018 「恋人を探す」という依頼に世紀の名探偵の超絶名推理が冴えわたると…
「(ガチャッ…)
やあやあやあやあ、よく来たね。待ちわびたよ。
この天才である私が営む探偵事務所にようこそおいでくださった。
…君は久しぶりのお客さんだ。
かれこれ一か月ぶりのお客様かな?
まあまあ、とりあえずそんなとこにぼさっと突っ立ってないで、その辺に座りたまえ。
…事務所が散らかっていて申し訳ない。
掃除のアルバイトを定期的に雇うのだが、ちょうど前に掃除してから1週間経つとご覧の通りのありさまになってしまうのだよ。
飲み物は何がいいかな?
いや、言わないでくれたまえ、私が推理しよう。
見たところ君はやせ型で、あまりおしゃれに気を使っていないようだね。
そんな君には、これがお似合いさ。
(コトッ)
ん?これが何かって?
無色透明のこれが、『水』以外の何に見えるんだい?
君は何色にも染まらず、汚れなき純粋な存在だというわけさ。
……まあ、ちょうど紅茶もコーヒーも切らしている、という理由もあるのだがね。
それでそれで?
今日はこの類まれなる頭脳を持つこの私に、君はどんな依頼を運んできてくれたんだい?
連続殺人事件かい?
それとも、大富豪が残した遺産のありかを探してくれというものかな?
………
………
………
ほう、『僕の恋人を見つけてほしい』か………
いいだろういいだろう。
私には役不足で退屈極まりなちっぽけな謎だが、依頼である以上、どんな内容であれ、引き受けるのが私のポリシーだ。
必ずや、君の恋人を見つけてご覧入れてしんぜよう。
君はただ、依頼完了まで首を長くして待っていればよい。
ではでは、詳しい話を聞こうじゃないか」
「………ふむふむ。なるほどなるほど…
ありがとう。また何か頼みたいことができたら連絡する。
いつでもこの私のために動けるよう、せいぜい暇を持て余しておきたまえ。
それじゃ。
(ピッ)
(………ギシ)
………これで現住所の特定も完了、っと。
電話番号、銀行口座、勤め先、ライフスタイル、現状の写真、交友関係………。
これらをたった二日で調べ上げるなんて、この稀有な頭脳を持つ私にかかれば造作もない。
…ただ…なんだろう、この違和感は。
あまりにもこの依頼は簡単すぎる。
依頼人から与えられた情報は、それこそあまり多くないが、ピンポイントで重要な情報を的確に提示してきた。
この私でなければ到底答えに辿り着かないようなものだが、しかし、それにしたってあまりにもイージーすぎる謎。
それこそ、わざと私を答えに導こうとしているかのような、そんな感じさえする。
なぜ、依頼人はそんなことを………
………
………
………
そうか、わかったぞ。そういうことか!
…ふっふっふ。依頼人め。
この世界一の頭脳を持つこの私を謀ろうなど、一万光年早いということを、思い知らせてやろう」
「………以上が、君からの情報に沿った当該女性のデータだ。
さらに詳しい調査内容は、この紙に書いてある。
確認してみたまえ。
(パサ…)
………
これが君の探していた女性、か……
…ん?こんなに早く見つかるなんて思ってなかった?
ふっ。この百万人に一人の頭脳を持つ私であれば、この程度の調査なんて造作もない………
………
………
………
と、言いたいところだが。
いい加減、お芝居はそのくらいにしたらどうだい?
君の魂胆なんて私には筒抜けだ。
『何のことか』って?
とぼけようとしても無駄だ。
君が見つけてほしいといったこの女性…
(ビリビリビリビリ)
こんなの、実は君の嘘八百だったんだろう?
全人類最高峰の頭脳を持つ私には、すべてお見通しだ。
君は、この女性を探していたわけじゃない。
『この女性であってる』?
いやいや、君の企みはすべて理解していると言っただろう。
君はさも、仮初の人間を演じて私にこの依頼をし、実体験あふれるような思い出をでっち上げた。
この女性も、そして君が名乗った人間も実在はしている。
だが、君自身こそが偽りそのものだったんだ。
『依頼人は必ず嘘を吐く』とは、代名詞ともいえるセオリーだが、君は最初から大噓吐きだったというわけだ。
『嘘なんか吐いてない』?
ふっふっふ。
もうすべてわかっているんだ。そろそろ白状したらどうかね?
いや、犯人の自白で解決編というのも味気ないか。
やはり解決編は、名探偵の饒舌な語り口こそがふさわしい。
………ずばり、真実はこうだ。
君の依頼は確か、こうだったね?
『僕の恋人を見つけてほしい』
その恋人とは………
この私のことだ。
おそらく、仮初の姿をはがした君の本当の姿は、私が過去で解決してきた事件の関係者だ。
その背丈や外見から察するに、5年前の誘拐事件の被害者の遺族といったところかな?
君はその事件の際、私に秘かに恋心を抱いた。
私は覚えているよ。あの遺族とした数少ない会話を。
拙い言葉だったが、奥深い感情を込めたセリフの数々を昨日のように思い出せる。
まさか、あの時の彼が君だったとは、最初は思いもよらなかったがね。
………最初は淡い恋心も、月日を通して成長し、花を開いた。
何とかしてその想いを私に届けたい。
しかし、君は同時にこうも思ったんだ。
そのまま私に会いに来て想いの丈を告げたところで、単なるモブキャラだった自分を、私は歯牙にもかけないだろう、と。
君はつたない頭脳を回転させ、どうすれば私に振り向いてもらえるかを考えた。
それが、今回の偽りの依頼というわけさ。
君は名前も姿も変え、この探偵事務所に来て依頼をする。
仮の恋人を探してほしいと思わせたところで、実は私に恋をしていたと告白する。
もし、数千万分の一の確率で、私がこの真相に至っていなかった場合、驚天動地の真実に私の心は揺さぶられていたかもしれない。
それこそ、私のハートを射抜くほどにね。
しかし、いくら何でもこの私を騙そうなんて思い上がりも甚だしい。
世紀の名探偵である私は、この通り見事に君の策略を看破した。
あともう少しで騙せたかもしれないのに、実に残念だったねえ。
………(コホン)
…まあ、それでだが。
君の計略は見抜いたとはいえ、君の想いは十分に伝わった。
ここまでのことをした君の行動には、少なからず敬意を払いたいと思う。
………あー、だから、なんだね。
君の恋人になるかどうかはともかく、私の助手としてなら、この探偵事務所で雇ってやらないでもない。
事務所の掃除係がちょうどほしいと思っていたところなんだ。
『よくわからない』って?
いやいや、遠慮しなくてもいいさ。
これまで数々の難事件を解き明かしてきたこの私だ。
人一人増えたこところで、十分に暮らしているだけの金は腐るほどある。
実は、君と一緒に住むためのタワーマンションもさっき契約してきたんだ。
眺めの良い最上階の部屋だ、喜びたまえ。
一日両日中にそこに引越しをするように。
『別にあなたに雇われないし彼女にもしない』?
いやいや、照れくさいのもわかるが、私の方が照れくさいんだ。
言わずともわかってくれたまえ。
…コ、コ、コホン。
ではでは、今日からよろしく頼むよ。
私の最愛なる助手くん」