117 僕のことが好きすぎる姉妹がいつも後ろにいることを僕はまだ知らない
「………
………
………
お兄ちゃん。
お兄ちゃん。
お兄ちゃん」
「あらあら、こんなところで何してるの?妹ちゃん?」
「…お姉ちゃん。いきなり後ろから声かけてこないでよ。びっくりしたじゃん」
「普通に声をかけただけなんだけどな。
気付かない方が悪いと思うけど」
「それで、何?
私今忙しいんだけど」
「忙しいの?
それにしては、ただ道を歩いてるだけに見えるけど………
…ああ、そういうこと。
あれ、前にいるの弟くんよね。
弟くんをストーキングしてるんだ。
ダメだよー。ストーキングは犯罪なんだから」
「ストーキングなんかしてもないもん。
ただ、お兄ちゃんのことを見てるだけだもん」
「それを世間一般ではストーキングっていうのよ。
知らなかった?妹ちゃん?」
「そういうお姉ちゃんは何してたの?
家の近所でも何でもない場所で。
ただ、お兄ちゃんが近くいるっていうだけのこんな場所で?」
「私?そうねえ…
私は、弟くんのことを見守っていたのよ。
ほら、最近色んな変な人がいるから、危ないじゃない?
妹ちゃんみたいな人とかね」
「…それ、世間一般でストーキングっていうんだと思うんだけど?」
「あらあら、妹ちゃんにだけはそう言われたくないわねえ」
「私もお姉ちゃんだけには言われたくないし」
「なら、ストーキングをやめればいいだけの話だと思うのだけれど」
「お姉ちゃんの方こそ、ストーキングやめればいいじゃん」
「………」
「………」
「…まあ、それはともかくとして」
「うん、ともかくだね」
「妹ちゃんはどうして弟くんをスト………ついていっているのかしら?」
「なんでって、お兄ちゃんが好きだから」
「あらあら、かわいいこというのね。
でも知ってるのかしら?兄弟では結婚できないのよ?」
「別に法律的にできないっていうだけでしょ。
今じゃ同棲とか事実婚とかそういうの一杯あるんだし、関係ないと思うけど」
「でもねえ。結婚には相手の同意も必要なのよ?
いくらあなたが好きでも、弟くんが同意しない限り結婚なんてできないわ」
「………ふふっ。
残念でした。お兄ちゃんは昔約束してくれたんだよ。
私がお嫁さんにしてって言ったら、『うん』って」
「そんな昔の約束、弟くんは覚えてないと思うし、そもそも口約束じゃそんな効力なんてないわよ」
「絶対覚えてるもん。
それに、口約束でも約束は約束だから」
「…まあ、一方的に主張するだけなら簡単よね」
「そういうお姉ちゃんはなんで?なんでお兄ちゃんをスト………見守ってるの?」
「それはもちろん、弟くんのことがだーいすきだからよ」
「………さっきのお姉ちゃんのセリフ、そっくりそのまま返したいんだけど」
「結婚のこと?
まあ確かに妹ちゃんの言うとおり、法律的には難しいわねえ。
でも、私と弟くんの間にはきちんとした約束が交わされてるから。
ほら、これ見て。
『こんいんとどけ』
ここにきちんと書いてあるでしょ?
『しょうらい、わたしたちはけっこんします』っていう文章が。
しかもちゃんと下に、私と弟くんの名前も書いてあるでしょ」
「…うわあ。
ちっちゃい頃にこういうの書かせるとか、詐欺じゃん」
「詐欺でも何でもいいわ。
事実として、私と弟くんは結婚するっていう契約を交わしてるの。
だから、弟くんと結婚するのはこの私」
「はあ、なんでこのお姉ちゃんはこんなお姉ちゃんなんだか」
「こんなとはずいぶんな言い分ね。
私こそ、弟くんと結婚するのにふさわしんだから。
まず、家事ができるでしょ?
色んな資格を持ってるから、働いて十分な稼ぎができるでしょ?
そして何より、弟くんのことを世界で一番愛しているわ」
「それをいうなら私だって。
顔は可愛いし。
勉強だって一番だし。
スポーツだって万能だし。
推薦で進学して、そのままアスリートにだってなれるかもしれないもん。
お姉ちゃん以上にお金一杯稼いで、お兄ちゃんこと養えるもん」
「結構な夢物語ねえ。
いい?妹ちゃん。
プロっていうのはそんなに甘くない世界なのよ。
それにプロになったって、必ずしも稼げるようになるとも限らないわけだし」
「ふん。わかってるわよ。
そうなったらそうなったらで、他の稼ぎはどうにでもなるもん」
「行き当たりばったりねえ。
計画性がないと、将来破綻するのは自然の摂理というものよ」
「計画通りって、そういう人に限って計算外のことが起きるとパニックになるっていうの知らないの?」
「私はパニックなんてならないわ。
いつだって冷静沈着だもの」
「いうのだけは簡単だけどね」
「妹ちゃんこそね」
「…それに、私はお兄ちゃんのこと何でも知ってるもん。
好きな食べ物とか、得意な科目とか。睡眠時間とか。
何もかも知ってるもん」
「それがどうかしたの?
いくら記憶力が良いからって、愛している証明にはならないでしょうに」
「愛してるからこそ記憶できるんだってば。
そういうお姉ちゃんは、お兄ちゃんのこと何にも知らないでしょ。
そりゃあ毎日毎日働いてて、昼間は全然家にいないもんね」
「確かに、妹ちゃんほどには知らないかもだけど…
でも、愛に一番大切なのは包容力よ。
相手の全てを包み込む母性の感情。
私は人一倍、弟くんに母性を感じているわ」
「あーそれ、お兄ちゃんにやってうざがられてる奴だよね。
いくらお姉ちゃんだからって、ご飯であーんしたり、お風呂で体洗ったり、寝る時に添い寝するのはどうか思うな。
お兄ちゃんだって嫌がってたじゃん」
「あれは弟くんが照れていただけよ。
ただの照れ隠し照れ隠し」
「はいはい。ずいぶんと都合のいい解釈だね。
頭の中お花畑か何かなんじゃない?」
「人をそんな妄想家みたいに言わなくても…」
とにかく、私こそが弟くんにふさわしいの。
妹ちゃんは変な妄想はやめて、弟くんのこと諦めた方がいいと思うな」
「やーだね。
お姉ちゃんには絶対あげないもん。
お兄ちゃんは私のもの」
「弟くんは私のものよ」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………あれ?
お兄ちゃんに誰か、近付いてる」
「あらあら、本当ね。
弟くんの知り合いかしら?」
「いや、あんな女の人見たことないけど」
「ふうん、そうなの。
何か、弟くんとお話してるわね」
「そうだね。なんかお兄ちゃん、デレっとした顔してるね」
「あらあらあらあら。
弟くん。あの人の後ろについていってるわ。嬉しそうな顔して。
どこに行くのかしら?」
「………」
「………」
「………ねえお姉ちゃん。ちょっと相談があるんだけど」
「奇遇ね。私もちょうど妹ちゃんと相談したいと思ってたの」
「あの人は、ねえ?」
「そうねえ。あの人は、ねえ?」
「泥棒猫だね」
「女狐ね」
「ああいう人は、お兄ちゃんにとっていらないものでしかないよね」
「そうね。ああいう人は、弟くんにとって害悪しかもたらさないわよね」
「じゃあお姉ちゃん。やることはわかってるよね?」
「妹ちゃんこそ、わかってるのかしら?」
「大丈夫大丈夫。ちゃーんとわかってるから」
「そう、それじゃあ………」
「「邪魔者は、排除しないとね」」




