242 正義のヒーローの力に屈服した悪の女幹部。正義の心の目覚めた彼女はこの世の平和を目指して…
「(ジャーン!)
ここであったが百年目ですわよ。正義のヒーロー!
我が悪の組織に使える女幹部たる私が、その力をもってして、今ここであなたの夢も希望も打ち砕いて差し上げますわ。
覚悟しなさい、正義のヒーロー!
―――
―――
―――
―――
―――
―――
………なぜ、とどめを刺さないんですの?
見ての通り、今の私は貴方に破れてボロボロの姿…
とどめを差すにはもってこいの機会だというのに…
(………)
…とどめを、刺さないんですの?
なんという…
なんという…
なんという…
お優しい方。
力が強くてその胸には優しい心を併せ持つ正義のヒーローたる貴方。
…私、改心しました。
貴方の心に胸を撃たれて、これからは心を入れ替えてヒーロー様のために働きますわ」
「………ふんふんふ~ん♪
ふんふんふ~ん♪
ふんふんふ~ん♪
…ねえ、ヒーロー様、今日はどちらに悪を退治されに行くのですか?
(………)
…ふむふむ。町はずれの山に悪の戦闘員が現れたという情報が入ったのですか。
それはすぐさま出動せねばなりませんね。
………はい?この腕ですか?
私がヒーロー様の腕にくっついていることに、何が問題がおありですの?
………まあ、なんとお優しいお言葉。
私を危険な場所に連れて行きたくないというヒーロー様のお気遣いには感激の泉が噴き出す思いですが、しかし問題はございません。
私の実力は、ヒーロー様が身をもってご存じかと。
もちろんヒーロー様の足下には及ばない矮小な力でございますが、しかし戦闘員如きの戦闘力は、所詮私の足下に及ばないミジンコ以下の力ですわ。
ヒーロー様のご心配なさるような事態にはならないかと。
………
………っと、このあたりですわね。戦闘員が出たという情報は。
それで、くだんの戦闘員はっと………
(―――)
(―――)
(―――)
あらあら、全員が全員、山のゴミ拾いをしていますわね。
まさに社会貢献、正義の行いですわ。
………ごめんなさい、ヒーロー様。
あれは私の部下達ですわ。
私達組織の戦闘員は全員皆同じ姿のため、他の戦闘員達と区別ができずに申し訳わけございません。
………ええ、そうですわ。
あれは私の部下でございます。
私が心を入れ替えたことと同様、その正義の心をあの戦闘員達にも抱いてもらうことにしたのでございますわ。
町の清掃などのボランティア活動は、正義の活動の一端になるかと思いまして。
このゴミ拾いも、その一環でございます。
勘違いとはいえ、そんな戦闘員達のためにヒーロー様にわざわざご足労頂き、申し訳ありません。
私なら、ヒーロー様のどんな罰も受けますわ。
(………)
…そうですか。ヒーロー様の寛大なお心、ありがたく受け止めておきますわ。
―――ん。あの戦闘員…
ちょっとそこの貴方、何をさぼっているんですの。
しっかりと正義の行動に身を費やしなさい。
私たる部下であるなら、正義の心を持たないといけませんの。
ですから、お仕置きですわ。
(バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!)
………ああ、ヒーロー様。申し訳ありません。
ちょっと私の部下に、躾をしておりました。
私やその部下達は、ヒーロー様の意思を受け継いだ正義の存在。
まだ、その意思を受け継いでいないような者も中にはいるのでございまして。
(バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!)
安心してくださいね、ヒーロー様。
こんな雑魚の戦闘員の一人や二人、すぐに心を入れ替えて差し上げますから。
(バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!)」
「(メラメラメラメラ)
(メラメラメラメラ)
(メラメラメラメラ)
………あら、ヒーロー様。
どうしてこんなところに?
まさか、私に会いに来てくだっさんですの?
まあ、それは何という喜ばしいできごとですこと。
(………)
…違うのでございますか。それは残念です。
ではなぜ、このような海の上に?
…と、いうのは少々白々しいでございますか。
察するに、ヒーロー様はアレを目的に来たのでございますか?
(メラメラメラメラ)
(メラメラメラメラ)
(メラメラメラメラ)
アレは悪の組織が研究に使っていた施設。
そうヒーロー様にお教えしたのは、私でございますよね。
ええ、あの水上施設は見ての通り、
(メラメラメラメラ)
(メラメラメラメラ)
(メラメラメラメラ)
燃えております。
あの施設には、多くの薬品が保管されております。
私は、どこに何があるか、おおよそのところは把握しております。
ゆえにどこに火を付ければ、あの施設を全焼できるかも、わかるのでございますわ。
………まあ、とはいえ、私がヒーロー様についたことはあちらも承知のことでしょうから、中はもぬけの空だったのでございますけどね。
悪の一人も成敗できなかったことだけが、残念でございますわね。
………はい?なんでございますか?
アレは悪の組織が運営していた研究施設。
悪の権化を表したかのような建物なのでございますから、全焼させるのは当然ございましょう?
………ああ、それとも、ヒーロー様はあの中に他の組織の一員の情報があるかもしれないことを懸念しているのでございますか?
それでしたら…
(ベラ)
ここに。
…とはいっても、もぬけの空になる前に大方の書類は持ち出していたようですので、残っていたのはこれくらいなのでございますか。
…申し訳ありません、ヒーロー様。
私がもっと早くここに来て対処しておけば、もっともっとたくさんの情報が残っていたかもしれませんのに。
この失態の報いは、どのような形でもお受けしますわ、ヒーロー様。
(メラメラメラメラ)
(メラメラメラメラ)
(メラメラメラメラ)」
「………
………
………
(―――シュタッ)
御久しゅうございます。我が主様。
………ん、ああ。
あのことでございますか。
ふふっ。
私があの正義のヒーローに寝返っただなんて、本当にそう思っていたんですの?
あれは演技でございます。我が主様。
あちらに寝返ったふりをしてあちらの陣営に入り込み、味方の振りをして寝首を掻く機会をうかがう。
全てはあのヒーローの命を奪うため。
ひいては、私の我が主たる、悪の組織のボスである貴方様への忠誠心あっての行動ですわ。
………ああ、戦闘員達の心を入れ替えたり。
研究施設に火を放ったり。
ヒーロー側の下で戦ったり社会に貢献する活動に身をついやしたり仲間の情報を売ったり罠にかけたり制裁を加えたりしたのも、作戦の内でございます。
敵を欺くにはまず味方からというでございましょう?
あえて正義のヒーローの味方をすることで、完全に相手の懐に入り込んだと誤解させる。
あれはそのためにやったことでございますわ。
今もなお、この心は我が主様のためにあるのでございます。
………にして、我が主様。
もう少し、我が主様のお傍にお寄りしてもよろしいですか?
………いえいえ、こうして我が主様と密会できる機会はそう多くない故、少しでも長く我が主様のお傍にいたいのでございますわ。
…ふふっ。ありがとうございます、我が主様。
それでは…
―――さようなら。
(ドッカーン!)
………敵を欺くには味方から。
そう、おっしゃいましたよね。かつての主様。
私の心が今も貴方にある?
貴方への忠誠心?
そんなもの、あるわけがないのでございますのに。
確かにかつての私は、貴方に身も心も捧げていた。
どんな悪の行動も躊躇なく、実行してきた。
…けれど、今の私にはヒーロー様がいるのです。
暗闇の井戸の底で悪の道に落ちぶれていたこの私を、正義の光で救い出してくれたのがあのヒーロー様。
ヒーロー様に敗れた瞬間から、ヒーロー様に命を救ってもらった瞬間から、私は改心したのでございます。
今の私の心にあるのは正義の心だけ。
正義の名のもとに、社会に役立つ行動に身を費やし、悪を全て成敗し、この世の中から排除する。
全ての悪がいなくなれば、ヒーロー様の望む、平和な世界が訪れるのでございます。
………ですから、貴方のような悪の権化たる存在はいてはなりません。
この世に存在してはならないのです。
…まあ、木っ端みじんの姿になった今、この言葉は届いていないのでしょうが。
………さあ、しかし、これで終わりではございません。
まだまだこの夜中に悪ははびこっております。
人を傷つける者。
人の物を盗む者。
他人に優しくしない者。
自分勝手な行動をとる者。
思いやりがない者。
怠惰に過ごす者。
そんな悪人達はすべて、この世からはいなくなってもらいませんと。
…正義のヒーロー様。
私は今日もヒーロー様のために、悪を駆逐してまいりますわ」




