202 魔王城に住む魔王の娘は勇者達を滅ぼす傍ら、か弱き存在のスライムと交流を深めていき…
「(スタスタスタスタ)
(プシャッ)
………ん?
何か踏んだかの?
…ああ、スライムか。
ちっこい寸胴から気付けなかった。
………大丈夫か、お主?
お主の体を少し、踏みつぶしてしまったが。
…そうか、無事ならそれでなにより。
しかしすまなかったの。
少し考えことをしとってな。
お父様の魔王の最近少し悪くて、どう機嫌を取ったものかと、考えおったのじゃ。
(ドタドタドタドタ)
…ん、なんじゃ、リザート兵ども?
ああ、ちと、このスライムがいるのに気づかず、我が踏んでしまっての。
………靴?
ああ、確かに少し汚れてるな。
だがこの程度………
(シャキン)
………おい、その剣を仕舞わぬか。
………
…我が仕舞えと言っておるんじゃ。聞こえなかったのか?
(シュタッ)
………下がっておけ。
この程度のことで出てくるでない。
(ドタドタドタドタ)
…すまなかったの。
お主の体を踏んだのはおろか、面倒なことになってしまって。
いくら魔王の娘だからと言って、あんなごついボディーガードなど、我にはいらぬと常々言っておるのだがな。
あやつにはきちんと言っておくが故、恨まないでやってくれ。
………靴の汚れ?
…なに、問題ないさ。この程度の汚れ、拭きさえすればすぐに落ちるだろう。
…では、またの。
(スタスタスタスタ)」
「………
………
………
………ふわあ…あ。
(ドタドタドタドタ)
………ん、報告か。
作戦は全て終わったのかの?
………
…ご苦労。
いくらこんな小規模な街とはいえ、魔法を操る人族がいるとなるとちと面倒かと思ったが、うまくいったようで何よりだ。
…生き残った人族は全員捕虜にしてあるんだろうな?
………ふむ、ならばよい。
…では、支度が整い次第、城へと帰ろうぞ。
(ドタドタドタドタ)
………
…しかし、お父様もこんな作戦にわざわざ我をよこさぬ必要もなかろうに。
経験を積ますのが目的だろうとはいえ、それならもっと大きな戦場に赴きたいものだ。
………
…ん、なんだあれは?
オーク兵達、か?
何かを取り囲んでいるようだが。
…おい!お主ら!
一体そこで何をしておる。
………おお、そこにいるのは、あのちっこいスライムか。
なんだなんだ、大手たかってスライムを取り囲んで、何をしておったのだ?
………
ふむふむ。
………
ほう。
………
なるほど。
…話は分かった。もうオーク共は下がれ。
………下がれと言ったのが聞こえなかったのか?
お主らはさっさと撤収準備に入れ。
これは命令だ。
(ドサドサドサドサ)
大丈夫か、お主?怪我はないか?
………ん?いや、別に。
我はお主に罰など与えるようなことはせぬよ。
………
…それがどうかしたのか?
相手の魔法に怖気づいて敵前で逃亡した、ということが、の。
命あるもの、生にしがみつくのは本能じゃろ。
まあ、オーク兵達の考えることもわからぬでもないが、しかし我にとってすれば、勝ち目のない相手に挑んで命を散らすより、こうして逃亡して生き残ってくれる方が百倍はマシじゃ。
だって、お主が逃げなかったら、こうして今、話すこともできなかったからの。
オークもスライムも、みな同じ魔族なのだからな。
………ま、じゃが、お主の行動を快く追わぬ奴もいることじゃろう。
そういうやつがおったら我に言え。
すぐに黙らせてやるからの。
…ほれ、お主も撤収の準備に入れ。
これは魔王の娘からの命令じゃ」
「………はい。はい。
かしこまりました。お父様。
全て、お父様のおっしゃるがままに。
(バタン)
………
………
………
…ふう。
お父様の接見は相変わらず疲れるの。
肩が凝って凝って仕方がない。
…ただ、勇者軍の侵攻は徐々に広がりつつある。
忙しい中、会って下さるだけでも光栄か。
(スタスタスタスタ)
(スタスタスタスタ)
(スタスタスタスタ)
………お、あそこにおるのはちっこいスライムじゃないか。
おーい、そこのスライム。
…と、ゴブリンか。
二人して何をやっておったのじゃ?
(タッタッタッタッタッ)
なんじゃ今の走り去ってたゴブリンは?
我を見るなり血相を変えて。
お主の知り合………お主、どうしたんじゃ、それ?
身体に何かかかって…
これは、麻痺作用のある毒草…
…っち、あのゴブリン。どうして一体こんなことを。
(ズチャズチャ…)
…おうおう。お主は動くな動くな。
麻痺はしばらくしたら抜ける。
それまでじっとしておれ。
しかし、こんなところに放置しておくのもな。
どこか、安静になれるところは…
(ヒョイッ)
…見た目の通り、お主はずいぶんと軽いのう。
………
…気にするでない。
怪我人がおったら介抱するのは当然じゃろうて。
………
…違う?
………
………ほう。
そうか。あのゴブリンは、我がお主を贔屓してると思ってあんなことをしでかしたのか。
………すまぬの。我のせいでこんな羽目になって。
…いやいや、謝るのは我の方じゃろうて。
しかし、一体どれが贔屓なんじゃろうな?
この城でお主を見かけるたびに話しかけたことじゃろうか?
何度か中庭で食事を一緒に取ったことじゃろうか?
今のように動けなくなったお主を抱きかかえたことじゃろうか?
皆目見当がつかぬの。
こんなことで贔屓になるのだとしたら、それ以上のこととなったら………
まあよい。
お主、これからはあまり一人では行動するなよ。
お主に呼ばれるのだったら、我はすぐに飛んできてやるからの」
「(ざわざわざわざわ)
(ざわざわざわざわ)
(ざわざわざわざわ)
………くっ。
黒龍達は一体撤退!
黒龍達が回復する間はダークエルフが死んでも戦線を死守しろ!
………
…くそっ。
なんだあの巨大な魔法陣は。
女神軍の中にあんなものを作り出せる奴がおるとは、予想外じゃった。
人間の力を増大させ、逆に魔族の力を弱体させる。
あれがある間はうかつに相手の中心部には近づけんの…
………じゃが、あ奴らだって魔力の力は無限ではあるまい。
あの魔方陣がなくなった暁には、中心にいる勇者達を吊るし上げて進ぜよう。
………
このまま戦線を維持しておけ。
必要以上に進めなくてもよいが、これ以上はあいつらに進めさせるなよ。
………
あの魔方陣が消滅した時が、勝負の………
…ん、あれは。
魔法陣の中に、魔族が一匹残ってる………?
しかもあれは………
(ガタッ)
………お主らはここで戦前を維持しておけ。わかったな?
(タッタッタッタッ)
くそっ、間に合うか………?
(タッタッタッタッ)
(タッタッタッタッ)
(タッタッタッタッ)
………良かった、間に合…
(ヒュン)
………くっ。腕が…
勇者の、魔法か………
…いや、大丈夫だ。スライム。
魔王の娘たる我だ。
腕の一本くらい、どうってことはない。
…それよりここは危険だ、さっさと戻るぞ。
(タッタッタッタッ)
(タッタッタッタッ)
(タッタッタッタッ)
………ん、いや、なんでじゃろうな。
なんでお主のためにこんなことをしてるのか、実は我にも分らん。
ただ、絶対にお主を死なせんというのが、心の中に浮かんできての。
我のためにも、死んでくれるなよ?
ちっこいスライムよ」
「………なあスライムよ。
今宵も良い頃合いの夜の戸張じゃ。
二人してどこかに繰り出すというのも、良い案かと思わぬか?
………ん、何をいまさら。
こうしてお主を我の体にくっつけていることなど、何の問題もあるまい?
こうやって四六時中くっつけておかぬと、お主はいつ死んでしまうかもしれんのじゃからな。
いくらなんでも、魔王の娘にくっついてる奴に手を出すやつはおらんて。
………それも問題なかろう。
どうせ他の奴らには、我が奇異なる玩具を飼っているようにしか見えんて。
我は魔王の娘。
魔王の娘がゆえに、どんな奇天烈な行動も許されるじゃろう。
………そうじゃ、お主に四天王の称号を与えるというのはどうかの?
もちろん実力は他の四天王に遠く及ばずだが、我が傍で支えるという名目があれば、問題ないじゃろ。
お父様も、もっともっと我に経験を積ませたいじゃろうからな。
………
…いらぬというのか。
お主は本当に無欲じゃのう。
四天王に名を連ねるなど、他の奴らに告げたら犬のように尻尾を振るというのにな。
…まあじゃが、我はお主のそういうところも気に入っておる。
力のない、脆弱で非力な存在。
叩けば消え散ってしまうのような、ひどく儚げな存在。
そういうお主だからこそ、どうしてかひどく愛おしく感じてしまう。
だからこれからも、お主は我が守ってやる。
人族からも、他の魔族からも。
お主に手は出させんよ。
そして、我と生涯を共に歩んでいこうぞ。
我が愛おしき存在である、スライムよ」