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199 美しい月の下での淫靡な狐との逢瀬。毎晩彼女のふさふさの尻尾に頭を預け身も心も癒され…

「(シーン…)

………

………

………

(トコトコトコトコ)

………満月が美しいこんな夜に、どんなお客様がやって来たのかの?

(ガサガサ)

………

…すまんすまん。

其方ということは足音でわかりんせんかったが、素直に声をかけるのも味気ないと思っての。

…それよりほれ、こっちに来りゃせんか。

今宵は夜空に浮かぶ月が美しいぞよ?

(ストン)

…暗闇の中に混然と輝く黄色い灯。

昼間のそれとは違って闇の中を照らすだけの光ではあるが、だからこそ美しい風景に映えるというものじゃ。

………

…其方はそこまでの興味はありんせんか。

………よいよい。そう否定しなくても。

其方が今宵もここへとやってきた目的は、これじゃろ?

(フサフサ)

ほれ。我の尻尾に頭を預けるが良い。

(ポフッ)

柔らかいじゃろう?

この柔らかさは、狸や馬の輩には決して授からない天賦のものじゃ。

それに加えて、毎日手入れをかかしておらんからの。

ほれ、其方にもらった紅色の櫛。

あれはよう毛並みを梳くことができるよのう。

最初は我には高価な代物がゆえに受け取るのを拒んだが、こうしてきれいに整えて、其方に気持ち良くなってもらうのなら貰っておいてよかったと思える。

その節はありがとな。

………いや、お礼を言っとるのは我の方じゃて。

其方も律儀な奴よのう。

………

…我がここに来た理由か?

それは、そうさの…

………其方が今宵もやってくると思ったから、ではいけせんか?

我と其方は毎晩のように逢瀬を重ねておる。

しかしそれは決して、我と其方の間で約束したからではない。

どちらからともなくここにやってきて、相まみえる。

だから今宵も其方に会えるからここにやってきたと、その答えでは不満かの?

…別によいよい。

他の者達から見れば、さぞ奇妙な関係と見えるものだろうくりゃれな。

狐である我と、人間の子である其方。

本来なら、そうそう交わらん異種族同士の交流なのだから。

それ故に我は、其方との関係に運命を感じておる。

………かかっ!

顔を赤らめよって。

其方はとびきりに可愛い奴よのう。

…ところで、其方は月よりも団子派かの?

(ゴソゴソ)

ほれ、よおく蒸かした芋っころじゃ。

残念ながら出来立てほやほやではありんせんが、それでも其方の口に合うと思うぞよ?

ほれ、口を開けい。

…あーん。

(パクパク)

どうじゃ、美味いかの?

それは上々上々。

我も持ってきた甲斐があるというものじゃ。

まだまだあるからに、もっと食べるとよいぞ。

………

…誰かと夕餉を交わすというのはいいものじゃの。

こんなに美しい月明かりの下で食べるというのなら、それもひとしおじゃ。

………其方もそう思うのか。

それは誠にありがたき幸せであるからに。

………

………ん。

腹も膨れたさかい、眠くなってきたのかの?

瞼がゆっくりと舟をこいでおるようじゃが。

安心しりゃせん。

我はいつまでもここにおる。

其方は安心して、眠りに着くといい。

其方が起きるその時まで、そばにいてやるからの。

………

………

………

………寝息を立てておる。

もうすでに、夢の世界に誘われておるようじゃの。

其方の寝顔はたまらなく可愛いよの。

何もかもを我に任せ、安心しきったその表情は、いつまでも飽きることなく見続けられるというもの。

………最初に其方の寝顔を見た時も、今この時と同じ表情じゃった。

木を狩る仕事の最中、行き倒れておった其方。

たまたま通りかかった我が今のように寝かしてやったら、我の尻尾をつかんで安堵の表情で寝息を立て始めおった。

よほど働きづめじゃったのじゃろう。

其方が起きたのはお天様とが落ちて、再び登り始めた頃じゃった。

かかっ!

起きた時の其方の慌てふためくさまは、今でも瞼の裏に焼き付いておる。

…それから、其方が親から身売りを言い渡され、どことも知らぬ輩に言われるがまま、泥人形のように働かされていることを知った。

其方はこんな寝顔を見せるくらい可愛い奴じゃが、同時に真面目なものでもある。

故に、今でもその輩の元で働かせ続けておる。

………じゃがの、其方よ。

其方が願うのであれば、我は其方に尽くしんせん。

日中日夜尻尾の上で寝かしつけてやるし、三度の飯だって欠かすことなく持ってきてやるぞよ。

…我はずっと独りじゃった。

我ら種族の習わしとして、我は生まれてから孤立し、孤独に生きてきた。

誰にも頼らず、誰にも頼られず。

誰とも関わらず、誰とも交わらず。

子を成す時でさえ、最低限の営みであり、愛憎やらとは無縁の関係じゃった。

…そんな風に生涯を生きていた時、出会ったのが其方じゃった。

其方はたまらなく可愛く、我の心を四六時中揺れ動かす。

其方と逢瀬している時も、逢瀬していない時も、絶えず其方のことを考えておる。

其方のためならば、ありとあらゆることをしたいと思うのじゃ。

其方を守りたい。

其方を抱きしめたい。

其方を寝顔を生涯にわたって見ていたい。

そのためならば、なんだってしようぞよ?

もっともっと、我に甘えてくりゃれ?」

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