020 愛を知らない科学者はあなたを実験サンプルに研究を開始する
「やあ、おはよう。
気分はどうだい?
よく眠っていたからね。良いコンディションとは言えないかかな?
早速で悪いが、簡単にメディカルチェックをさせてもらうよ。
(ジャラッ)
ん?ああ、それか。それについては後で説明する。
ひとまずメディカルチェックの方が先だ。
………
…体温37.2度。血圧90と125。
…目、鼻、口、耳。ひとまず異常なし。
…体の方にも外傷はなし、と…
………よし、体の方は問題ないな。体温が少々高いようだが、起きたばかりで多少乱れているだけだろう。
………さて。ではまず、何から話そうか………
…そう。私は研究室の所長であり、君はその研究室で働く研究員だ。
その認識で間違いはない。
そんな君には、私のある実験に協力してもらうべくここへと連れてきた。
…ここかい?
ここは、私の所有している個人研究所の1つだ。
共同で研究する研究室とは違い、主に一人で研究する時にカンヅメで使うための施設といった感じだ。
場所は某県の山奥で、周囲に人気はまずない。
………ああ、ここを一人で出ようとは考えないでくれ。
地図もなく山を下りようとしても、遭難するだけだ。
遭難するだけならまだいいが、野生動物も多い場所でね。
熊や狼、猪など、彼らのエサになりたくなかったら、おとなしくここにいたまえ。
…それで、だ。
なぜ君をこの施設に連れてきたかというと、さっきも言ったように、私の実験に協力してもらうためだ。
………ああ、そうだ。
先日私は、君にこう尋ねたよね。
『私の実験に協力してもらえないか』と。
君は実験内容も聞かず、二つ返事でOKしてくれた。
ゆえに、今私達は二人でここにいるというわけだ。
その実験が何かというとだな…
すばり、「愛」に関する実験だ。
………君の知っているとおり、私はこれまで数々の研究を重ねてきた。
中には人々の生活を一変させるような研究も、だ。
まあ、それはどうでもいいのだが、私はひとたび疑問が頭に浮かぶと、その答えを導き出すまで納得できないたちでね。
それで今回は、「愛」について疑問がわいたというわけだ。
「愛」とは何か?
「愛」を持つと、人の行動原理は一変する。
それまでできないことができるようになり、不可逆的な事を実現させたことも、歴史の中では一度や二度ではない…
「愛」の持つエネルギーは無限大だ。
この私の研究テーマにふさわしい。
………ん?まだ君がここに連れてこられた理由がわからないのかい?
それはもちろん、君が「愛」を育むためのモルモットだからだ。
研究サンプルがいないことには、研究は何も始まらない。
「愛」というのは、おおよそ一人で生み出すのは不可能な代物だというのは、実験を始める前からわかりきっていることだからね。
それゆえに、君を連れてきた。
君は私との「愛」を作るために協力してもらう。
………当然のことだが、いくら実験のためとはいえ、相手が誰でもいいというわけではないよ。
私は君と一緒にいると、時折解析不能で不可解な感情が芽生えるんだ。
こう、胸が苦しくなるというかなんというか、持病の類では決して説明できない何かがな。
君と話している時、君と研究している時、君と雑談している時、得体のしれない感情が浮かび上がる。
私はそれを「愛」の断片だと仮定する。
その断片を集めることが、「愛」の研究の足掛かりになるだろう。
(ジャランッ)
…ああ、その手錠と鎖のことか。
それは、君がここから逃げないようにするための保険だ。
君の言質を取ったとはいえ、実験内容が実験内容だ。
どのくらい期間がかかるかもわからないし、どんな実験をするかも、これから考えなければならない。
君がそれらに耐えかねて逃亡する。
その可能性も決してゼロではない。
君のことを信用していないわけじゃないが、保険は必要かなと思ってね。
それに、そういったものを使った「愛」というのも存在するのだろう?
いくつかの文献にあったが、手錠や鎖、薬、スタンガン、包丁など、そういった形の「愛」というのも少なからず存在しているらしい。
だが、たとえその手錠と鎖が取れても、逃げることはお勧めしないのはさっき言ったとおりだ。
山を下りるための地図は、私の頭の中にしか入っていない。
…だが、安心したまえ。
ここには食料の蓄えは十分にあるし、通信環境に頼らない娯楽ならば数多く用意した。
実験以外の時間は、君に何ら不自由のない暮らしをさせることを約束しよう。
………では、準備は整ったかな。
「愛」を育むための行動は数多く存在する。
会話をする。
手をつなぐ。
抱き合う。
キスをする。
性行為を行う。
婚姻を交わす。
共同生活を営む。
監禁する。
束縛する。
愛の証を刻む。
依存する。
相手のすべてを知る。
崇拝する。
洗脳する。
「愛」を作り上げる行動は数多くある。
ではこれから、君と「愛」を作る実験を始めよう」




