140 自殺志願の彼女は自殺を止めてくれた彼のことが段々好きになっていって最高の幸せを感じている
「(ガシャッ、ガシャッ)
(ストン)
………
………
………
………ふー…
よし。
(スタッ)
(パシッ)
えっ?
………離して!離してよ!
私なんて生きる価値なんてない。
生きていても全然楽しくなくて辛いばかり。
もうこの世界にいる意味なんてないの!
だからその手を離してよ!
………
…ふんっ。そんな都合のいい御託を並べたって、嘘だってわかってるもん。
それに、こんな見ず知らずの私の命なんてどうだっていいじゃない。
死なせて…もう死なせてよ………
………
………
………
…なんで、なんで初めて会った人に、そんなこと言われなくちゃならないのよ………
ずっとずっと、一人で生きてきたのに、なんで今更………
遅いのよ。来るのが………」
「(ギュッ、ギュッ)
………
………
………
………ふう。
(ギシ…)
3。
2。
1。
ゼ…
(チョキン)
………
………
………
………ハア。
あのさ。なんでロープ、切っちゃうの?
がんばって背伸びして、あんな高いところに結ぶの、結構苦労したのに…
どうしていつもいつも、あなたは邪魔ばかりしてくるの?
………
…またそれ?
どうしてこの間まで他人だったあんたに、死んでほしくないとか言われなくちゃならないの?
世界全体で一日何人が死んでると思ってるの?
私もそんな死ぬ人間の内の一人だっていうだけなのに…
………
…はいはい。それも聞き飽きてるから。
でも、目の前で死ぬのが嫌なら、目をそらせばいいだけじゃん。
私はこれまでずっとずっと、他人から目をそらされてきた。
何をやっても、誰も私を見てくれない。
どんなことをしても、褒められたり、怒られたりしたことが一度もない。
私は、いてもいなくてもいいどうでもいい存在なの。
だからそんな私が死んだって、どうだっていいじゃん。
あんたにとっても、他の誰かにとっても。
………
………
………
………なんで。なんでよ。
なんで今更、そんな優しいこと言うのよ。
死ぬって決めるまで、私がどれだけ悩んできたのか、あんた知らないでしょ。
何度も何度も考えて、悩んで悩んで、そうやって最後にはちゃんと決意したのに、どうして、いまさら………
………
…バカ。バカ。バーカ。
そんなに優しくされたら、あんたのこと、好きになっちゃうじゃん」
「(シュポッ)
(メラメラメラメラ)
(ヂヂヂヂヂヂヂヂ)
………
………
………
………ハア、ハア。ハア、ハア。
…ハァ、ハァ………
ハア………ハァ…
(ガチャッ)
あ。
………あーあ。
なーんで、ドア開けちゃうかな…
せっかくこの中二酸化炭素溜まってたのに。
ちゃんと睡眠薬混ぜておいたのに眠らなかったし、量少なかったかな?
また、死ぬの失敗しちゃった。
もう何度目かな、君に邪魔されるの。
そろそろいい加減、二人で楽になっちゃおうよ、ね?
………
………え?
うん。好きだよ、君のことが。
人生で初めて優しくしてくれた君のこと、大大大好き。
………んー?
別に君のことが好きだからって、死ぬのはやめないよ?
私は今、人生で最高に幸せの気分に浸っているの。
ずっと一人きりだった人生に、君という虹色の色どりが加わった。
ぽつんと孤独だった心の中の灰色が、今はカラフルに満ち溢れている。
灰色の雨しか降っていなかったのが、今は晴れやかな空の下でいろんな花が咲き溢れている。
それは、これ以上ない幸せ。
………そう、『これ以上ない』、幸せなんだよ。
今の私が人生で最高に幸せの瞬間。
でも、だからこそ、今度どれだけ生きようとも、それ以上の幸せの瞬間なんてこの先にはない。
………
…ううん。そんなことない。今が私のベストな瞬間なの。
だから、幸せいっぱいのこの瞬間の気持ちを胸にして、向こうの世界に行きたいの。
これ以上ない幸せの瞬間に死ねれば、私は幸せのまま人生を終えることができる。
この先の人生は、下降するしかない人生。
この幸せが減って減って減って減って減って、減り続けるしかないことはわかりきってるもん。
だから、今は前よりもずっとずっと、死にたいって思ってる。
大好きな君が隣にいる内にね。
…それにもし、こんなに幸せの私と、君が一緒にいてくれるなら、最高なの。
だから、今日は失敗しちゃったけど………
この次は今度こそ、一緒に行こうね?」




