119 元奴隷のクールな男装執事は自分を買ってくれた御館様のために身も心も捧げて…
「(コンコン)
…失礼します。
御館様、お食事の用意が………
っと、御館様!
(パフッ)
ふう。危ない危ない。
御館様、お怪我はありませんか?
………それはなにより。
それで御館様、そんな重たい荷物を持って何を…
………ああ、経営に関する書類でございますか。
その中には入っていませんよ。
確か、こちらの棚の上の箱に………よいっしょっと。
…はい。こちらの書類でお間違いありませんか?
………それはよかったです。
しかし御館様。探し物があるのでしたら、私か他のメイドをお呼びになればよかったのに。
御館様は御館様なのですから、あまり危険なことはなさらないでください。
………今まさに倒れそうになったどの口がおっしゃるんですか。
まあ、重い荷物でしたから、メイドを呼ぶのに気が引けた気持ちはわからないでもないですが、それでしたら私をお呼びになればよかったのに。
私は男性としては体つきこそあまりたくましいとは言えませんが…
(ヒョイッ)
この程度の重い荷物くらい、造作もないことなのですから。
………
…いえいえ。このようなことを含め御館様をサポートするのが執事である私の役目なのです。
本当に私のためを思ってくださるのなら、御館様は御館様ご自身の仕事をなさってください。
私の大層な勤めを取らないでくださいませ。
………わかってくださればよろしいのです。
………ああ、はい。
お食事の用意が整いましたことを伝えに来たのです。
準備ができましたら、食堂の方へとお越しください。
それでは、失礼いたします。
(バタン)」
「(コンコン)
…失礼します。
御館様、紅茶をお持ちしました。
本日は根を詰めて事務作業をなさっておられるのですから、一旦、休憩を取られら方がよろしいかと。
………はい、承りました。さっそく準備させていただきます。
(サッサッ)
(コポコポコポコポ)
…どうぞ、御館様。
………いえ、私は仕事中でございますので。
…お気遣いは大変ありがたいですが、これが私の仕事ですので、お構いなく。
それより、ご一緒にクッキーはいかがですか?
こちらのクッキーは私が焼いてみたものなのですか…
(モグモグモグモグ)
…いかがでしょうか?
………それはよかったです。
…はい?
ええ、もちろん。味見は私自身がしていますが、しかし御館様のお口に合うかどうかは別問題ですので。
………いえいえ。
こんな些細なもの、御館様が私に与えてくださったものに比べれば、ほんの小さなものです。
………御館様は、奴隷であった私を買ってくださいました。
人一倍貧相な体だった私は、なかなか買い手がつかず、そのまま誰にも買われなければ、そのまま野垂れ死んだことでしょう。
いえ、御館様以外の方に買われたとしても、ろくに労働もこなせない身では、同じ運命だったかもしれません。
………ですがそんな私を、御館様は買ってくださってくれた。
しかも、他の方のような単純な労働力としてではなく、あくまで一人の人間として、衣服を与え、食事を与え、お部屋も用意してくださいました。
生まれつき親もおらず、ただ生きていただけの私に、これほどののものを与えてくださったご恩は、一生かけても返すことなどできません。
これからも、御館様の執事として、このお屋敷で働かせてくださいますよう、お願いいたします。
………ありがたきお言葉です。
…ん。カップが空になっていますね。
もう一杯、お代わりはいかがですか?」
「………ええ、では、また来週。
またのお越しを、お待ちしております。
(バタン)
………
………
………
(コンコン)
…失礼ます。
御館様、領主様の方、送り届けてまいりました。
………ええ、また来週にご来訪なされるようです。
…しかし御館様。
いくら領主様といえど、あちらの要求を全て呑んでしまってよかったのでしょうか?
出資金も多大な額を要求されたうえに、御館様の資産である土地までも…
………ええ、確かに。
領主様はこの国ためにとおっしゃいましたが、しかしあの領主様については、あまりいい噂を聞きません。
何でも横領や暗殺を繰り返して、今の地位に立ったとかなんとか。
………この家のため、ですか…
お優しいんですね。御館様は。
私を奴隷商人から買い取ってくださったように、この家にいる者達のために、思ってくださってるとは………
…いえ、御館様の言う通りですね。
この家のため、ひいては御館様のため、尽力するというのが執事の役目です。
過ぎた意見をしたことを謝らせてください。
………はい、はい。
かしこまりました。
来週までに、きちんと揃えておくようにいたします。
………
…あっ、そうでした。
御館様。今晩私はどうしても外せない用事があるので、夜に何か御用がある時は、メイドにご用命ください。
………ええ、ちょっとした野暮用が。
もちろん、御館様のご用命がある場合には、そちらを最優先いたしますが………
………ありがとうございます。
それでは、失礼いたします。
(バタン)」
「………ふう。これでよし。
化粧OK。リボンOK。エプロンOK。スカートOK。
うん、これなら、どこかの屋敷の給仕の人間か娼婦にしか見えないはず。
誰がどう見ても、男には思えないよね。
ましてや、あの屋敷の執事だとは、誰も思うはずがない。
………こういう時程、女に生まれてよかったって思う瞬間はない。
………奴隷は大概、労働力として取引される。
当然、女よりも男の方がよく売れる。
だからこそ、「女」の私は「男」して、売られていった。
まあ、男でも非力だったらその内捨てられてしまうんだろうけど、でも、御館様は違った。
こんな私を奴隷ではなく人間として買ってくれた。
このご恩は、一生忘れられない。
御館様に身も心も全て捧げるこどが、私が御館様に返せる唯一のもの。
………だから、御館様に仇をなす人間は、残らずすべて消去しなければならない。
…あの領主は、方々から集めた金を、湯水のように自分の娯楽のためにしか使わない。
毎晩のように豪華な食事をとり、芸を披露させ、夜寝る時は多くの夜伽を………
日中は護身の奴らも多いけど、さすがに夜寝る時までは、そいつらもいないはず。
だからこそ、私は………
………
御館様。
私の全ては、あなたのものです。
御館様のために、誠心誠意尽くす所存でございます。
今宵にまた一つ、命が消えてなくなりますが、これはすべて、私が勝手にやっていること。
何よりも敬愛する御館様のために。
身も心も、すべてを御館様のために」




