158 モンスターを倒せない弱気な女剣士は勇者がやられた時だけ本気を出す
「…てぃ!やぁ!はぁ!
………あっ!
(カランカラン)
…はぁ、また剣、落っことしちゃった。
ごめんなさい、勇者さん。
せっかく勇者さんに稽古つけてもらってるのに、こんな有様で。
………はい、はい。
…はい。
………私、モンスターが怖いんです。
私達人間とは異なるモンスター達。
彼らの見た目はなんていうか、恐ろしいというかおぞましいというか…
緑色をしていて巨大な体のオークとか、ツブツブの肌をしたリザードとか、ドロッとした液状のスライムとか。
街では見慣れないモンスター達。
そんなモンスターに向かって、剣を振ろうと考えると、どうしても足が竦んでしまうんです。
………
…え。
勇者さんも、最初はそうだったんですか?
でも勇者さん、今は何百というモンスターを退治してのけているじゃないですか。
私なんて、想像するだけでも嫌で、稽古ですら剣を落としてしまうのに。
………ありがとうございます。
それじゃあ稽古の方、再開しましょうか」
「………ふう、これでよしっと。
…勇者さん、大丈夫かな。
確か今日、ドラゴン退治のクエストに行くとか言ってたっけ。
巨大で獰猛なドラゴン相手に、もし、勇者さんが………
………
………
………
(バタバタバタバタッ)
…勇者さん達、帰ってきたのかな?
(タッタッタッタッタッ)
………えっ?
勇者さん、どうしたんですか、その顔?
青白く変化して、いまにも生気を失いそうな調子で………
………え、ドラゴンの毒が?体を?
そ、そんな………
………
(バタバタバタバタッ)
…行っちゃった。
すぐ、お医者さんに診てもらえば、大丈夫。
大丈夫なはず。
………でも、勇者さんをこんな目に遭わせるなんて。
…許せない」
「………あ、勇者さん。
もう体の方は大丈夫なんですか?
………そうですか。
よかった、大事には至らなくて…
………
…ああ、その話なら聞きました。
あのドラゴン、別のパーティーの人が見に行ったら、既に倒されてたんですってね。
………さあ、どうでしょうね?
でも、よかったじゃないですか。
誰が倒したとしても、あのドラゴンがいなくなって、周辺の町の人々の平和が戻ったんですから。
それだけで、十分だと思いますよ」
「…せいっ!せいっ!せいっ!せいっ!せいっ!
………ふぅ。これで千回っと。
…あれ、勇者さん。
いつから見てたんですか?
いたのなら、声をかけてくださればよかったのに。
それより、どうですか。今の素振り?
………もうちょっと脇を締めてか…
………
…いえいえ、そんなことはないです。
いくらこうして素振りができても、実践の時に同じように振れないと意味がないですから。
………はい。はい…
あ、この間の模擬戦、見ててくれたんですか。
ということは、私がコテンパンにやられたのも…
…そうですよね。
(ブンッ)
こうして、何もないところで剣を振るのは慣れてきたんですけど、やっぱり、相手を目の前にすると、どうしても身がすくんでしまうんです。
もし、私が剣を振って、相手が怪我をして、血を流すところを想像してしまうと………
…わかってはいるんです。
剣士である以上、相手を斬ることが必然だっていうのは。
…でもほら、こんなに鋭利な刃で、相手を斬るとなると、斬った後のことを想像せずにはいられないんです。
斬った瞬間に、血がぶわっと出るのを頭で思い描いたとたんに、手が動かくなる。
模擬戦は、刃のついてない剣なのにね。
………私、本当にダメですよね。
このままじゃ、勇者さんのお手伝いをするどころか………
………斬る覚悟、ですか。
………
…私にちょっと、まだ遠いかもしれないです」
「………あれ、急に天気が…
どうしたんだろ、さっきまで晴れていたのに…
………勇者さんが戦ってる、のかな。
悪名名高い魔王の手下である四天王の一人。
その相手と戦うってことで今朝、街の住人総出のパレードで見送られていったけど、でも………
(ヒュ―――――ズドン)
…え、勇者さん?
だ、大丈夫ですか?
お腹から、血が、血が………
は、早く、お医者さんを!
誰か、誰か!
………
…勇者さんをこんな目に遭わせるなんて…
四天王がいる場所は、確か………」
「………あ、ダメですよ。勇者さん!
まだ怪我が治ってないのに、こんな街中フラフラしてちゃ。
………大丈夫って、そんな全身包帯だらけで言われても説得力ないですよ。
ほらほら、早くお医者さんのところ戻ってください。
………あ、ああ、四天王のことですか。
勇者さんがいなくなった後、無事に倒されたみたいですね。
…え?ああ。あそこに残った勇者さんのパーティーの人ではどうやらないみたいです。
勇者さんがいなくなって、一旦体勢を立て直してから、もう一度四天王の所に行ったみたいなんですけど、その時にはもう、全身血だらけで倒れてる四天王とその部下の亡骸があるだけだったようです。
パーティーの人達は勇者さんがこっそり戻ってやったんじゃないかって、言ってましたけど、そうなんですか?
………ですよね。そんな大怪我している中で、もう一度あそこに戻るなんて、無理ですもんね。
………さあ?
でもまあ、これで人間を不幸にする四天王がいなくなったんですから、よかったじゃないですか。
四天王が色々ため込んでた宝石や財宝も、元の持ち主の人達に戻ったみたいですし。
………え?風の噂です。風の噂。
街中を歩いていると、いろんな話が聞こえてきますから。
………とりあえず、勇者さんはお医者さんの所に戻りましょう?
その怪我で、うろついてちゃダメです」
「(カンッ!カンッ!)
(キンッ!キンッ!)
………あっ!
(カランカラン)
………はぁ。またやっちゃった。
もし本当の戦いだったら、剣を落としただけで終わりですもんね。
ダメだなあ、私………
………そう、ですか。
ありがとうございます、勇者さん。
でも、私なんかが勇者さんのレベルに届こうなんて、夢のまた夢ですよ。
本当の実力の半分の半分も出してない勇者さん相手でも、こうやって剣を落としちゃうんですから。
………あ、やっぱりわかりますか。
…はい。私、攻撃を当てようとすると、その瞬間に躊躇しちゃうんですよね。
………ええ、血が怖いっていうのもあるにはあるんですけど、それともう一つ。
私は、死というものが怖いんです。
戦うってことはつまり、常に死と隣り合わせってことですよね?
相手に剣を向ける時、それは同時に死が身近であることを意味している。
私は、どうしようもなく、死が怖い。
自分が死ぬのもそうですし、他の生物の死も怖いんですよ。
死んだ瞬間にすべてが終わる。
それを、自分の手で与えるとなるとやっぱり………
…やっぱり、こんな私なんかが剣士っていうのは、向いてないんですかね。
みんなそれを覚悟して、戦っているのに、私だけ………
………
…『死を想像できる人は強い』ですか………
………ありがとう、ございます。勇者さん」
「………よし、これで今日の稽古は終わりっと。
…もう、日が沈みかけてる。
勇者さん、ダンジョンに行ってるって言ってたけど、そろそろ戻ってくるころかな?
もし時間があったら、勇者さんに稽古を………
………
あれ?なんか城門の当たりが騒がしいけど、何かあったのかな?
………
あのー、何かあったんですか?
………え、戻ってきた勇者さんが?
ど、どうしてそんな大怪我を………?
へぇ。勇者さんのパーティーの人が、宝箱のトラップに引っかかって、ですか………
………あの、そのパーティーの人達は、今どこに?
…ありがとうございます。
………え、いえいえ、別に何でもないですよ。
『怖い顔してる』って。
えー、そんなことないですよ。
それじゃあ私、ちょっと急ぎの用事があるので、これで」
「(コンコン)
………失礼します。
どうですか、勇者さん。お怪我の具合は?
右腕に、両足に、背中………
ベッドからほとんど動けないのは、大変ですよね。
でも、よかった。勇者さんが生きていて。
もし、勇者さんが帰ってこなかったらって思うと、私………
もう、心配させないでください、勇者さん。
あんな初歩的なトラップに引っかかるなんて、勇者さんらしくないです。
………そうですよね。あんなお金にがめついシーフがいたから…
あ、いや、何でもないです。
………
…勇者さん、これからは私をパーティーに入れてください。
剣の腕は勇者さんにまだまだ及びませんが、でも、私、勇者さんの役に立ちたいんです。
………え、あ、そう、ですよね。
………いえいえ、大丈夫です。
無理難題言ってるっていうのは、私がよくわかってますから。
でも勇者さん、これから一人で戦うのはちょっと無理だと思いますよ?
………え?ええ。『一人で』です。
ああ、勇者さんまだ聞いてなかったんですか。
今朝、勇者さんのパーティーの人全員、勇者さんがホームにしていた家で亡くなっていたそうです。
全員が全員、苦悶の表情だったそうですよ。
特にシーフは、見るも絶えないひどい有様だったそうです。
………さあ、原因とか犯人は、全然まだですね。
でも、最強と謳われる勇者さんのパーティーが亡き者になるなんて、よっぽどの事態ですよね。
…でもでも、勇者さんにとっては、これでよかったんじゃないでしょうか?
勇者さんをこんな目に遭わせるパーティーなんて勇者さんの隣に立つ者としては失格ですから。
これからは、あんな人たちのせいで、勇者さんが危険な目に遭うこともないと思いますし。
…怪我の方、早く治してくださいね。
そしたらまた、私に稽古、付けて欲しいです。
勇者さんは、私の一生涯の先生ですから」




