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193 教会に勤める真面目なシスターは、神様の前で己の犯した罪を告白する

「――敬愛する我が神よ。私はここに、罪を告白します。

私は、重大な罪を犯しました。

…私は、ここで毎日祈りをかかげるシスターです。

毎日毎日、我が神に向かって祈りを捧げてきました。

神に仕えるシスターとして、世のため人のため、奉公を重ねてまいりました。

皆を皆分け隔てなく優しくし、皆を皆分け隔てなく施しを捧げ、皆を皆分け隔てなく奉仕し続けてきました。

私の体は神のために、また皆のために存在するものでした。

…しかし私は、ある男性に特別な感情を抱いてしまったのです。

彼はこの町に住む孤児です。

親を亡くし兄弟と生き別れ、この町に辿り着きました。

私はシスターとして彼に接していました。

最初は神の教えにのっとって勉学を教えたり、食事を用意していたのですが、いつしかそれは、彼に一人に向けるものになってしまったのです。

彼を優先し、他を蔑ろにする。

彼の頼みに応じて勉学を教えたり、彼の食事にのみ好みのものを与えたり、彼にだけ特別な行動をしてしまうのです。

私はシスター失格。

しかし、シスターでないと彼と接せないがゆえに、シスターを続けたいと願うのです。

――ああ、敬愛する我が神よ。私の罪を、どうかお許し下さい」




「――敬愛する我が神よ。私はここに、罪を告白します。

私は、重大な罪を犯しました。

私は彼に特別な感情を抱き続けていました。

それが罪と知りながら、神の教えに偽って接し続けました。

彼はこれ以上になく愛らしく、凛々しく、可愛げがある存在なのです。

…そんな中、同じ孤児院で暮らす一人の少女が、彼に近付きました。

少女は彼と同じくらいの年齢で、彼と同じように勉学を教えていた者です。

その少女は彼と対話をし、友好を築き、共に遊び、隣並びで食事を摂り、同じ寝具で夜を明かす。

毎日毎日、必ず彼の側に少女がいるのです。

…私は、その少女に対して憤りを禁じえませんでした。

なぜ彼の隣にいるのか。

なぜ彼と共にいるのか。

なぜ彼から離れないのか。

なぜ彼から遠ざかろうとしないのか。

疑問を抱き、憤怒し、軽蔑の眼を向けてしまいました。

確かに少女は彼と同じ年代。

同じ孤児院で暮らす身として、隣にいてもおかしくはない。

…しかし私は、少女に対する怒りが消えないのです。

燃え盛る炎のように、熱くたぎり、静まる気配がないのです。

私は少女が彼の側にいるたびに、繰り返しこの感情を抱くことでしょう。

罪深く、醜いこの感情を。

――ああ、敬愛する我が神よ。私の罪を、どうかお許し下さい」




「――敬愛する我が神よ。私はここに、罪を告白します。

私は、重大な罪を犯しました。

私が愛する彼に、絶えず少女は傍を離れようとしませんでした。

日に日に距離は縮まり、密接する時間も増え、彼をまんざらではないようなのです。

私が抱く怒りに気付かぬまま、二人は仲睦げに友好を築いていました。

…そんな関係を疎ましく思ってしまった私は、ついに行動に出てしまったのです。

二人が手をつないで歩いていれば、その間に割って入り、

二人が隣の席同士で勉学を学んでいれば、片方を呼びつけて離れさせ、

二人が食事を食べさせ合っていれば、不衛生だと叱り、

二人が枕を並べて寝ていれば、少女をその場から動かし、

少女が彼から離れるような行動に出てしまったのです。

少しでも二人が仲良くならないように。

少しでも二人が距離を取るように。

少しでも二人が袂を分かつように。

二人が仲睦げにしていればしているだけ、私は行動を起こしてしまうのです。

…なんと罪深き行動なのでしょうか。

人が人と仲良くしている間に割って入り、その仲を裂こうとする。

神の慈愛とは遠く離れたその行動を繰り返してしまうその祖業。

――ああ、敬愛する我が神よ。私の罪を、どうかお許し下さい」




「――敬愛する我が神よ。私はここに、罪を告白します。

私は、重大な罪を犯しました。

私がいくら行動しようと、私がどれだけ邪魔しようと、私が二人の仲を引き裂こうとしても、二人の関係は変わりませんでした。

二人はどちらからともなく側に寄っては、関係を深めていく。

お互いがお互いのことしか、視界に入っていないようでありました。

何人たりとも邪魔することできない確固な関係を、二人は築いております。

…ある日、少女が彼に贈り物を送ろうと画策しました。

彼の好きなお菓子を手作りし、彼に食べてもらおうと、一生懸命調理場で作業していました。

私の邪念の思慮も行動も及ばず、やがて少女はお菓子を完成させました。

彼のために、彼のためだけに作られたそのお菓子。

私は自分でも気づかぬ内に、少女の見ていない間に奪ってしまったのです。

…ある日、彼が少女に贈答品を渡そうと思慮しました。

少女の好きな花を花畑で集め、花束を作っていました。

私の企てや策略は無下になり、やがて彼は花束を作り終えました。

彼が作った、世界にたった一つの贈答品。

私は無意識の間に、彼の目を盗んで花束を自分のものとしてしまったのです。

人のものを奪い取る盗人の業。

私は既に、咎を受けるべき罪人へと落ちてしまったのです。

――ああ、敬愛する我が神よ。私の罪を、どうかお許し下さい」




「――敬愛する我が神よ。私はここに、罪を告白します。

私は、重大な罪を犯しました。

年を経るにつれて、彼と少女は急速に距離を縮めてきました。

既にお互いがお互いを意識しあい、周囲からの祝福を受けるほどまでに愛情を深めあっていたのです。

二人の間に割って入るものはおらず、相応の年に至れば挙式を上げることは間違いありませんでした。

…しかし、私という存在のせいで、二人の関係は引き裂かれてしまったのです。

私は彼に巧みに語り掛け、騙し、誘致し、陥れて私の家へと招き入れました。

本来清い身を保つために、シスターの家に殿方を入れてはなりませんが、しかし、そうせざるを得ない事情があったのでございました。

家を訪れた彼に、私は茶をふるまいます。

そう、眠りに落ちる秘薬を垂らしたそのお茶を。

その茶を一口飲んだ彼は、たちまち眠りへと旅立ちました。

…そして私は、眠りに落ちた彼をこの教会の地下へと連れ込み、目をふさぎ、耳をふさぎ、口をふさぎ、両手を縛り、両足に足枷を付け、檻の中に閉じ込ました。

…我が神よ、仕方なかったことなのです。

あのままでは、彼と少女は祝福の加護を受け、生涯を共にする誓いを交わしてしまうのです。

もしそうなってしまったのなら、私は、私は…

自ら命を絶ってしまうかもしれません。

…神の教えにあります。

何人たりとも命を捧げる真似をしてはならない、と。

故に、私は私の身を守るべく、彼を地下に閉じ込める他、なかったのです。

シスターであるがゆえに、できる限り神の教えに背いてならないと思ったのです。

たとえそれが、別の教えに背くものであったとしても、です。

――ああ、敬愛する我が神よ。私の罪を、どうかお許し下さい」




「――敬愛する我が神よ。私はここに、罪を告白します。

私は、重大な罪を犯しました。

私は毎日、地下にいる彼の世話をし続けました。

食事やら着替えやら下やら、何もかも、全ての世話をしてきました。

彼を外に出すわけにはいかぬゆえに、他の誰にも気づかれることなく、世話をし続けたのです。

彼が発する『ここから出たい』という願いには心に悪魔を携え却下し、日々を過ごしておりました。

彼を探す少女の姿には何ら感情をゆれ動かすことなく、彼と共にい続けたのです。

…しかし、そんな生活は長くは続かなかったのです。

彼は私が地下を訪れるたび、出たいという願いを発し続けました。

何が彼をそこまで奮い立たせるのかわからぬまま聞き流していたのですが、しかし、彼が出たい理由を発した時、それを聞き流すことができなかったのです。

少女に会いたいという、その願いを。

なぜここに至って少女に会いたいのか、私にはとても理解ができず、私は『もう会うことはできない』と言葉を返しました。

しかしそれでもなお、彼は少女に会いたいと主張し続けたのです。

彼の少女に対する変わらぬ思いに、私は糸が切れたような激情にかられました。

近くにあった燭台を手にし、それを天高く振り上げ、そして…

…気付いた時には、赤き血の海の上に倒れる彼の姿がありました。

私は慌てて駆け寄りましたが、彼は既に息を引き取っていたのです。

…ご覧ください、我が神よ。この私の姿を。

清廉潔白なシスターの装束は、所かしこに赤く濡れ染まっております。

私のこの手には、形を変えた燭台が握られております。

そしてそんな私の表情は、ひどく歪み、泣きはらし、やつれていることでしょう。

――ああ、敬愛する我が神よ。私の罪を、どうかお許し下さい。


どうか、お許し下さい。


どうか、お許し下さい。


どうか、お許し下さい。


どうか、お許し下さい。


どうか………

私に慈悲を、お与えください。

我が神に仕える、シスターとして」

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