163 これは記憶喪失少女が恋人との記憶を取り戻すまでのお話です
「…ん、んー。
………あれ?
………
………
………
ここはどこ?わたしはだれ?
………
…病院。
何で、病院なんかに…
………きおく、そうしつ………?
まさか、そんなはず………
………
…あ、れ………?
思い出せない…
何も思い出せない………」
「(シャリシャリ)
(シャリシャリ)
………おいしい、このリンゴ。
こんなにおいしいお土産持ってきてくれてありがとう。
…あ、えっと………
そうそう。同じ大学の人、でしたよね。
ごめんなさい。
わたし、まだ全然記憶が戻ってなくて。
………
…そうそう。あなたと同じサークルに入っていて、それで………
………あはは。
なんか本当、ごめんなさい。
あなたはわたしのことを知ってるのに、わたしはあなたのことがわからないから、会話も弾まないですよね。
………あ、いえいえ。
あんまり他に人は来ないので、来てくれるだけでもありがたいです。
………はい、そうなんです。
わたし、両親がいないみたいで、それで親戚もかなり遠い所に住んでいて、今の家には一人暮らしだったみたいです。
…といっても、あんまり人付き合いができない性格だったのか、ご近所さんはおろか大家さんもわたしのことよく知らないみたいでしたけど。
あなたから見てわたしっていう人間は、どう映っていたんですか?
……あ、そうなんですか。
まあ確かに、大学とかだと同じクラスとかっていうのもないですよね。
すみません。
………
………あ、もう聞きました?
わたし、どうやら海に落ちたショックで記憶喪失になったみたいです。
落ちた時に軽く頭をぶつけたとか何とか。
結構高いところから落ちたみたいで、生きてる方が奇跡だったみたいですね。
………まあ、記憶喪失になっちゃって、全部忘れちゃったんで、どっこいどっこいですけど。
………
…ありがとうございます。
………あの、それで、あなたって、毎日のように来てくれますよね。
もしかしてそれって、わたしとあなたが………
………ご、ごめんなさい。
そうですよねそうですよね。
別に恋人とかじゃなくても、心配でお見舞いで来ることもありますよね。
勘違いでした。ごめんなさい。
………
…あー、はい。
ちょっと、足とか腕も怪我してますけど、そっちはそこまで大きな怪我じゃないみたいです。
一応検査入院ってことになってますけど、そんなに長くはないみたいですよ?
………まあでも、記憶の方はわからないみたいですけど…
………
…はい、そう言ってもらえるでもありがたいです」
「(ガラガラ…)
………あ。
あ、大丈夫です大丈夫です。
話は大体終わって、もう帰るところみたいですから。
………はい、はい。わかりました。
では、また………
(ガラガラ)
…ごめんなさい、待たせちゃって。
せっかく来てもらえたのに。
………あー、今の人達は…
警察の人、です。
わたしの件を捜査しているみたいで…
………あ、いや。
殺人とか、犯人とか、全然そんなのじゃないんですよ。
むしろその、真逆というか………
………わたし、その、えっと…
………
自殺しようとしたみたい、です………
………
………
………
…あ、ごめんなさい。
いきなり、こんな話されても困りますよね。
でもわたしも、今警察の人に言われて、何が何だかって感じで…
………ええ、落ちたところに、わたしの靴が揃えて置いてあったみたいです。
それと近くで散歩していた人が、その場所でわたし一人が黄昏ているのを、見ていたらしくて………
他にもいろいろあって、自殺しようとしてた…んじゃないかって………
それで、自宅の方も簡単に調べさせてくれないかって、その件でさっきの人達が………
………
………
………
…あはは。
もうなんか、笑うしかないですよね。
目が覚めたら記憶喪失で病院にいて。
それでいて原因が自殺未遂だなんて………
びっくりするぐらい現実味がないです。
本当にそれがわたしなのかって。
いや、本当のわたしも何も忘れちゃってるんですけど。
………
…えっと、ごめんなさい。
今日は、もう帰ってもらってもいいですか。
一人になりたい気分なので。
………はい、はい。
ごめんなさい、せっかく、来てもらったのに。
………あ、お見舞い、ですか…
じゃあ、せっかくなんで、もらっておきます。
………
…本当に、ごめんなさい。
(ガラガラ)」
「(ガラガラ)
………
………
………
………
………
…あ、来てたんですね。
ごめんなさい、すぐに気が付かなくて。
………はい、窓の外をちょっと。
小鳥達が、優雅に飛んでるなって…
………
………
………
…あれから、警察の人が、もう一度来たんですよ。
自殺未遂として捜査を打ち切るって。
まあ、自殺なら事件でも何でもないんですから、それも当然ですけど。
………
…それで、前にここに来た後、わたしの家にも、行ったみたいです。
そこに、わたしの遺書が………
………
…はい、間違いなくわたしの字だったそうです。
それで、自殺しようとした原因は………
原因、は………
………
………
………
…好きな人に、フラれたショックだそうです。
………
…ふ、ふふ。
ふふふふふふっ。
笑っちゃうくらい、単純な理由なですよね。
フラれたショックってそんな………
そんな………
………
………
………
…………………………え?
わたしをふったのは、あなた………?
だから、気になって、何度もお見舞いに………?
………
………
………
…あ。
あーあー。
あーあーあーあーあーあーあーあーあーあー!
ちがうちがうっ!
そんなはずないっ!
わたしはフラれてなんかないっ!
そうだよそうだよ!
ずっとずっと好きだった!
なのになのに、告白してフラれるなんてあり得ないあり得ない!
フラれてなんかないっ!フラれてなんかないっ!
わたしの気持ちは届いてるっ!
わたしの思いは通じてるっ!
相思相愛で恋愛関係で同棲夫婦で生涯を共にするパートナーのはずなのっ!
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きっ!
大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好きっ!
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるっ!
あーあーあーあーあーあーあーあーあーあー!
あ―――――っ!
―――
―――
―――
………
………あ、思い出した。
全部、思い出しました。
なんでこんなに大事なこと、今まで忘れてたんだろう。
なんでこんなに大切な人のこと、忘れちゃってたんだろう。
もう本当、わたしって忘れっぽいなあ…
………
…ねえ、わたし、全部思い出したよ。
大事で大切で、唯一無二のあなたのこと。
わたしの大切な、たった一人の恋人のことを。
わたし達、付き合ってからいろんなところに行ったよね。
映画を見に行ったし、動物園に行ったし、遊園地にも行ったし。
どのデートも、二人で行って、楽しかったな。
初めてのデートでさ、帰りに寄った公園で、キス、したよね…
どっちも初めてでさあ、ぎこちなかったけど、でもとっても大事な思い出。
何回かデートに行って仲が深まって、、わたしの家にあなたが泊まって、そして、その日、わたし達は結ばれた…
………ああ、思い出がよみがえってくる。
次から次へと、あふれかえってくる。
幸せな記憶がわたしの引き出しに再び戻っていくのを感じるよ。
………
………ん?
どうしたの、そんなに変な顔をして。
わたしの顔に、何かついてるかな?
あなたに…ううん。
君に。
大好きな恋人である君に、取ってほしいな」




