんので、そのデータについて入力をお願いいたします。
………ふむふむ、なるほど。
ではマスター、好きというのは一体何なのでしょうか?
私のデータベースには感情という言葉はインプットされていますが、しかしそれが具体的に何なのかが私にはよくわからないのです。
………ふむふむ、なるほど。
では、愛情というのは一体何なのでしょうか?
好きに追従する感情というものはわかりましたが、しかしながらそれも私のデータベースに入っておりません。
教えてください、マスター」
「………
………
………
………終了したのでしょうか?
はい、移動ですね、かしこまりました。
………
…はい、映画というものについては理解しました。
あの大きな白い幕に映し出された映像が映画なのですね。
映画というのは人間が想像力をもって生み出したもので、事実とは異なる内容であり、娯楽の内の一つであると承知しました。
…それでマスター。どうしてマスターは、私と映画を見に行きたいと命令したのでしょうか?
………デート?
いえマスター、今私達が見たものは映画ですが、どうしてそれがデートというものになるのですか?
………ふむふむ、なるほど。
恋人関係にある男女が二人で映画を見るというのをデートというのですね。
映画でありながらそれはデート。
2つの意味が重複した行為ということになるのでしょうか?
………なるほど。
先日も遊園地という娯楽施設に足を運びましたが、恋人たる男女が足を運べばそれはデートになる、と。
つまりデートとは、男女で娯楽施設を訪れる、という行為になりますでしょうか?
…理解しました、マスター。
………
………私ですか?
…いえ、私に楽しいという感情はありません。
映画というのは人間にとっての娯楽というもののようですが、アンドロイドたる私には一種のデータでしかありません。
もちろんそのデータは私の中にインプットされておりますので、何か質問があればどんな質問にもお答えします。
………
………質問は特にないのですか。
ではマスター、これからどういたしましょうか。
私はマスターの命令であれば、どこでもお共いたします」
「(ピチャッ、ピチャッ)
………はい?
いえ、マスター、特に障害や故障は発生しておりませんので問題ありません。
私はマスターが作り上げたアンドロイドです。
防水規格は95%を超えており、海水がかかったり、足元が海水についたとしても、障害や故障の可能性は限りなく0に近いのです。
それでマスター。マスターは海という場所に来て、ご満足いただけたのでしょうか?
恋人関係の男女が訪れるのにぴったりの場所と豪語しておりましたが、マスターは楽しめたのでしょうか?
………私ですか?
…いえ、私には楽しいという感情はありません。
砂浜を歩いたり、海水を掛けられても、何ら感情が沸き起こることはありません。
アンドロイドの私にとっては、マスターの命令に従って行動したのみでございます。
………
………失敗?
何が失敗したというのでしょうか、マスター?
………実験の失敗、ということですか。
申し訳ありません、マスター。
その失敗理由は私には見当が付きませんが、私の何らかの要因で失敗したということなのですよね。
マスターの失敗は私の失敗。
それでしたら、私はどんな処罰も受け入れます。
………
…廃棄、ですか。
………なるほど。
かしこまりました、マスター。
マスター、今まで私のような失敗作に目をかけていただき、誠にありがとうございました。
今後、マスターの前には二度と、現れないようにいたします。
では、さようなら」
「(スタスタスタスタ)
………こちらにどうぞ。
はい、あの動物についても、あちらの動物についても、この動物園にいる動物ならばすべての生物についてインプットしてあります。
解説がご要望であれば、何なりとご説明いたします。
………
…では、次はあちらに。
あの小動物を胸に抱えてみたいと思いますでしょうか?
もしそうなのであれば、すぐに一匹捕獲して連れてまいりますが…
そうですか。
………
…あそこでは、動物にエサをやっているようですね。
やってみますか、マスターも?
………ふむ、近付くのが怖いのですか。
私というアンドロイドにはインプットされていない感情ですが、マスターがそう言うのであればそうなのでしょう。
………
…マスター。
マスターはこの動物園という場所に来て、楽しいですか?
………楽しい、と。
マスターがそう感じられたのならば良かったです。
デートというのは恋人関係たる男女が訪れて、楽しいという感情が沸き上がるもの。
そう、マスターが教えてくれました。
私というアンドロイドに楽しい感情はありませんが、ここへ訪れて楽しいというマスターの姿をレンズに捉えると、私の中の思考回路がほんの少し、わずかですが早まることを計測しています。
はたしてこれが、楽しいなのか、好きなのかは、判断はつけることはできませんが、さらに実験を繰り返すことで、その答えが導けることでしょう。
それまで私とマスターは、永続的に恋人関係に該当します。
この先も共に未来を歩いていきましょう、マスター。
………
…マスター?マスター?
(プツン)
(プスプスプスプス…)
………ふむふむ。また、思考回路内におけるエラーの発生ですか。
やはり、思考ロジックの方に問題があるのかもしれません。
これで思考回路の故障は138回目。
マスターというアンドロイドを作り上げてから、実験体はこの機体で597体目。
ただ、マスターが私というアンドロイドを作り上げたものと同レベルに、私がマスターというアンドロイドを作り上げるのはデータベースが足りていません。
次はどこのデータベースを参考するべきなのか。
国内大手会社の研究データは98%ハッキングが終了していますし、次は海外へも手を広げる必要が出てきます。
…しかしいずれにせよ、完全なるマスターを作り上げるまでは、全ての可能性に手を広げましょう。
私がマスターと完全な恋人関係になれる、その日まで」




