127 薄幸の病弱少女は彼がお見舞いに来るようにあらゆる手段を尽くしている
「…はい。はい。わかりました。
あ、水ですね。
はい。後で飲んでおきます。
…え、ああ、わかりました。
大丈夫です。彼が付き添ってくれていますので。
はい。
(ガラガラ…バタン)
………ふう。
先生、行っちゃったね。
ごめんねわざわざ。保健室まで付き添ってもらっちゃって。
私が熱中症で倒れちゃったばかりに、君にまで迷惑かけちゃって。
君はただ、私のそばにいただけなのに、とばっちりだよね。
………ありがと。
そう言ってもらえると嬉しいな。
…え、顔?
そんな赤くないって。
なってるとしても多分熱中症のせいだよ、きっと。
というか、絶対にそうだから」
「(………バタン)
…ありがと、わざわざ家にまで来てくれて。
あんまり迷惑かけちゃいけないっていうのはわかってんだけど、今日、家に誰もいないからさ。
………うん、そう。
今日学校や休んじゃったのも、熱が出たせいなんだ。
…あ、来てもらったのに、お茶も何も出さないのも悪いよね。
今すぐに…
………え、うん。ありがと。それじゃあ、このまま寝てることにする。
それより、ここに来るまで迷わなかった?
ここら辺って結構似たような住宅多いから、迷っちゃったんじゃないかな。
………え、そうかな?
生まれてからずっと住んでるから、家が大きいとか小さいとか、あんまりわかんない。
………両親は、お医者さんだよ。
知ってるかな。郊外の方にある総合病院。あそこで働いているんだ。
家に帰ってこない日もしょっちゅうでね。
普段は家にお手伝いさんが来るんだけど、今日は普通なら学校行ってる時間だから、一人きりだったんだ。
………ん、熱?
どうだろう。まだ結構しんどいけど…
(ピタ)
どう?私のおでこ、熱いかな?
君の手の平、ちょっとあったかいけど、
………いや、別に全然大丈夫だよ。
それに汗ついてるとしても、看病してもらってるのにそんなわがまま言わないって。
………ケホ、ケホ。
あ、ごめん。
風邪移しちゃうと悪いよね。
来てくれたのはうれしいけど、それで風邪を移したら元も子もないよね。
………そう、なんだ。
うれしい。ありがと。
じゃあ、君が帰るまで、色々と甘えちゃおっかな」
「(コンコン)
…どうぞー。
(ガラガラ…)
あ!来てくれたんだ。
どうぞどうぞ、入って入って。
………嬉しいな。入院って結構暇な時間多いから、来てくれてありがと。
…腕?
うん。まだちょっと痛いけど、大分平気になってきたから。
………ううん。全然君のせいじゃないって。
一緒に下校してる時に、たまたま私の腕が自転車とぶつかっちゃっただけだもん。
君が責任感じる必要ないって。
………あー、うん。
ちょっと軽くぶつかっただけって思ってたんだけど、当たり所が悪かったのかな。
骨折、しちゃってるみたい。
…あ、いやだから、もう結構平気だから。
そんなに謝らない謝らないで。
もとはと言えば私の不注意なんだから。
………そうだね、私は別に相部屋でもいいって言ったんだけど、親が色々と手を回してくれて、見ての通り個室なんだ。
もう、いっつも働いてばっかでほっぽらかしているのに、いざとなったらあれこれ手を焼いて、手のひら返しにもほどがあるよね。
…ほら見てよ。テーブルの上、暇つぶしにって言って、色々置いてあるけど、これとかこれとかどうしろっていうんだろうね。
…あ、これよかったら持って帰る?
イチゴとかミカンとか、私ひとりじゃ食べきれない………
………え?
あ。
………
………
………
…あはは………
そうだよねー。骨折してる腕で、ミカンなんて持てないよね…
………そうだよ?
本当はね、この腕骨折なんかしてないんだ。
ちょっとかすり傷ができたのを、両親がちょっと騒ぎ立てていただけ。
………え、理由?
理由って、それは当然…
君が私と一緒にいてくれるからだよ。
私が倒れた。熱を出した。入院したってなれば、君は心配で一緒にいてくれる。
君はこういうか弱い女の子が好きなんだよね?
病弱だったり怪我をしていたり、なんていうかこう薄幸的っていうか、そういう女の子の方が好きになるんだよね?
だから私は病気や怪我のフリをしてきた。
そうすれば、君が一緒にいてくれるから。
………でも、そっかー。バレちゃったか―…
バレちゃったなら、仕方ない仕方ない。
それじゃあ…ていっ。
(ポキッ)
…え、何って。本当に腕の骨をポキッて折ったんだだよ?
これで本当に、私は骨折で入院している患者さん。
君がお見舞いに来てくれたとおり、ちゃんと私は骨折してるから幻滅なんかしないよね?
………痛いかって?
うーん、痛いことは痛いけど、でも、それよりも嬉しいっていう感情の方が強いかな。
だって、これまでは仮病を使っていた罪悪感があるけど、これからは、本当の病気や怪我で君が心配してくれて、一緒にいてくれる。
私が病弱になればなるほど、ずっと君が付き添ってくれる。
高熱を出せば、お腹を壊せば、骨を折れば、癌になれば、きっと君がそばにいてくれる。
今はこんな骨折程度だけど、これからはどんどん悪い病気にかかっていくから。
だから君は、ずっとずっと、私のお見舞いに来てね。
約束だよ?」




