191 礼儀正しい財閥のお嬢様は毎日送り迎えする運転手の前では素の自分をさらけ出すことができている
「…ごきげんよう。
…ごきげんよう。
ごきげんよう。
ごきげんよう。
………ごきげんよう。
…ごきげんよう。
(キキーッ)
(バタッ)
あ、迎えの者がまいりましたので、皆さん、それではまた明日。
(バタン)
(ブォーン)
………
………
………
…あー、今日もマジ疲れたわー。
いくらお嬢様学校だからって、なんであんな挨拶毎日やんなきゃいけないんだか。
いい加減時代遅れよね。
(………)
…伝統なんてくそくらえよ。
伝統伝統っつったって、古臭いものにしがみついてるだけじゃない。
時間はどんどん先を進んでるの。新しいものを取り込まなくちゃそのうち取り残されるっていうの、なんでわかんないんだか。
(………)
………別にいいでしょ。ここでくらい口調崩しても。
学校ではちゃんとやってるし、家でも両親の前ではきちっとやってるんだから、ここくらいしか息抜きできないのよ。
それとも何?
あんた、このこと告げ口でもするの?
そんなことしたら即行クビにしてやるから。覚悟しておきなさいよね。
(………)
…そ、ならもう口出さないで。いい加減やってられないんだからさ。
………ところで、いつものお菓子ある?
…ん、これこれ。
(サクサクサクサク)
このスナック菓子たまんないわー。
手が汚れるのも気にせず鷲掴みで食べるとか、ここ以外じゃ絶対できないしねー。
(………)
………何?車の掃除はあんたの仕事でしょ。
なんたってあんたは、私の運転手なんだから」
「…では、皆さんごきげんよう。
(バタン)
(ブォーン)
………
………
………
ふわぁ…あ。
今日の体育マジしんどかったんだけど。
なんで他の奴らと一緒にダンスなんか踊らなくちゃいけないんだが。
体育なんだから適当に身体動かすだけでいいじゃない。
しかもさあ、ダンスの途中で同じ組の人が一人こけちゃって、そっちのフォローもしなくちゃだったからマジ最悪。
(………)
…ちゃんと優しくフォローしたわよ。
腹の中では真っ赤に舌出してたけどね。
………
…ねえねえ、あれだして。
(………)
あれよあれ。今朝の続きがやりたいの。
………そ、これこれ。
今朝お城作ってる途中でセーブしなきゃだったから、ストレス溜まってたのによねー。
あ、今日も適当に回り道して帰ってね。
(………)
…大丈夫でしょ、ちょっとが道が混んでたって言っとけばバレないって。
どうせ家戻ったら習い事のオンパレードなんだし、その前にこれやっときたいからね。
…えーっと、外壁部分は大体できたから、あとは中の方をブロックで…
(~~~♪)
(~~~♪)
(~~~♪)
(………)
………ん、なんか言った?
(………)
…またそういう小言言う。
私はちゃんとやってるって。
…それとも、あんたの前もちゃんとしろっていうこと?
嫌よそんなの。
登下校の行き帰り、ここでこうしてガス抜きしてるから私は他でちゃんとできてるの。
四六時中ずっと気を張り詰めてたら、それこそ精神ぶっ飛んで壊れちゃうかもだし。
だからもう今後はそんなこと絶対言わないで。
いい?これは主からの命令よ?
(………)
…よし。
それじゃあ、部屋の内装をっと………」
「………へぇ、それは面白いですわね。
何かおすすめがあれば、ぜひ教えてください。
………はい、それでは、また明日。
(バタン)
(ブォーン)
………
………
………
…ねえ、あんた、私に何か言うことあるでしょ?
(………)
とぼけないでよ。
登校の時はのらりくらりうまくかわしたつもりって思ってるかもしれないけど、あんたの嘘って全然バレバレだからね。
………ねえ、なんで?
なんで、あんたが私の運転手に辞めることになるのよ?
昨日、メイドから聞いた時には寝耳に水だった。
なんであんたがってさ。
何かやらしたわけでもないのに、なんであんたが辞めることになるわけ?
(………)
(………)
(………)
………はー。そんなことだろうと思った。
なんでよりにもよって、馬鹿親父に私をもっと自由にさせろとか言うのよ。
あの頭の固い頑固親父がそんな言葉に耳を貸すわけないじゃない。
そのくらい、あんただってわかってたんでしょ?
(………)
…なんで、あんた、そういうこと言うのよ。
私は別に、今の生活に文句なんてないし、将来だって家を継ぐことに納得してるの。
あんたとは、ちょっとした時間に本音で話せれば、私は満足だったのに………
………なんでもない。何も言ってないし。
………
…ちょっと車止めて。
………いいから、早くして。
(キキッ)
…ちょっと待ってね。たしか鞄の底に………
…はい、これ。
………何って、見ればわかるでしょ。
チョコレートよチョコレート、
今日の調理実習で作ったやつ。
選別よ、選別。
私の運転手を辞めるあんたにね。
(………)
………そ。じゃあ、はい。
あーん。
…ちょっと、口開けなさいよ。
あーん。
(………)
………よしよし、食べたわね。
………
…ん-?
どうかしたのー?
そんなに体、ふらふらさせちゃって。
毎日の労働で、ちょっと疲れちゃったんじゃない?
いいのよ?少しくらい休んだって。
だってあんたは、今日で私の運転手をやめるんだから、さ」
「(ブォーン…)
(ブォーン…)
(ブォーン…)
………あれ、起きたの?
おはよう。
って言っても、今はもう夜だけど。
(………)
そうよ、あなたはずっと眠ってたの。
それはもう、ぐーすかぐーすかね。
………ちゃんと薬効いたみたいで、よかった。
…なんでもない。
(ブォーン…)
…ええ、もちろん私が運転してるのよ?
運転席に私が座っているこの状況で、他に誰が運転してるっていうのよ。
………免許?
あなた、海外じゃこの国より早く免許取れるっていうの知らないの?
ちょっと前に私、短期留学で海外行ってたってこともね。
…というか、車の運転ってあくまで車の操作を覚えればいいだけで、免許持ってるかどうかなんてあんまり関係ないと思うけど?
(………)
………どこに向かってる、ねえ。
使用人が持ってる別荘。
(………)
………そ、私と仲の良いあの使用人のね。
その別荘のことはちょっと前に教えてもらったの。
他の誰も知らない別荘だから、のびのびしたかったらいつでも好きに使ってって。
その別荘で………
あんたのこと、飼おうかなって思ってるんだ。
首輪付けて、リード付けて、お散歩行くのもいいかも。
(………)
…なんでってそりゃあ、あんたが私の元からいなくなろうとしたからじゃない。
勝手にいなくなろうとしたから、いなくなる前に首輪つなげておこうって思って。
………おかしいかな?
そうだとしても、おかしくさせたのはあんただから。
私がこんなことしてるのは、全部あんたのせい。
だからきちんと、責任取ってね。
私の大事な飼い犬ちゃん」




