142 優しい優しい保育士さんはいつも迎えに来るパパさんのことが気になっているあまり…
「…これは、トラさん。
こっちは、ゾウさん。
じゃあこれは?
………そう、正解正解!
よくわかったねー、えらいえらい―。
………
…あ、パパさん迎えに来たよ。
ほら、立って立って。
………
…お仕事お疲れ様です。
こんな時間まで大変でしたね。
………いえいえ。
皆さんの子供の面倒を見るのが私達の仕事ですから。
それにパパさんの方が大変でしょう。
奥さんが海外赴任されてて、男手一つでボク君の面倒を見てるんですから。
確か奥さん、弁護士さんでしたっけ?
…そうそう。こないだテレビで有名な俳優の弁護引き受けたって、話題になってましたもんね。
…そんなことないですよ。
そんな奥さんがいない間に仕事も育児もやってらっしゃるんですから、パパさんも十分すごいです。
………ええ、今日もボクくん、元気いっぱいにやっていましたよ。
お外で鬼ごっこやったんですけど、逃げてるみんなみーんな捕まえちゃってて、すごかったですから。
それに、お昼ご飯でニンジンもタマネギも残さず食べてました。
これまで全然食べてくれなかったのに、今日は食べてくれて、たくさんなでなでしてあげましたよ。
ねー、ボクくん。
…えー、ダメだよボクくん。
もう夜も遅いし、迎えが来たんだから、遊ぶのは終わり。
………あ、すいません。
今日私と遊ぶのがすっごく楽しかったみたいで、離れようとしてくれないんですよ。
…あ、そうだ。
私もうこれで今日の仕事は終わるので、ボクくんと一緒に三人でご飯でも食べに行きませんか?
前に料理全然うまくならないって言ってましたもんね。
食事するさなか、私にわかる範囲ならいろいろ教えてあげられますけど。
………えー、全然迷惑とかじゃありませんから。
………
…ほら、ボクくんもまだお別れしたくないみたいですし、ね?
………
…んー、そうですか。
なら仕方ないですね。
………ボクくん。今日はパパさんと一緒に二人で帰るんだよ?
…そんなこと言わないの。
また明日になれば会えるんだから、ね?
…バイバーイ。
ボクくんと、パパさん」
「………桃太郎は、イヌさんとサルさんとキジさんと協力して鬼をやっつけました。
そして、鬼ヶ島にあったお宝持って村に帰り、その後はおじいさんとおばあさんと、末永く幸せに暮らしましたとさ。
おしまい。
………
………
………
…あ、パパさん。しぃー。
さっきまで起きてたんですけど、今日はなんか疲れちゃったみたいで、絵本読み聞かせてたら寝ちゃったみたいです。
………ええ、今日も昼間はお外で元気いっぱい遊んでました。
お散歩行った時なんか、急に走り出したと思ったら危うく通行人にぶつかりそうになってましたから。
………え、大丈夫ですよ。
子供が膝枕で寝ることなんて、よくあることなので。
…あ、まだ動かさない方が良いです。
眠ったばかりなんで、またすぐ起きちゃうと帰ってる途中で寝ちゃうと思いますし。
しばらく寝かせておいて、そのから起こすか寝たまま帰るかした方が良いと思います。
………大丈夫ですよ。
今日はもうボクくんで最後ですし、園を閉める時間までまだ十分ありますから。
…はい?
いえ、全然。
ボクくんの寝顔が可愛いですから、いつまでも見ていたいくらいです。
………あー、そういえば。
今度の休みって、時間取れたりします?
…いえ、ちょっと。
今日ボクくん、ゆっくんとかのんちゃんと話してたんですけど、のんちゃんが遊園地に行ったって話になって。
それがものすごく楽しそうに聞こえたんでしょうね。
今度の休み遊園地に連れてってって、ボクくんにお願いされちゃって。
………全然そんなことないですって。
ボクくんの願いはできる限り叶えてあげたいですし。
それで、パパさんに話して都合が合えばいいよって答えたんですよ。
私の方は全然大丈夫なんで、パパさんさえよかったら………
………いえ、あの。本当に私に遠慮しなくても大丈夫ですよ?
ボクくん可愛いですし、パパさんにも会えるわけですから、都合がよければ遊園地に行くのは………
…そうですか。
うーん、でも、ボクくんと約束しちゃったからなー。
ボクくん、すっごく残念がると思うんですよね。
………まあ、そうですね。
あんまり無理強いしても、仕方ありませんか。
………ああ、大丈夫ですよ。
今度の休みの日は家で一人寂しく宅飲みするっていう予定に変わっただけなんで。
………
………あ、ボクくん起きた?
はーいボクくん。
そろそろ帰るお時間ですよー。
ほら、リュック持って。
…はい、それじゃあボクくん、さようならー。
………パパさんも、さようなら」
「………おー、これはうまく描けたねー。
それでこっちはー?
あー、なるほど、うまいうまい。
とってもよく描けてるよ。
ボクくんはお絵かきとっても上手だねー。
よしよし。
………
…あ、パパさん、お疲れ様です。
ほーら、ボクくん。パパさん来たよ。
画用紙とクレヨンお片付けして?
…えー、まだー?
そういうこと言うと、パパさんが困っちゃうから。
あー…
………すいません。
ボクくん、まだちょっと、絵を描くのやめたくないみたいで。
…いえ、私は大丈夫ですけど、パパさんの方が。
…そうですか、ならもう少し。
………はい。今日お絵かきの時間があったんですけど。
それはもうボクくん、何枚も何枚も描いてまして。
途中なんか描く紙がなくなって、他の子が持って紙を取っちゃったくらいでしたから。
…ええ。お絵描きした紙は全部袋にまとめてあります。
よかったら後で見てあげてくださいね。
………そうそう、お絵かきなんですけど、動物とか花を描いた絵なんかもあるんですけど、私の絵もすごっくいっぱい描いてくれて。
どの絵にも必ず私がどこかに描いてあるんですよ。
もうボクくん私に懐いちゃって懐いちゃって。
最近は園にいる間、ずっと私の隣にいるんですよ。
………あ、私は大丈夫なんですけど、やっぱり他の子達がちょっと…
………でも、仕方ないですよね。
ボクくん、お母さんの愛情、全然もらってないんですから。
奥さんはずっと海外にでずっぱなしで、育児はパパさんに任せっきり。
もしかしたら、私のことお母さんに重ねているのかもしれません。
もしそうだったら、どんなに嬉しいことか…
………え?ああ独り言です独り言。
それでボクくん。
私に今度家に遊びに来てーって、言ってくるんですよ。
園の時間に私と一緒にいるだけじゃ、足りないみたいで。
………あの。
もしよかったら、なんですけど。
今度、お家にお邪魔しても………
………
………
………
………ふう。
そうやって、パパさんはいつもいつも断るんですよね。
うーん、何がいけないのかなー。
ボクくんにかこつけて、っていうのがやっぱりダメなのかな…
………何の話って。
そうですかそうですか。パパさんはなーんにもわかってないんですね。
………単刀直入にいうなら…
パパさんのことを愛している。
っていうことです。
………誰がって、もちろん私がですよ。
最初にボクくんを連れて来た時、ビビッと電流が走ったような感覚になって、それ以来、パパさんが園に来る度、目で追いかけるようになって、そして次第に………
…ええ、奥さんのことは知ってますよ?
知ってるからこそです。
だって奥さんは今、この国にはいない。
いないからこそ、私にもチャンスがあるんじゃないかって。
それなのにパパさん、全然私の気持ちに気付いてくれないんですから。
乙女を傷つける天才ですね、パパさんは。
………はい?
どうして諦めなくちゃいけないんですか?
私はパパさんが好き。
好きだからこそ、好きな人にアプローチする何がいけないんですか?
私にとってパパさんの奥さんは、パパさんを取った恋敵でしかないんですから。
…でもパパさん、私をそんなに邪険に扱ってもいいんですか?
だって私は………
…あ、ボクくん。どうしたの?
新しい絵描けたんだね。私に見せて見せて。
………わあ、すごい。
ねえねえ、パパさんも見てくださいよ、この絵。
ボクくんと私が仲良く手をつないで歩いている絵です。
…ねえボクくん。
ボクくんは、私のこと好き?
(ぎゅー)
…あー、もう。
抱き着いちゃうくらい大好きなんだねー。
私もボクくんのこと好きだよー。
(ぎゅー)
………そっかー、世界で1番私のことが好きなんだー。
…え、私?
私は、そうだなー。
世界で2番目に、ボクくんが好きだよ。
………あ、ウソウソ、世界で1番だって。ごめんごめん。
ねえ、ボクくん。
ボクくんは、これからも私のこと好きでいてくれる?
…そっかー。
…うん、私も好きだよ。
これからは園の中だけじゃなくて、お家でも休みの日でも、ずーっと一緒がいいよねー。
………
………ねえ、パパさん。
ボクくんはこう思ってるみたいですけど。
パパさんは、どう思いますか?
ボクくんと私とパパさんで三人で一緒に暮らすのが、幸せだと思いませんか?
私は、そう思ってますけど」




